プーチン

ロシアは酷い、プーチンは最低だ。と話す人に「昔、日本はアジアの国々に対してプーチンに勝るとも劣らない酷いことをしたの知ってる?」と聞くと「えー!」と驚き「知らない」と言う人は多い。

今生きていれば130歳になる祖父に、私は育てられた。祖父は満州(第一次世界大戦)に行き、彼の息子たちは太平洋戦争(第二次世界大戦)で召集された。彼らの戦争について生の話を聞く機会は多くあった。

私が高二の時に亡くなった祖父は「戦争は、人を人間でない“人でなし”にする。戦争は人を気違いにするんだ」という言葉と共に満州(第一次世界大戦)で日本軍が、中国満州の地元の人に対してどれだけ尊大に残酷であったかを、私に話して聞かせた。

太平洋戦争でも日本がアジアの国々にどんなことをしてきたのか、日本国が自国の国民をどれだけ見殺しにしてきたか知らない人は多い。って、私も後から本や記録番組で知っただけなんだけどね。戦死者の半数以上が餓死って、どういう事よ!

でも、日本は自国だけでなくアジアに対して失礼な国だと言うと「でも、随分貧しい国を助けてきたでしょ」と言う人在り。

いやいや!助ける前に、いいように使って困らせてきて謝罪したか?弁償したのかって!

自然を守ろう、って言う前に自然を壊すな、って話だよ。


よく誰かを助けることが出来なかった、なんて言うけど、迫害しといて助けることができなかった、って?
 イジメを黙殺することで加担していた学校という加害者が、救済者面してんじゃねえよ!


 プーチンの出現は、ヒトラーの出現と類似していると聞いた。

1918年、スペイン風邪の大流行で第一次世界大戦は終結する。

敗戦したドイツは賠償金を払うことになったが、当時のアメリカ大統領は戦争で疲弊していたドイツの賠償金を軽くするよう提案する。

しかし、スペイン風邪に罹患し気力も体力もなくなっていた大統領は周りに押し切られる形になって、ドイツは国家予算の10年分にもあたる賠償金を支払うことになる。

そして、行き詰って行くドイツにヒトラーが現れ台頭することになる。

<あの時、アメリカ大統領がスペイン風邪に罹らず、賠償金が免除されていたならドイツはあれ程行き詰らず、ヒトラーは現れなかったのだろうか?>


1991年、ソ連が崩壊し、民主主義教育と経済援助がないまま行き先を見つけられなくなったロシアにプーチンが現れ台頭するのは、ロシアだけの罪か?

<ロシアに民主主義の教育と経済の教えの支援援助があったら、プーチンは現れなかったのだろうか?>


イジメと戦争は似ている。

イジメがあった時、被害者のケア教育と同時に加害者のケア教育は必至で、同時に周りの組織や大人子供、関係者も関係ない者も教育していくことで、次の被害者を産む土壌が変わっていく。そう土壌や組織を変えることが、次の悲劇を生まない構造で盤石な物となるのだ。

どれだけ後追い調査が行われているかは疑問だが、イジメを受けた者よりイジメをした者の方が自殺者は多いと聞く。


貧しさが戦争を生むというが、その貧しさの一つは経済、一つには考える力の貧しさ、もう一つが心の貧しさ、それらの事の基本は事実を知る事から始まる。

今まで在ったことを知る、過去を知るということは、未来をどう生きて行くかの羅針盤となる。


アレクシェーヴッチの『戦争は女の顔をしていない』と言う1978年から取材を始め500人を超える女性から聞きとりをした名著を読まずに来た。

「あなたは、井戸に投げ込まれる子供の声を聞いたことがありますか?」という帯を読んで読まない事にしたのだったが、ついに読み始めた。


戦死者の数を聞く、何百人、何千人、何万人、それはただの数でしかない。

慰霊碑の名前を見た時、一人ひとりの人生に思いが至る。この人はどんな家に生まれ、どんな育ちをして生きたのか、どんな想いを持ち抱え生きていたのだろう…?

その唯一無二の人生。

そして、嘔吐のような眩暈に襲われる。

アクシェーヴッチの聞きとり、戦争と関わった唯一無二の人生の話。



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