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11/16(金)知人との遭遇

ひとつ前の日記は前日書けなかった分なので今日はもうひとつ日記を書かなければならなかったのだ。忘れていた。
今の時間は22:51。前の日記で決めていた就寝時間まであと3時間しかないので、急いで書かないといけない。

今から遡ること12時間前。
ひとつ前の日記を書き終えてから、僕は銀行に向かった。
こないだ見つかった地方銀行の口座と、もうひとつ持っていた口座に残っていた自分のお金を下ろしに行こうと思ったのだ。
どちらの口座も残高は1,000円以下だった。銀行に設置されているATMまで行かなければならないので面倒だったのだけれど、いかんせんもうお金がほとんど無くなってしまったので仕方ない。

11時過ぎに家を出た。天気はくもりで、肌寒かった。
いつも行くスーパーとは逆方向になるので、少しだけ緊張しながら自転車をこいでいくと、夏まであったはずの建物にクリーム色のシートが掛けられて解体されているところだった。
そこに建物があったことは覚えていたのだけれど、何かのお店だったのか、住宅だったのかは思い出せなかった。そうやって町のすがたというのは徐々に変わっていってしまうのだな・・・などと、少しノスタルジック&センチメンタルな気持ちでそこを通り過ぎた。

昼前の町は予想通り閑散としていた。
ゆっくりと10分ほどかけて走り、1件目の銀行へ到着した。
入ったことのない支店だったのだけれど、どうやら窓口のある本館とATMだけのコーナーが分かれているようだったので、迷わずATMコーナーへ入った。
小銭対応のATMであることを確認してからキャッシュカードを入れ、暗証番号を入力してまずは残高確認をした。
残高は414円だったので、全額を引き出そうとすると「金額は1,000円以上で入力してください」と注意されてしまった。
どうやら小銭には対応しているものの、引き出すには1,000円以上の残高が必要らしい。残念だったが、窓口に行って414円を引き出すのも恥ずかしかったので結局諦めてしまった。

2件目の銀行は以前よく使っていたところだったので迷わず辿り着くことができた。残高の525円をATMで引き出して、用事は完了となった。
帰りは行きとは別の道を通ろうと思ったのだけれど、下手に遠回りをして知り合いに会ったりしたら嫌だな、と思い直して同じ道を戻った。
ところがである。
橋の手前の十字路を渡っていると、右側に見覚えのある車が動いていた。
どう見ても前の職場のオーナーの車だった。僕は車に詳しくないが、普通の車の後ろ半分を切り落としたような小型で2人乗りの外車だ。
諦め半分だったが、帽子を直すふりをして顔を隠しながら車の正面を通り過ぎて橋を渡った。
振り返ったりしたら怪しいので、そこからしばらく何事もなかったように装い走っていたが、100mほど先でついに追い抜かれながら声をかけられた。やはりバレていたのだった。
先に説明しておくと、このオーナーは僕が病んでしまった原因ではない。オーナーと言っても、僕らに店を任せて、2週間に1度くらいのペースで客として顔を出す程度だった。
とはいえ、ひきこもり始めてからの4か月で初めての「家族以外の知ってる人との会話」が唐突に始まってしまったことは、僕にとっては間違いなく大事件だった。
オーナーは笑顔で「走りながらも何だから車、先のところ停めるね~」と、なぜか嬉しそうに車を走らせた。一瞬、このまま逆方向に走り去ってしまうか・・・という誘惑にかられたが、それはそれで後々面倒なことになりそうなので、観念して車を追った。
少し先の路肩に車が止まり、オーナーが出てくる。歳はもう60手前だったが、相変わらず40代後半くらいに見える。しかし僕はその「若く見られたい」という願望が露骨に見えてしまっているところが苦手だった。

オーナーは決して悪い人ではない。
車から出てきてからは僕の体を気遣い、痩せたね、とか、心配していた、と言い、偶然会えたことを喜んでいた。
僕はというと、「ええ」とか「まあ、はい・・・」とか「ご心配をおかけして・・・」とか、気の抜けた返事しかできなかった。突然のことだったので、すっかり放心状態に近い心境だったのだ。
僕があまりしゃべらないのでオーナーは自分の仕事の近況について話し始めたが、当然僕は興味もなかった。ただ、僕が今仕事をしていないということを言ってしまったので、もし「仕事を手伝ってくれない?」と来られたら嫌だな、ということだけが心配だった。
それからさらに5分ほど話したが、幸いそんなオファーはなかった。そして、後ろから来た車が通りにくそうにしていることに2人が気付いたタイミングで会話は終わりとなった。
 本当はオーナーの車が向いている方向に僕も行きたかったのだけれど、「それじゃあ、失礼します」と頭を下げて僕は自転車を180°回転させた。
オーナーは小さな車の中から顔を出して「時間ができたらまた連絡するからね!」と言ったが、その声と表情を見て僕は「もう連絡は来ないだろうな」という気がしてむしろ安心したのだった。

ちょっと小銭を下ろしに行っただけなのに、帰ってからドッと疲れが襲ってきた。今日は昼寝をしないで夜まで起きると決めていたので先が思いやられたが、気を取り直して先日買った材料で鶏ハムを作って昼食をとった。
その後は凛ちゃんを歓待し、外でのことを思い出しながら過ごしていた。

オーナーとの会話で意外だったのは、僕がどうやら痩せたらしいということだ。自分ではよく分からないし、家族にも何も言われていなかったので少し驚いた。ろくな食事をしていなかったという自覚はあったのだが、炭水化物ばかり摂っていたので太ったと思っていた。
どうでもいいことにも思えるが、僕は4か月のあいだ家族以外のニンゲンに会うことも話すこともなかったので、自分が4か月前と比べてどうなのか、ということがよく分からなかったのだ。
どうやら知人から見ると僕はまだ痩せた病人に見えるらしい。今日の偶然になにか価値を見出すとするなら、それが少し分かったことだと思う。

今日は予定外の出来事で焦ってしまったが、なんとか切り抜けることができた。これからも外出する時にはこういう事態が起こり得るということが分かったので、次からの外出では心の準備と、ヒゲぐらいは剃ってから家を出るようにしたい。

こんな生活なのでサポートして頂けると少額でもとても大きな助けになります。もしこのノートを気に入っていただけたら、ぜひよろしくお願いします。羊肉