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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.13 制度

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.13 制度

4.13.1 目標

(1) 制度に関わる目標
土木工学の各分野各々に制度があり、いつの時代も必要に応じて見直されてきたが、土木学会が百年を迎え構想する将来社会の実現のため、その必要条件として早急に整えるべき基盤的な制度があると考えられる。その制度が目標とするのは、「我が国の地域に暮らす人々が、土木技術者とともに、防災、環境、経済、社会等様々な面から、地域の将来に継続的に関心を持てる法の枠組みを制度として確立し、我が国が長期にわたり公共性を大切にし、国民が公共心を保ち、持続可能な地域発展に関わり続ける姿を実現すること」と考える。

(2) 目標設定の背景
1914 年の初代会長講演では、土木専門の者は人に接すること即ち人と交渉することが最も多く、土木行政法などに関する研究の必要を感ずること切実なるものがあると明示されたが、その後は多くを行政に委ね学会として十分に研究を進展させてきたとは言えない。近年、PFI やアセットなど公物管理の新たな発想が我が国でも制度化され、土木事業に係る安全や技術の基準、事業化の制度等の発展も著しく、これらの進展に学会の役割は大きいが、土木行政が行政上の数多くの法律規範に関わり、土木事業が国民を含む多様な主体の関与や参加協力で決定され、実現されるべきとの社会要請も過去に比して強まり、その法的枠組みが上位の政策や計画の段階から広く国民の関与を含む必要が高いと指摘されるに至っている。
そのような制度改革の機運が大きな時代背景に照らせば、土木学会が土木行政に関わる制度研究を自ら深め、国民と行政の対立に陥りがちな土木事業に対して、学会として高い理念から新たな方向を示すことや、一層望ましい土木行政の制度を具体的に設計し、その実現に向け取り組むことの必要性は高いと考える。

(3) 制度に関わる社会像
制度は本ビジョンが目標とする中身を実現するための必要条件の1 つに過ぎない。かたちである制度がビジョンの目標実現に役立つためには、制度が次に示す今後の社会の構築に寄与する必要があると考えられる。ここで言う今後の社会とは、①専門家の役割と国民の役割を峻別して専門家をリスペクトする社会、②行政や専門家だけでは実現できず国民の協力によって目標に到達可能な社会、③土木技術者に限らず広く国民の公共心が維持され、公共性への理解が備わっている社会という3 つである。

4.13.2 現状の認識

(1) 我が国の現状の認識
2014 年に至る概ね20 年間の我が国は、新自由主義経済の政策理念が急速に浸透して、社会資本整備に関わる様々な規制緩和が進んだ。小さな政府の名のもと、行政組織の弱体化、公共投資の減少等の影響を強く受け、都市や社会基盤の計画分野でも、①時間を要する手続きの簡素化・廃止、②自由な活動を阻害する規制の緩和・撤廃、③短期利益追求の優先などが重視された。
公共問題の解決を市場に頼り、個人や個々の利益を強調するあまり利己主義を促進した傾向も否めず、その結果、①政策や計画の策定手続き、②規制を伴う政策や計画、③政策や計画による長期的取り組み、などがことごとく軽視される時代が続いた。なお、建設業界の談合問題やインフラの安全問題など、建設業界の信頼回復の取り組みは、従来から進められ一定の成果を挙げてきたが現時点で完遂されていない。

(2) 他国の現状認識からみた日本
英米の新自由主義経済の躍進により、市場主義や個人主義への偏りが喧伝されるが、英米ではそれ以前から地域の計画制度などを有し、1990 年代以降それらを強化し、経済活動における「個」と共に、「地域・社会」を同時に重視してきた。たとえば、米国の都市圏交通計画などは、政権交代に影響されず安定して長期計画の役割を果たし、その機能は近年一層強化されている。我が国はそのような面を見過ごし今日に至っている 注64)
IT 技術が個人を直接ネット上のコミュニティにつなげ、地域社会への関心を低下させる懸念も指摘される英米など他国では、地域の計画づくり等に市民参加を積極的に促す安定した法的枠組みを強化し、地域の公共性の大切さを市民に伝え続ける努力が数十年前から続けられている。
それらに比べ、我が国では「個」と「公共」の両輪で政策を推進するバランスが十分に備わらず、地域における公共を大切に考える制度が確立されないまま、規制緩和が推進されてきた。このような考え方が今後も蔓延すれば、公共心の高い日常的コミュニティを将来にわたり維持できるとは楽観できないだろう。

