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交縁少女AYA 第26話
佐野美幸は、静岡県に住んでいた。
小学2年生の時に母親が失踪して、父親の男手ひとつで育てられていた。
しかし父親は、あろうことか美幸に、性的虐待を繰り返していた。
ところが美幸は、虐待を父親の愛情表現だと信じ込んでいた。
裸体を隅々まで撫でられ、時には性器をいじられたりもしたが…
――美幸が可愛いから、お父さんはナデナデするんだよ…
そうやって違和感を覚えないように、父親が信じ込ませていたのだ。
だが成長するにつれ美幸は、次第に違和感を覚え始める。
女の子の友達は、皆が揃ってそんなコトを、父親からされていないとのこと。
ましてや、中学1年生の12月になってまで、父親と一緒に風呂に入っている友達は、誰一人いない…
――お父さんのことは、大好きだ。でも、これじゃあ…
葛藤に耐えきれなくなった美幸は、冬休みの前日に家出した。
上京した美幸がたどり着いたのは、トー横だった。
ネットで見てはいたが、静岡の片田舎とはゼンゼン違うきらびやかな街…
キョロキョロ所在なさげに歩いていた美幸に、キッズの方から声を掛けてくれ、すぐに友達が出来た。
聞けば皆が、事由の違いこそあれ、家庭に問題を抱える身の上だ。
しかし、楽しい時間は長続きしない。
着のみ着のままで家出をしてきた美幸のお金は、すぐに底をついてしまう。
食べ物は仲間がおすそ分けしてくれるが、いつまでも甘えてはいられない。
トー横の仲間は、身体を売って日銭を稼いでいるという。
だが、そんなコトをする気にはなれない…
≪――…大丈夫かい?≫
独り道端で途方に暮れていた時に、美幸は五十嵐から声を掛けられた。
喫茶店で話し合ううちに、美幸は児童相談所に保護してもらうことに同意する。
ところが、その日は大晦日。
児童相談所は閉まっていて、あいにく警察署の保護室も満杯。
やむを得ず五十嵐は美幸を、自分のアパートの部屋に泊めてあげることにした…――
******************
「じゃあ、この部屋に泊めてあげたの――」
ちゃぶ台の前に座り、頬杖をついている綾が口を開く。
「あたしが、初めてじゃないンだ?」
「それまでも一晩だけとか、色んな子たちを泊めてたさ」
壁に背中をもたれかけて、五十嵐が話している。
「――だけどな…」
反対側に座る綾に、視線を向ける五十嵐。
「ここまで長居したのは、おまえが初めて、だ」
嫌味を言われた綾だが、気にせずイシシとほくそ笑んでいる。
「まあ、悪い大人に引っかかる前に、彼女を助けられて良かったよ」
「そンで、なンでヤッちゃったのサ?」
「おいおい、そこかよ…」
五十嵐は正月三が日が明けるまで、美幸を自室に泊めてあげた。
児童相談所が開いた所で、五十嵐は美幸を引き渡した。
美幸は涙を流して、五十嵐との別れを惜しんでいた。
児童養護施設に引き取られた美幸は、相応しい里親が見つかるのを待つことになる。
美幸が高校1年生に成長した翌年の2月、仙台在住の里親に引き取られることが決まる。
仙台に向かう前日、美幸は『マザーポート』の事務所に五十嵐を訪ねて来た。
≪あたし、料理覚えたンだ≫
≪へえぇ…、なに作れるの?≫
≪パエリア!≫
≪――スゲェなぁ…≫
≪今晩、お礼に作らせて!≫
******************
「――で、ヤッちゃったと!」
「おまえ…、ホント、性格悪ぃな」
しかめっ面をして五十嵐が睨んでいるが、綾はシレッとしている。
「俺には、後悔しかないってのに…」
「そンなの失礼だよ、その娘に」
「なんで?」
「公園で、その娘が言ったのサ」
真顔になった、綾が話している。
「大人から本当に優しくされたのは、五十嵐サンが初めてだったって…」
「え?」
「だから五十嵐サンには、あたしの初めてを捧げた――」
宙を見ながら、思い出すように話す綾。
「あたしの、大切なヒトなンだって…」
「………」
「あンたみたいなチャラい女には、ゼッタイに渡さない、ってサ…」
「――そっか…」
「あたしは、臨むところだけどネ」
「はあぁ?」
「藤村サンのホカに、敵が増えちゃったけどサ…」
「おまえなぁぁ…」
「だってあたしも、五十嵐サンが大好きなンだもン!」
「か――…、勘弁してくれよぉ~…」
まさか、こんな展開になるとは…と、困り果てた顔の五十嵐である。
――それにしても、コイツをどうにかしなければ…
ミニキッチンで片づけをしている綾を、苦々しげに五十嵐が見ている。
地震の被災地支援に行ってる藤村が、もうすぐ東京に帰って来る。
綾が部屋に居ついてしまっていることを、藤村は知っている。
母親を、保護責任者遺棄罪で立件すると脅してでも、綾を引き取ってもらうと息巻く藤村だが――
