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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.12 技術者教育

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.12 技術者教育

4.12.1 目標

政治的社会的変化を受け、近年では工事・業務の進め方が多様化し、これまでの機能化社会の中で分業化されていた各業態・分野間の垣根は低くなる一方である。また、公共事業におけるPPP や市民参加まで含めると様々な関係者によってプロジェクトが進められる傾向が増進している。こうした多様な組織が連携する枠組みの中では、土木技術者の他に各種の利害関係者が主体として参入し、求められる技術の種類・質も多様化している。さらに、地球環境変化にともなう風水害の大型化や巨大地震への対応、老朽化する社会資本ストックの維持管理など、技術の高度化や質的変化にも、技術者は敏感に反応し柔軟に適応しなければならない。さらには、1990 年代以降、技術基準や教育の国際化が急速に進展した。教育・人材育成のあり方は、土木を取り巻くこのような国内外の状況変化を見据えたものでなければならない。技術者教育の目標は以下のようにまとめられる。

『既往の技術とともに、柔軟な発想のもと新たな取組みを追求し、真に合理的な社会基盤の構築・維持管理を実現し得る「経験」、「知識」、「多様な人材を活用できるコミュニケーション能力とリーダーシップ」などを併せ持つ技術者の育成』

4.12.2 現状の課題

(1) 土木技術を着実に次世代へ継承するために
我が国では、理科や数学に対する子どもの興味・関心・学力の低下、国民全体の科学技術知識の低下、若者の進路選択時の理工系離れと理工系学生の学力低下、の結果、将来の科学技術人材が育たないことが危惧されており、土木離れと理系離れ現象には共通点が多い。土木について言えば、土木系学科卒業生の土木業界への入職率の低下も問題の一つである。
土木離れの底流には、若者の間での理系全体へのイメージの悪さと、理系は文系より不遇という社会的通念の存在、さらには公共事業のイメージダウンなどの土木特有の状況によるものがある。
理科離れは先進国に共通の問題であり、各国とも理科離れの阻止、科学技術人材の養成・確保に本腰を入れて取り組んでいる。近年、日本の理科離れ阻止に向けた官民の取り組みは着実に前進しているが、①社会における理系の地位・待遇の向上、②国策として長い時間軸で科学技術と社会をつなぐ活動を推進、についての取り組みは特に十分とは言えない。
賢明かつ民主的に公共事業へ参加できる国民を育むためには、また土木技術を着実に次世代へ継承するためには、土木分野からも初等・中等教育システムへ踏み込んで理数科さらに社会科教育に直接貢献しなければならない。高等教育においては、学生に対し科学が自分たちの社会のあり方や生活、生命にどのようなかかわりがあり、どのような影響を与えているのかという点に関しての洞察力と判断力も養う専門教育が必要である。

(2) 高等教育のカリキュラムとグローバル化
少数かつ特定の人間だけがプロジェクトを引っ張るのではなく、技術者たるや誰もが主体的に問題の発見と解決にあたる意識を持つべきである。また、高等教育機関における技術教育では、国際的に通用するプロジェクトマネジメント教育やコスト縮減技術、事業経営など、将来の社会的ニーズを先取りした教育カリキュラムを一部で取り入れるべきである。
1990 年代以降、多くの高等教育機関ではJABEE の認定基準を満たすように教育プログラムが改変され、エンジニアリング・デザイン(ED) や技術倫理などの教育の充実が迫られている。大学教育の質に関する国際相互認証の動きは1999 年のボローニャ・プロセス等を契機として本格化し、2007 年設立のIEA (International Engineering Alliance) による活動など欧米を中心に急速に進んでいる。さらに、OECD により高等教育における学習成果アセスメントAHELO のフィジビリティー・スタディが始まり、技術者教育や技術者の質保証に関する国際的相互承認の動きが今後さらに加速すると考えられる。

(3) 厳しい受注環境下での企業内教育
これまで土木技術者の育成は、幅広い業種に就職しうる大学での汎用的能力の教育と、就職後の特定領域における専門的な業務を行う企業側での専門技術の教育により、いわば分担してなされてきた。すなわち、本格的な土木技術者としての踏み出しから確立、そして独り立ちに至るまでの過程は、独自のキャリアパスに基づいた企業内教育に委ねられている。しかしながら、近年の厳しい受注環境が続く中で、人材育成のための余裕の低減、個々のプロジェクト規模の縮小などにより、独自キャリアパスによる技術者育成の成果もこれまでと比較して変化、あるいは企業間格差も生じている。

