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カーボンニュートラルの加速と生物多様性の保全

中山 恵介
論説委員
神戸大学

2050年カーボンニュートラルの達成に向けて待ったなしの状況であり、技術革新などによる温室効果ガスの排出量の削減、およびネガティブ・エミッション技術の開発が喫緊の課題である。カーボンニュートラル達成のためには、前者のエネルギー産業における構造転換、およびイノベーションの創出による温室効果ガスの排出量の削減だけでは達成が不可能であり、後者のCarbon dioxide Capture and Storage(CCS)やCarbon dioxide Capture, Utilization and Storage(CCUS)といった技術の開発も必須である。

それらの技術の中で、植物プランクトンや水草などの水生生物の作用により大気中の二酸化炭素を貯留する「ブルーカーボン」がCCSやCCUSの一つとして注目されている。特に、ブルーカーボンにおいて注目されているのは、海草や海藻の藻場である。例えば、ブルーカーボン生態系の一つであるアマモを植栽することにより、大気中の二酸化炭素が光合成により吸収され、最終的にその炭素が底泥として貯留されることにより、大気中の二酸化炭素を有機物として隔離し貯留することができる。

出典:海の森 ブルーカーボン CO2の新たな吸収源(国土交通省港湾局)
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001616134.pdf

ブルーカーボンは、カーボンオフセットやカーボンニュートラルの推進を掲げているSDGs目標13「Climate action:気候変動に具体的な対策を」にも資する気候変動の緩和策である。

つまり、気候変動と関連して多発している自然災害を抑制できる可能性があり、ブルーカーボンの増強は、地球温暖化の抑制に向けて全世界で取り組むべきであると考えられる。よって、防災強化および災害適応への至急の対応が必要とされる中、土木工学に関わる者として、たとえ効果が現れるまでに時間がかかっても、気候変動の緩和に向けて継続して取り組むべき事項であると考えられる。

一方で、SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」やSDGs目標15「陸の豊かさを守ろう」において、生物多様性が危機に直面しており、保全すべきであることが示されている。

アマモの成長には日射と多量の栄養塩が必要であることから、アマモは河口域周辺、もしくは滞留時間が長く栄養塩濃度が高くなりやすい領域で生息しやすい。そのような領域は、低次生態系である植物プランクトンを中心とした生物の生息域でもある。なお本稿では、藻場は植物プランクトンなどの低次生態系と区別して、それらに影響を与えるものとして位置づけている。そのため、栄養塩を必要とするブルーカーボンとしてのアマモ場などの藻場が多量に存在すると、その水生植物が河川から与えられる栄養塩を大量に吸収してしまい、植物プランクトンに十分な栄養塩が与えられなくなる可能性がある。その結果、植物プランクトンだけでなく、それらを捕食する二枚貝などを含む低次生態系が十分に成長することができず、生態ピラミッドの下支えとなっている低次生態系のバイオマスが小さくなり、生物多様性の保全とその持続的な利用が困難となる。

もちろん、従来から知られているように、藻場は水生生物の「ゆりかご」であり、生物多様性を維持する上で重要な役割を果たしている。以上の観点を踏まえると、ブルーカーボンの考え方は、生物多様性を含めた環境面における好影響も考慮した上での気候変動の緩和策であるべきであり、土木工学に携わる者としてそれらの利点を考慮して、積極的に取り組むべき事項であると考える。

頻発している気象災害に対して、土木工学に関わる多くの研究者および実務者が、適応策や緩和策の提案・実施に取り組むべきであることは疑いようのない事実である。そのため、ブルーカーボンの増強は、今後、カーボンニュートラルを見据えて重要な役割を果たすことは間違いない。同時に、生物多様性の観点から、生態ピラミッドの基礎となっている低次生態系の保全にも取り組むべきであると考えられる。「カーボンニュートラルの加速と生物多様性の保全」に対して、土木技術者の取り組むべき課題は多く、あらゆる分野の知恵を総動員し、それらの解決を目指す必要がある。例えば、土木技術者や研究者のみならず、横断的な、いわゆる学際的な取り組みを通じて、現地観測を中心とした生態ピラミッドの保全に必要な事項の抽出、および工学的な観点からの最適な“調和”を提案する必要がある。その結果として、各地域の特性に応じた、過去に失われた健全な自然環境の再生が可能となると考えられる。以上の点を踏まえた上で、今後の土木業界における多種多様な自然環境の保全・創出策の提案に期待したい。

土木学会 第195回論説・オピニオン(2023年8月)



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