――コトを荒立てたら、余計に面倒くさくなっちゃうだろうが…
いずれにせよ、藤村が戻って来るまでに、この状況を何とかしなければ。
間に合わなければ、この部屋が修羅場と化してしまう。
身の毛もよだつ状況を想像して、ブルッと身震いしている五十嵐。
――やっぱ、戸田の支援ハウスに、暫く行ってもらうか…
もうすぐ、心愛の里親が決まりそうなのだ。
そうなると支援ハウスのベットに、余裕が出来る。
しかし、支援ハウスで保護している他の男子三人は、無口でゼンゼン喋ることがない。
年末の手伝った時に泊まっていた綾は、暗くて気が滅入ると言っていたが…
――まぁ…、上手いコト言って、我慢してもらおうか
「――ナぁニぃ?さっきから、あたしのコト見ちゃってぇ…」
いきなり綾がこちらを見るので、五十嵐が仰天して固まっている。
「そっかぁ~、遂にガマン出来なくなったかぁ~」
「バッ?!――」
「ホラ、じゃあサッサと布団敷いて――」
「しっ――、敷くワケねぇだろっ!」
いそいそと綾が近寄って来たので、五十嵐が後ずさりをしている。
「だって絨毯の上じゃあ、痛ぇしぃ――」
「ナァにを勘違いしてんだ、お前ぇッ?!」
絡んできた綾を、五十嵐が懸命に手で払っている。
ならばと綾が、制服のスカートを脱ぎにかかっている。
「ぬッ――、脱いでんじゃねぇよっ!お前ぇぇッ!!」
今宵もバタバタしまくっている、五十嵐の部屋である。
カーテン越しに、闇夜に薄く照らし出されている部屋の窓から、騒がしい音が微かに漏れ出している。
その窓を暗がりの路地に立って、ジッと見つめている美幸の姿が…――
******************
それから、平穏なうちに三週間ほどが経ち、暦は2月になっていた。
三連休を前にした金曜日の午前9時、綾は東京駅のホームにいる。
9時12分発の新幹線『とき311号』で、心愛が新潟に旅立つのを見送りに来たのだ。
ホームには心愛の里親になった老夫婦と、『マザーポート』の女性スタッフの牧山、支援ハウス管理人の老夫婦の姿があるが…――
肝心の、五十嵐の姿がない。
牧山が五十嵐のスマホに、再三電話をしているが一向に出る気配がない。
そうこうしているうちに、新幹線の出発時刻が迫りつつある。
「――ダメだ…」
諦め顔で牧山が、スマホの電話を切っている。
「どうしたんだろうねぇ…」
管理人の老婦人が、心配顔をしている。
里親老夫婦も、困惑顔で落ち着きがない様子。
「――…いいです、乗り遅れたらシャレにならないんで」
意を決した牧山が、心愛たちに乗車を促している。
「――あのぅ…、本当に色々ありがとうございました」
心愛が牧山と管理人老夫婦に、ペコペコお辞儀をしている。
「五十嵐サンにも、ありがとうございましたと伝えて下さい」
「分かったわ」
牧山が心愛に、力強く頷いている。
「――…アヤちゃんも、ありがとう!」
「え――?」
あたしが礼を言われる筋合いは…と、怪訝そうな綾。
「アヤちゃんが話し相手になってくれたから、あたし話せるようになったンだよ!」
「あ――、ウン…」
五十嵐から強引に説き伏せられた綾は、先々週から支援ハウスで寝泊りしている。
今日は高校に行く前に、どうしても心愛を見送りたいとゴネて、支援ハウスから来たのだ。
本当は五十嵐に会いたい一心だったので、綾は気まずそうに返事をしている…
「話せたおかげで、スッキリしたンだよ!」
――へぇぇ…
心愛が右手を伸ばしたので、綾が握手している。
「本当に、ありがとう!」
――あたしでも、ヒトの役に立てるンだ…
ガッチリと握手する心愛に、照れ臭そうに綾が握り返している。
その様子を老夫婦たちが、微笑ましそうに見ている…
プルルルルル…――
発車ベルが鳴ったので、心愛たちが列車に乗り込む。
扉が閉まり、新幹線がゆっくり動き出す。
扉の窓越しに、心愛が懸命に手を振っている。
それに向かって綾たち四人が、大きく手を振り返している。
そして『とき311号』は、静かに走り去って行った…
******************
支援ハウス管理人の老夫婦と別れた牧山が、再度五十嵐に電話しているが…
「――ダメだ…」
「出ないの?」
落胆する牧山を、覗き込むようにして綾が訊いている。
「…行ってみっか」
「ドコへ?」
「五十嵐さんチ」
「あたしも行く!」
「――学校は、どうすんのよ?」
「五十嵐サンが行方不明じゃあ、落ち着いて勉強出来ないジャン!」
「――しょうがないナァ…」
言い出したら聞かない綾の性格を知っている牧山は、苦笑いをしている。
「じゃあ…、行こうか」
「ウン!」
スマホを手提げバックにしまい走り出した牧山の後を、綾が小走りで付いて行った…
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