(4) 多様な人材活用のシステム構築
わが国においては、新たな社会資本の整備や個々のプロジェクト規模が縮小し、膨大な既存社会資本の長寿命化と防災のための整備が主体化し、大きな変革期を迎えている。一方で、これまでの社会資本整備を担ってきた経験豊富な技術者のリタイアや若年層の理系離れなどによる人材不足が懸念されている。このような状況にあって、これまでもシニアエンジニアや女性技術者などの活用に係る検討を重ねてきたが、未だ具体的な活用にあたってのシステム(青写真)の実現にはいたっていない。そこで、今後の多様な人材活用の実現にあたっては、すぐにでも実用化できるような具体的な活用方法の提案が望まれる。

(5) わが国を含めた世界的な技術基準の変革
近年、WTO/TBT 協定による貿易上の障害の撤廃とその観点での包括的な設計コード実現へ向けた動き、科学的データに基づく構造物の安全性評価実現へ向けた動き、さらにはリスクマネジメントの適用拡大を目的とした定量的な安全性評価の実現といった動きの中で、信頼性に基づく設計コードへの改訂が世界的に進んでいる。わが国においても、1998 年に閣議決定された「規制緩和推進3 カ年計画」にはじまる国家施策の中で、設計コードの性能設計化(設計状況に応じた対象限界状態を所定の信頼性で満足する設計)が促進されている。今後世界的に信頼性に基づく包括的設計コード化が進む中では、科学的データを有する新たな技術や手法を用いて、より合理的な設計成果をあげることが重要となる。このため、わが国においてもこれまでの仕様的な枠組みを超えて、新たな技術の研究・開発を通じて世界の設計シーンをリードし得る技術者の育成とそのシステムの構築が望まれる。

(6) 維持管理対応の技術者の不足
高度経済成長期に集中的に整備されてきた我が国の社会インフラは、高齢化が進展しており、これらの社会インフラの維持管理や更新に関しては、必要な技術・ノウハウを持つ技術者が不足している。

(7) その他
必ずしも土木工学を希望しない学生が結果的に土木工学を学ぶような事態が生じており、学生の学力だけでなく学習意欲の低下あるいは卒業後の土木界での技術力の低下にもつながることへの懸念がある。確かに卒業後の土木業界への入職者数は減少の一途をたどっており、大学等の入学定員削減の議論も避けて通れない。一方で、これからの日本社会は、もはや政治や行政が「公」を独占し支配するものではなく、民意に代表される「私」が活性化することによって「公」を事実上代行し、部分的に引き受けることになる。公共の問題を解決する情熱や使命感を持つ人々がリードする社会とするために、大学は土木技術者の排出だけでなく、正しく土木の知識を持つ、ノーブレス・オブリージュの意識を持った多くの人材を排出すべきである。

4.12.3 直ちに取組む方策

(1) 高等教育のカリキュラム
問題発見および問題解決能力の育成:これまで分野別に専門科目の講義や実験を行う教育方法が主流であったが、複数の土木専門科目、さらには情報工学や経済学などの複数分野の知識を統合して、問題の発見と問題解決にあたらせる問題・課題解決型の授業(PBL) を増し、技術応用力、チームワーク力の根底となるリーダーシップ力を涵養させる。土木系教育はそもそも幅広い技術を統合的に取り扱える能力育成を図ってきた。このため、本人の才覚も併せて企業経営に携わる技術者も多いが、教育方針として、経営的な観点から社会資本投資や土木技術を理解するための講義は不十分であった。