(3) 日本人の公共心と課題
日本人の公共心は古来より高く、東日本大震災直後の様々な支援活動でもそれを如実に物語る。
しかし、震災瓦礫受入れを強硬に拒む一部住民の声が自治体に受入れを断念させたように、公共心を地域社会が発現できない場面も生まれつつあり、自己犠牲とほど遠いこの種の事例でも、古くから指摘される家の外に関心を持たない日本固有の公共心に通じる課題があり 注65)、一部の反対が方針を覆させる行政手続きにも問題がないとは言えない。

(4) 未来への想像力と土木技術者の今日的役割
災害国家である日本の人々が、未来への想像力を増して強さを発揮する必要がある。未来への想像力は、身の回りの他人の迷惑に配慮する心に留まらず、将来の世代・社会のために今現在配慮すべき心に関わる。地球環境への長期的な配慮や災害に強い地域を将来にわたり形成する取り組みなど、自分や家族の安全に関わる意識を超え、将来に向け安全で豊かな地域や社会を構築すること等に、関心を持ち続け尽力する心であり力である 注66)
このような未来への想像力に関して、土木技術者は公物管理を生業としてきたことから、おのずから公共物や公共空間への関心が高く、潜在的に公共性への理解や貢献意識が備わり、未来への想像力も高い。公共性に関わる他者の幸福に幸せを感じる愛他的人間も少なくないと考えられ、そのような人間を社会で増やすことは、そのことの大切さを知る土木技術者の役割であろう。そのため、土木技術者が一刻も早く社会の信頼を確固たるものとし、一層役割を果たすことが将来の社会のために必要である。

4.13.3 直ちに取り組む方策

(1) 土木の負のイメージの払拭
我が国では2012 年末の中央道トンネル天井板崩落で多数の犠牲者を出し、他国でも道路橋の落橋や鉄道脱線等、供用中のインフラが原因でおびただしい数の犠牲者を出す現実がある。少なくとも平常時に「土木構造物によって人を死なせない」という将来像を念頭に、インフラの使用停止も含め、正確な判断が全うされる仕組みを早急に確立する必要がある。また、社会とのコミュニケーションに一層努めると同時に、一定の時間を置いて断続的に発生する談合事件に対しては、法制度整備もなされてきたが根絶には至っておらず、土木信頼回復の必要条件となることから引き続き取り組むべきである。

(2) 災害に対する共助の促進と未来への想像力
他方、自然災害による犠牲者は土木技術だけで防げず、自然の脅威を常に認識する謙虚さも求められる。その意識を持続し、発災前から未来への想像力を高める法制度上の枠組みが必要である。
予想される大災害のリスクを共有し、①将来世代、②文化や伝統を創った過去の世代、③異なる環境に暮らす他地域の人々、④身の回りの人々、といった家の外の他者への関心を、継続的に高める制度が必要である。未来への想像力により、①科学技術が万能でないことを踏まえ専門家だけに判断を任せず、国民自らがリスクを分担し判断に関わることも可能になり、②将来世代に影響する責任を自覚し、③過去の文化や伝統を将来世代へ継承する責任をも自覚できると考えられる 注67)

(3) 3 つの制度化の方向性
①負のイメージ払拭のための制度化
短期的に取り組むべき制度化のうち第1 は、土木構造物の安全な利用や談合への対処など土木の負の側面を刷新するための制度設計である。これらは従前の取り組みに配慮しつつも短期に全うされるべきである。談合問題については近年の事件が必ずしも土木の中枢で発生していないことから、各地で談合排除の倫理条例を制定する活動を開始することも含まれよう。また、社会資本の長期利活用のため、長寿命化に加えて利活用の上位計画を安定した法制度とすることによって、適切で効率的な維持管理や更新に対する社会的合意形成を継続的に行える枠組みを策定することなども考えるべきである。

②適正な手続きの制度化
第2 は行政と国民や市民との関係を強化し、国民や市民、NPO やコミュニティの、国や地域の計画、そのもとで進められる事業への一定の参画を促す適正な手続きの法制度化である。近年の制度化については一定の進展がみられるものの 注68)、未だ一貫性と継続性を担保された制度とは言えず、地方自治体を含めて地域が継続性を保ちつつ取り組むための法的手続き基盤としては十分とは言えない。この点を踏まえ、社会基盤の計画手続きの法制度化を実現する。特に、今後は新規の事業化ばかりではなく、都市計画や社会資本計画などの見直しや休廃止に対する合意形成の重要性に鑑みた手続きの制度化を進めるべきである。また、長寿命化に新規事業や廃止事業を合わせたインフラの上位計画等を持つことで、専門家や行政が構造物の維持管理ばかりに関心を持つのではなく、引き続き利用者や国民に直接向き合う仕組みを制度面から維持する必要もある。

