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光が大きければ、また、闇も大きい

宇宙の原理、東洋思想で
「表が大きければまた、
裏も大きい」という言葉がある。

私が、自分もそうだと感じるとともに
これを納得する場面が人生で
いくつもあった。

光が強い人というのは、また
闇も大きく、バランスをそこでとっている。
やっぱりどこまで行っても
「バランス」が私の人生のテーマ。


私はなぜか、20代の頃から
世の中で「成功者」と言われる方に
お会いすることが多かった。
別に私は至ってふつーーーの小娘で
あったはず。


宮崎出身、山梨の大学卒業後は
東京に住んで、ずっとバンド活動を
していた。音楽が好きだった。

で、もちろん東京で食べていくには
仕事をしなくてはいけない。

私の場合、飲食業が天職だった。
料理や、接客業も好きだし
パティシエなんかもしていた。

私は、あるとき、競馬場の馬主席で
働くことになった。馬主とそのお連れ様しか入れないところだった。
と言っても、普通の売店。
吉野家の牛丼よりちょっと高いくらいの
牛丼やカツ丼やカレーやお酒を売っていた。


馬主は、正真正銘のお金持ちしかなれない。
競走馬の維持費だけでも相当な金額だと思う。
そこでも、たくさんの方とお会いして話す機会があった。


私には、これからもおそらく関係のない世界なので
逆に気軽にお客さんと接することができた。
お金持ちってすごいなぁ、という印象くらいしかない小娘にとって未知の世界だった。

そこでも、不思議なことを思った。
私は当時、万年貧乏派遣スタッフでしかなかったので
お金持ちとはさぞかし悩みの少ないことだろうと思っていた。

その馬主席に、毎週土日
毎回1人で来ているおじいちゃんがいた。
80代くらいだろうと思う。


そのおじいちゃんは、毎回1人。
売店でいつも同じメニューを注文してくれる。
ちょっと世間話するだけ。

馬主さんなんだろうけど、余生を1人で
過ごしているのかなぁ。
もちろん家に帰ったらご家族がいるのかもしれないし。
でも、土日の朝から夕方まで毎週1人で馬主席にいた。
ちょっと寂しそうに見えたんだよなあ。

もしかしたら、どんなお金持ちでも
一緒に過ごす人がいなければ寂しいかもしれないし
何か、辛い事情を抱えているのかもしれない。

このおじいちゃんが、相当なお金持ちに
なることで、支払った対価はなんだろう?
と、ふと考えている自分がいた。

この頃から、(本当は当たり前だけど)
お金持ち=幸せで、悩みがない
なんて方程式はないと確信し始めた。

当たり前なんだけど、金銭的に苦しい時代が
あまりに長かった私は、この方程式があると思い込んでいた。
世の中が、大体の悩みはお金で解決しそうに見えた。
お金がある人は私よりはマシ、と。


年表をぶっ飛ばしますが、笑
私は30代になって、なぜか成功者と言われる方の悩み相談を聞くことが多くなった。


そこでも、また
表が大きければ、裏もまた大きい
ということを知った。

人生、学びがないなんてあり得ないのかもしれない。
どんなお金持ちも、社会的成功者も
みんな等しく悩んでいる。


自分と違う立場の人の悩みというのは
立場や環境が違うから、
こちらが想像できないだけ、ということ。


でも、その悩みに対しての感じ方は
人それぞれだと思っている。

同じ出来事でも、捉え方が違う。
一夜で全財産が無くなった、としても
(あ、これ私のことね)

成功する人というのは解釈が違う。
でもこれも、人生経験による人間の器の
大きさ、完成度の話だと思う。


人生は、人生全体でバランスを取る、と
思うことにしている。

だから、幼少期に苦境が多かった人は
大人になって光が大きい、成功する、豊かになるとか
そういう風に何かしらでバランスを取っている。

じゃないとおかしい。
陰陽の法則も、説明がつかない。



いや、むしろ大きいものを得ているひとは
その分なにかを支払っている。
それはお金だけじゃない。
時間、労力、家族、自由、、、


私にはお金はなかったけど
心の自由と、氣楽さは確実にあった。
社会的責任もなかったし。
そう考えると、
今「ない」と思っているものの
裏に「ある」が存在するはず。


その「ある」にフォーカスできるのが
本当に豊かな人、と言えるのかもしれない。


もちろん、大きな貢献をして
そのことにお金がついてきている成功者も
たくさんいると思う。


誤解をしてほしくはないので
お金は、苦労の対価、と言いたいわけではないです。


正直、ここだから書くけど←
成功者と言われている人も
悩みの中身は、、、
うん、みんなと一緒か、笑
レベルがちょっとドラマ級ってだけ。
と思った。

確かに、スキャンダラスなことを
抱えている人の割合は高いと思った。
人生の学びが深いなあ、とも。

それを知ってびっくりすると同時に安心もした。
やっぱり、人生はバランスを取るように
なっているという私の自論が
合っていると思える。


いいことだけが起こる人生もないし、
人と比べてどう、という人生もない。


もし、羨ましいなと思う人がいたら
表で得ているものが大きいように見える、というだけ。
人生、学びがないなんてやっぱりあり得ないように思う。


どんなお金持ちも、社会的成功者も
みんな等しく悩んでいる。
自分と違う立場の人の悩みというのは
立場や環境が違うから、
こちらが想像できないだけ、ということ。



裏があったら必ず表がある。
そして、その大きさは等しいはず。
コインの表だけがある状態はない。


ということは、私の人生、波瀾万丈。
これから大金持ちになってもいいはずなんだが?


冗談です。


人生にはいつだって
必要なものは全て揃ってる。
そして、またなにか必要になれば
その時必ず与えられる。
私が大金持ちではないのには
そうである方が今の私にはちょうどいいということ。ぴえん。

いつだって人生は、実は良い方向にしか向かわないのだ。
じゃまたね。

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