産官学の教育連携:社会的ニーズが変化する中で、企業や官公庁が欲する人材と大学教育の内容とのミスマッチもある。土木系企業や官公庁の人材ニーズの大学への積極的フィードバック、企業から社員の積極的派遣が期待できるような社会人大学院(修士、博士)プログラムの開発、プロの技術と能力をみせるインターンシッププログラムの産官学共同開発、非常勤講師や冠講座の積極的導入を進める。
維持管理対応の技術者の不足:「社会インフラ維持管理・更新検討タスクフォース」の検討成果を高等教育機関でのカリキュラムに移転するよう学会と教育機関の連携を一層強化する。高等教育のグローバル化: 高等教育にかかわる国際的な認証や認定の動向の調査、土木環境系の専門職(プロフェッショナルエンジニア)の質評価・保証にかかわる国際的な動向の調査を進める。

(2) 若年世代の土木(理系)離れ
現在、教育企画・人材育成委員会では、土木系初等、中等、高等教育、社会人、成熟シビルエンジニア等の各世代に対しての教育企画・人材育成を検討・実施している。具体的には中高生に安全・安心な社会形成の業務を担うためのキャリア教育、小中学生へのシティズンシップ教育、高等教育のシステム検討、多様な人材活用検討の具現化などである。賢明かつ民主的に公共事業へ参加できる国民を育み、また若者の土木離れを防ぐためにこの取り組みを一層充実させる。なお、大学等の高等教育機関における業績評価に占める教育業績の重みが低いのが問題である。実質的な教育への評価方法の確立を目指すとともに、教育に関する評価・表彰制度の開発にも取り組む必要がある。

図4.3 に示すとおり、企業の枠組みを超え目標とする社会像を実現するための土木技術者のあるべきキャリアパスを土木学会認定資格制度との連携と併せて示し、熱意を持った技術者が自らを高めていくための指針を示すことが望まれる。これとともに、大学では企業や官公庁がわが国の大学院で積極的に学ばせたいと思わせることのできるコンテンツを提供する。
多様な人材活用の実現のための活用方法を検討し提案する。具体的には、現在の人材活用が企業任せになっているのに対し、各業種での現在の人材活用状況と多様な人材(シニア、女性、外国人など)を配置した、人材活用事例を提案する。
信頼性に基づく包括的設計コード化が進む中では、科学的データに基づく新たな技術や手法を用いて、より合理的な設計成果をあげるために、これまでの仕様的な枠組みを超えて、新たな技術の研究・開発を通じて世界の設計シーンをリードし得る技術者の育成とそのシステムの構築を検討する。例えば設計実務の理解を大学教育へ取り入れたシステム、今後の設計基準で主体となる部分係数法(信頼性設計レベルI)の内容と係数設定の背景、新技術・新工法および最新の研究成果を設計へ反映する上で欠かせない代替え案(信頼性設計レベルII やIII)の設計実務への適用について、現行実務者の学び直しへ取入れたシステムなどを立案する。

(4) 長期的に取り組む方策
一般的には変化の遅い教育界には、PDCA サイクルをまわしながら時宜を得たカリキュラムや将来の社会的ニーズを先取りしたカリキュラムを臨機応変に導入してゆく体制を整える必要がある。一方で、我が国で技術専門教育が始まった明治時代に、帝国大学で教鞭を執った複数の外国人教授が、「日本人は、科学をなにかの機械のように考えているが、一種の有機体のようなものである。科学は、数千年もの間、幾多の人達がおびただしい血と汗を流し、身を焼かれながら示した道である。現在までに結実した理論や結果が重要なのではない(東京帝国大学教授・ベルツ先生)」、ということを指摘している。木にたとえるなら、歴史や文化、精神といった土壌に根付き、根を張り太い幹と成ったのが科学であり、そのリンゴの実だけを収穫することだけに注意を注ぐのではなく、将来より大きく美味しい実を得るために土を耕し種をまき、木を育てることにもっと力を注ぐべきだ、ということである。特に近年は短期的な成果や業績を求める風潮が強く、民間企業だけではなく大学等の研究機関においても基礎研究は下火である。高等教育機関の専門教育カリキュラムの中で教養教育と基礎研究を充実し、それを重視する体制造りに学会が積極的にサポートしてゆくことが重要である。
また、国際的に活躍できる技術者を育てるためには、高等教育にだけ目を向けるのではなく、小学校の高学年などから土木が人々の暮らしにいかに役立っているかが理解されるようにする必要がある。そのために指導要領に正しい土木の知識を掲載する運動を続けるべきである。また土木技術者の評価自体を高める工夫を考えねばならない。


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