③未来への想像力のための制度化
第3 は地域の将来像を行政が市民や住民と共有し、実現に協働する地方自治体レベルの地域計画の制度化である。日本では伝統的に国が強く、将来の事柄は国が決め、その対極に国民がいた。一方、村社会のように日常コミュニティの結束は強く、近年は自治体が曖昧な位置にあったとも考えられる。しかし、規制緩和や地方分権により、既に多くの権限が自治体に移譲され、地域の将来は個々の自治体の制度に委ねられつつあるが、現状では国と同様に地方行政でも縦割りの制度が多く、必ずしも総合的で整合性を持つ体制になっていない。
そこで、今後求められる地域計画の制度 注69) は、住民を含む地域の各主体の責任と役割が明確であり、その内容は特に、地域の防災、環境、エネルギー、社会、経済等の分野からなり、気候変動や温室効果ガス削減のように長期にわたって地域が一丸となって取り組むべき課題を含み 注70)、それらの横断的な評価を地域の持続性アセスメントとして内包する制度である。このような制度化はアセスメントを拠り所に実現化することが考えられるが、長期にわたる取り組みを継続することの正当性を与えることに大きな意味があり、土木として早期の制度化に向け取り組みを行うべきである。
なお、日本政府では2012 年の低炭素まちづくり法に加え、2013 年に交通政策基本法、国土強靱化基本法等の制度化を実現し、従来の都市マスや実行計画に加え、公共交通や防災に関しては国の計画制度が先行しつつ、本年になって、内閣に「まち・ひと・しごと創生本部」が創設されるなど、各分野の進展がみられる。今後は、行政の側では縦割りを排した上位の横断的な計画を実現し、国民の側では長期にわたり公共心を保ち続ける意思を共有することで、各主体が相互にリスペクトされる社会構築につなげることが期待される。

4.13.4 長期に取り組む方策

(1) 百年後の社会のために継続的になすべきこと
今後の科学技術の進展は目覚ましく、人間の生活も一層便利になるが、人々の原風景となる地域を早期に回復すれば、望まれる環境や生活スタイルを、想像内に維持することは可能と考えられ、望ましい地域や社会生活の姿を、国や自治体が国民や市民に継続的に問いかけ、広く対話を重ねつつ早くから方向として見定める必要がある 注71)
その際、予想を超えて進化する技術をいかに制御し、社会・生活の中で安定的に管理するかが、一層重要で困難な課題になると予想される。多元的な価値の錯綜する社会であっても、望ましい方向を探り共通の目標を定めて立ち向かうことが早い時期から必要になる。我が国の場合、百年単位で西欧に追従した近代化を総括して我が国の独自性を取り戻す視点や、千年単位で日本の自然観や倫理の復興を目指す視点なども早期から継続的に考慮すべきと考える。

(2) 長期・超長期の目標達成のための制度維持と土木技術者の貢献
防災や地球温暖化対策など長期や超長期の目標達成のための法制度は、少なくとも数十年は持続的に機能して効果をもたらす必要があるが、制度の形骸化や制度疲労に留意して見直しも必要になる。技術が目覚ましく進化しても、人間の司る制度の理念や思想は容易に進化しないとも考えられ、社会における倫理の維持と向上が一層求められる。
気候変動や大災害の一層の深刻さが増して手遅れとならないよう、必要な制度的枠組みを早期に構築する必要があるが、そのような枠組みの下で創意工夫を凝らす地域で、地域の将来に関心を持ち、地域の将来を自ら作る人たちを土木技術者は献身的に支援し続ける。

