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交縁少女AYA 第24話
「――ハァぁ~…」
一日の仕事を終えた五十嵐が、ため息をつきながら足取り重く家路についている。
今日は成人の日の翌日、3連休明けの火曜日だ。
当の五十嵐は仕事だったので、連休は関係ないのだが…
『マザーポート』の仕事は、多忙を極める。
保護した少年少女たちの自立支援、警察や関係機関との折衝、家庭環境調整に保護施設と里親間の調整斡旋、合間を見ては街に出て少年少女たちに声を掛ける等々――
国や自治体、宗教法人からの財政支援はあるが、五十嵐をはじめスタッフたちの気概に頼る所がかなり大きい。
でなければ『マザーポート』は、とっくに破綻していたであろう。
「――ハァぁ~…」
自宅アパートの外階段を、重い足取りで昇っている五十嵐。
しかし五十嵐の足取りが重いのは、仕事での疲れだけではないのだ。
自室の前に立つと、玄関扉の隣にある格子窓が、中からの薄明かりで白く照らされている。
「――ハァぁ~…」
五十嵐が鍵を使わずに、ドアノブをガチャリと回す。
「――…おかえりィィ~!」
中からエプロンを掛けた綾が、笑顔でパタパタ歩いて来た。
――ハァぁぁ~……
毎度のことながら、綾の料理の出来映えは素晴らしい。
今宵の料理は、湯気が立ち昇るすき焼きだ。
レパートリーも豊富なうえ、プロも顔負けな味付けときている。
――これが、智美の料理だったら…
美味しさで口元が緩んでしまうのを堪えつつ、五十嵐が上目遣いでちゃぶ台の対面に座る綾を、チラと見る。
綾はちゃぶ台に両肘をついて組手をして、首を少し傾げてニヤニヤしながらこちらを見ている。
――ドヤ顔しやがってぇェ…
過去になり行きで、16歳の娘を抱いてしまったことがある五十嵐である。
――だからオレは、失敗を繰り返したくない…
しかし現実は、ちゃぶ台を挟んだ眼の前には、16歳の綾がニヤニヤして座っている。
――未成年の娘は、部屋に長居させないって決めたはずなのに…
しかし実際には正月早々から、綾が居ついたばかりか食事まで作ってくれている。
――大丈夫だ、オレが強固な意志を保ち続ければ…
未成年の娘は、二度と抱かないと固く誓った五十嵐である。
――キレイごと言っといてコレかよって、後悔はゼッテェしたくない…
黙々とすき焼きに舌鼓を打ちながら、五十嵐はこうなった経緯を思い出している…
******************
元旦の、黄昏時…
綾は五十嵐の部屋で、寝ころんでテレビを見ながら物想いにふけっている。
雑煮を食べ終えたら早々に、五十嵐は戸田の支援ハウスを管理してくれている、隣の家に住む老夫婦に年始の挨拶に行ってしまった。
藤村は新年早々、出勤だということで今はおらず、綾は独りで部屋にいる…
正月のテレビは、どこも似たようなバラエティ番組ばかりで、見ているだけであくびが出る。
行く当てがない綾を、今日は部屋に居させてくれているが――
そのうち何処かしらの当てを見つけられて、追い出されてしまうだろう。
そうしたら、また立ちんぼでもすればいい。
しかし、勘のいい五十嵐のことだ。
絶対に勘付かれてしまうだろう。
五十嵐をモノにするのが、夢のまた夢になってしまう…
だから外に出たい衝動を抑えて、ひたすら退屈な時間をこの部屋で耐えている。
“あけおめ!”
“コトヨロ!”
新年の挨拶から、愛莉とLINEのやり取りをしたものの、忙しいとのことで長くは続かなかった。
何でも、母親の再婚相手の男性とで初詣に行くらしい。
愛莉によれば、男性から自分たちと家族になりたいという誠意が、ひしひしと伝わってくるそうだ。
――いいお義父さんジャン…
愛莉の壮絶な過去を知っていればこそ、綾は今の愛莉の揺れる気持ちに共感できた。
愛莉の幸せを願うのは、親友であればこそ…
でも、自分は…――
――パパ…
眼の前で頭を下げて謝罪してくれた、父親の残像が綾の眼に浮かんでいる。
悩む気持ちで胸が一杯になり、この退屈な時間がいっそう苦痛になってしまう…
プワァッ!プワァッ!プワァッ!
突然スマホから、けたたましい音が鳴り響き、仰天した綾が飛び起きる。
『地震です、地震です』
「ナニ?なにぃッ?!」
プワァッ!プワァッ!プワァッ!