(3) 社会が適切な選択を行える制度構築への土木技術者の責任
土木は社会に多数の価値が存在することを理解しつつ、社会の価値選択に大いに関心を持つ。そのため、専門家の役割をリスペクトし、行政の役割を理解し、国民の役割を権利行使のみでなく義務や協働に広げる大切さを知り、それらを常に相互に確認しあえる社会の実現や、そのための制度設計に困難だとしても責任を持って取り組み続ける。
土木は市民やNPO、コミュニティなど様々な主体の継続的な協働で実現できる、持続的で豊かな社会を理想とし、人口減少下における都市の計画やインフラ事業の縮小や廃止、維持費用削減の工夫など、必要な措置をタブーなく進めると同時に、長期的に社会が取り組むべき施策を継続的に実行し、将来社会を理想に近づけることに最大限努力を惜しまない。


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注64) 地域計画の分野以外でも、たとえば、航空規制緩和が早くから進んだ米国では、航空産業の自由化を進展させると同時に、地方空港等の交通インフラの民営化は進めることなく公共性の高いインフラとして地域が維持している。また、欧州では規制緩和の時代に公共サービス義務化制度を創設し、公共性の高いサービスへの公的負担を制度化して一定のサービスを確保している。すなわち、両国とも市場化して一層の効率性を追求しつつも、同時に競争から守るべき公共性を確保して、採算判断する対象を限定してきたといえる。

注65) 和辻哲郎は「風土」(1929 年)の中で、「さらにまたこの種の政治家によって統制された社会が、その経済的の病弊のために刻々として危機に近づいて行くのを見ても、それは「家の外」のことであり、また何人かが恐らく責めを負うであろうこととして、それに対する明白な態度決定をさえも示さぬ。すなわち社会のことは自分のことではないのである。というのは、この人の生活がいささかもヨーロッパ化していないということである。洋服と共に始まった日本の議会政治が依然として甚だ滑稽なものであるのも、人々が公共の問題をおのが問題として関心しないがためである。城壁の内側における共同の生活の訓練から出た政治の様式を、この基盤たる訓練なくしてまねようとするからである。「家」を守る日本人にとっては領主が誰に代わろうとも、ただ彼の家を脅かさない限り痛痒を感じない問題であった」と強調している。

注66) 身の回りを超えた外部の人々に配慮する心は、英国などでも古くから共感という概念で表現された。その代表的なものにヒュームの共感(sympathy) がある。それは思いやりや同情という意味ではなく、自分が相手の立場から見える物事を想像すること、すなわち想像上の立場の交換であり、未来への想像力につながる考え方といえる。

注67) 兼岩伝一が「どんな建設工事にしても、その計画を一部の政治家や専門家が秘密の裡に独断的につくるのではなく、その建設工事に関係あるすべての労農市民と充分に話し合って、民主的に作成されるように要求しなければなりません。構造物の設計や色々な計算については専門家がやっても、その工事の国民に及ぼす影響の是非については国民自身が判断を下さなければなりません」と1955 年頃に書き記している。

注68) 最近の手続き制度化に関しては、構想段階計画策定ガイドライン(2008、国交省)、環境配慮書手続きの法制化(2010、環境省)、道路構想段階計画策定ガイドライン(2013、国交省道路局)等があり、一定の前進が見られる。

注69) 地域計画の制度化等については、既にJCSE 2010(2008 年作成)の中期目標を踏まえ、調査研究部門(土木計画学研究委員会)に検討が委ねられ、土木計画学研究委員会小委員会から取りまとめと提言が公表されている。その後、都市計画学会復興特別委員会が2012 年に改めて提言を行い、規制緩和と一対の制度である地域計画制度に加え、公共交通マスタープラン、防災アセスメントの3 つの法制度整備の必要性が提案された。

注70) 地域計画の法的枠組みの早期制度化の緊急性は、特に気候変動への適応や温暖化対策を長期で継続する必要から、中央環境審議会答申(2012)「地球温暖化対策の選択肢原案について」において同様に提言され、そこでも地域計画の制度が、地震や津波防災のみではなく、気候変動に伴う大規模な風水害等に備える必要があり、防災、環境・エネルギー、社会・経済等が深く関わる地域計画と総合的な持続性評価で計画手段の将来的なリスクを最大限下げる必要があるとされた。

注71) 超長期的には日本の人口も寸胴型の分布に落ち着き、高齢者の多さが日本のみの特徴ではなくなると考えられる。その時代に若年から高齢まで各世代の自立が一層求められ、各々の世代の活動を支える社会基盤や社会システムを、地域主体の制度枠組みの中で維持させることが必要になると考えられる。
また、各世代がアジアを含む世界各地を行き交う時代になれば、そのような高いモビリティの生活を持続できる社会システムの構築も必要になると考えられる。

国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/