怯えきった表情の綾が身構えるが、部屋の中はシーンとしたまま…
「なぁンだよ、まったくぅ…」
拍子抜けした綾が、テレビに眼を向けると――
『能登半島で震度7、震度7です』
「…ドコよ、それ?」
テレビ画面をガン見する綾だが、どうやら遠い所での地震らしい。
『――大津波警報です!すぐに逃げて下さい!』
「………」
テレビの中では大騒ぎをしているが、全く実感の湧かない綾である…
******************
「――…お代わり、する?」
「あ――、ああ…」
五十嵐が綾に、茶碗を差し出している。
――クッソ…、つい自然に出してしまった
仏頂面で五十嵐が茶碗を受け取るが、綾は勝ち誇ったかのようにニコニコしたまま…
――あの地震で、次の日からトモミは、被災地に災害派遣されたまま…
悩む五十嵐をどこ吹く風で、綾が嬉しげに白飯を茶碗に盛っている。
――それからコイツが、夕飯を作って待っているという状況がズルズルと…
普段はコンビニ弁当で済ませている五十嵐だから、作ってくれるのは有難いはずなのだが。
――トモミが災害派遣されるって聞いて、コイツ眼をキラキラさせやがって…
鬼のいぬ間になんとやらで、綾には千載一遇のチャンスと思えたのだろう。
どうにかして追い出したいのだが、無下に追い出すわけにもいかないし…
「――…ネェ?」
「――えっ?!」
いきなり綾から問い掛けられ、五十嵐がギョッとしている。
「五十嵐サンは藤村サンと、知り合ってどンぐらいなの?」
「――5年…かな?」
「ドコで知り合ったン?」
「智美が新任で、歌舞伎町交番に配属されて…だな」
「――…ドコに惚れたのサ?」
「はあぁッ?!」
茶碗をちゃぶ台にバンッと置いて、五十嵐が赤面している。
「お前なぁぁ…」
「いいジャン、教えなさいヨォ~」
「き――、訊いてどうすんだよ?」
「教えてくンないと、グレちゃうからネェ」
――こんの野郎ォォ…
******************
翌朝、北澤高校の綾のクラスの教室では――
「…へぇぇ~、正月からずっと居座ってンだぁ」
教室の最後列に座る愛莉が、隣の窓際の席に座る綾が話すのに、呆れ顔をしている。
「――…で、モノに出来そうなン?五十嵐サンを」
「それはぁ…――」
「どうしたぁ?綾らしくないジャン、弱気でぇ?」
腕組みをして唸る綾を、愛莉がからかっている…
6年前の大学在学中に、国家公務員一般職試験に合格した藤村は、関東管区警察学校での準キャリア警察官研修を終え、新宿中央署に配属された。
歌舞伎町交番に配属されて間もない藤村が、深夜徘徊児童たちの一斉補導に同行した時、警官たちが一人の青年とモメているのを、目の当たりにする。
≪補導するだけじゃ、何の解決にもなんないだろっ!≫
――なんだ?このヒト…
≪このコたちは、居場所が無いからここに来てんじゃんか?!≫
――このコたちを、庇ってるっていうの?
≪居場所が無いのに、何処に連れてくってんだよッ?!≫
そして五十嵐は、公務執行妨害で署に連行されてしまう。
その時に、署の取調室で調書を取ったのが藤村だ。
その直後に、前理事長の重盛が地域課長に猛抗議をして、五十嵐は直ぐに釈放されるのだが…
≪――…どうしてあなたは、あのコたちをそんなに庇うの?≫
≪オレも以前は、同じ立場だったから…≫
≪――…え?≫
≪誰よりも、あのコたちの気持ちが分かるんだ≫
≪――どうだか…≫
≪はあッ?!≫
軽蔑の視線を向ける藤村に、五十嵐が気色ばむ。
≪じゃあ!あんたは、分かるってのかよッ?!≫
≪分かるワケないじゃん≫
≪はあぁッ?!≫
≪誰にもヒトの本当の気持ちなんて、分かるワケがない。そうでしょ?≫
理路整然と藤村から言い返され、ぐうの音も出ないでいる五十嵐。
≪…でも、一緒に寄り添って考えてあげることは出来る。そうでしょ?≫
≪――そ…、それだよ、それッ!≫
気を取り直して息巻く五十嵐に、藤村が苦笑いをしている。
≪でも、言葉にするのは簡単だけど、行動にするのは簡単なことじゃない…≫
ジッと見つめて話す藤村に、五十嵐がたじろいでいるが…
≪――でも、行動しているあなたのコトは、嫌いじゃないかも…≫
≪――…は?≫
******************
「――…そりゃ、ソートー手ごわソーだわ」
話を聞いた愛莉が、両手でお手上げポーズをしている。
「でしょ?でしょぉ?」
ここぞとばかりに、綾が強調している。
「料理作りまくって、女子リョク目一杯強調してンのにサァ…」
「残るは、イロケで攻めるしか…――」
途中まで話した愛莉が、難しい顔をして口ごもってしまう。
「な――、ナニよ…?」
「――いやぁ…、綾の貧乳じゃあ、色仕掛けはムリッぽいかナァ~と」
「バッ?!…――じ、自分こそ、タレ乳ジャンかッ!!」
「たっ?!――、タレ乳じゃネェって!爆乳!バクニュウ!!」
「――…二人とも、いい加減、授業を聞いてくれないかしら?」
ハッとすると、中年太りの女性教師が教科書片手に、眼鏡に右手を触れて怒り顔で立っている。
一気に赤面した綾と愛莉が、慌てて椅子に座り直している。
教卓に戻った女性教師の授業を、神妙な面持ちで聞いている二人であった…
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