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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.11 国際

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.11 国際

4.11.1 目標

人類の歴史、特に技術の進歩による人類活動の歴史を考慮すると、100 年後には人類の活動自体が全世界的な規模で行われるのが普通となっていると考えられる。それは人間自身の物理的な移動を伴うだけでなく、情報技術の高度な発達によるところがより大きいであろう。また、人口の増加は約100 年後に110 億人余りでピークに到達することが予想されている1)。現時点での2 倍近い人口である。この規模の人口では、地球環境のサステナビリティの観点から、世界規模で人類の活動を人類自身で管理していく重要性が一段と増すであろう。したがって、土木の活動の主体が世界的な規模・視点となり、土木のあらゆる側面で「国際」という観点は避けては通れない。各側面での「国際」に関する記述はそれぞれの該当する節に譲るとして、ここでは、中期的な観点から我が国で培われた土木技術による国際貢献と建設業による国際ビジネス展開を、長期的な観点からグローバル人材の育成について述べる。

(1) 我が国で培われた土木技術による国際貢献
我が国は、厳しい地形・地盤条件、地震・豪雨等の災害、さらには稠密な土地利用といったインフラ整備には大変困難な環境条件の下で今日の国土の発展の基盤を築きあげてきた。これは先人達の手によって、これらの困難を克服し、培われてきた技術によるものである。また、終戦後の悲惨な財政状況下にあって、海外からの資金援助を受けながらも、今日のインフラの土台造りに挑み、それを成し遂げてきた知恵もある。これらを世界の国々のインフラ整備に、特に環境・風土の近いアジア諸国に活かし、世界の国々の発展に貢献することを目指したい。その際には、自然環境への影響を充分考慮することはもちろんのこと、地球温暖化問題への対応を含めた地球規模の問題解決に貢献する視点を持つことが重要である。さらに、我が国の技術や仕組みの良さを生かしつつ、それらを地域のニーズや環境条件に適合させ、それぞれの国に相応しいインフラ整備システムを、その国自身が生み育てていくことを支援する視点が重要となる。

(2) 建設産業の国際展開
いわゆる新興国を中心とした世界のインフラ需要は膨大であり、急速な都市化と経済成長により、今後の更なる市場の拡大が見込まれる。我が国の成長戦略の一環として、強みのある技術・ノウハウを最大限に活かして、世界のインフラ需要を積極的に取り込むことにより、我が国の経済成長につなげていくことが肝要である。建設産業においても海外事業が国内事業と並ぶ重要なビジネスとしての位置づけを確保するためには、先端技術が詰まった機器の輸出、技術のライセンス供与、コンサルティングサービスだけでなく、インフラの設計、建設、運営、管理等を含むシステムとしての受注や事業投資等の市場のニーズに合致したビジネスモデルを考える必要がある。インフラPPP 事業は、単純にインフラ施設を建設する事業ではなく、事業の計画段階から管理・運営段階に至る長期のプロセスをパッケージ化したビジネスモデルであり、民間資金を活用したインフラ投資事業として、多くの国でその拡大が期待されている。

(3) グローバル人材の育成
我が国の近代土木技術は、欧米の技術の輸入に始まり、これを適用して我が国の社会基盤を構築するとともに、我が国独自の技術イノベーションを創造しながら、その技術体系を確立してきた。
これらを支えた技術者は、実践的な教育研究を大事にする大学と現場においてOJT を実践する産業界の連携により育成されてきた。大学は、アジアを中心とする新興国や途上国等からの留学生を受け入れるとともに、日本人を世界のインフラ市場で活躍できるグローバル人材として育成することが求められている。長期的視点に立てば、新興国や途上国の経済発展に伴い、我が国の技術優位性は相対的に小さくなることは容易に予想される。また、経済的な国境の垣根が低くなることに伴い、世界の技術が国際的に流通しやすくなるものと思われる。育成すべき将来の土木技術者は、現地の歴史的、社会的背景を理解したうえで、地球環境への配慮も行いつつ、現在の新興国や途上国も含めた国内外から適用可能な技術を選択し、現場の条件に適応させながら、必要なインフラ事業を実現できる資質を有することが肝要である。技術には、インフラ施設の調査、設計、施工、維持管理に関わるハードな技術だけでなく、インフラ事業を進めるための制度や体制等のソフトな技術も含まれる。国境を越えて、これら技術の融合や適応を実現することができるグローバル人材の育成により、我が国だけでなく世界のインフラ事業の発展に貢献することが期待される。 

4.11.2 現状の課題

(1) 我が国で培われた土木技術による国際貢献と建設産業の国際展開
これまでの政府開発援助事業を通して実施されてきた国際貢献をさらに拡大し、政府開発援助事業以外のインフラ事業においても、我が国の建設業がさらに積極的に国際展開を図るためには、以下のような課題が認識できる。a)インフラ事業のマーケティング活動
インフラ事業は、現地のニーズに応じたローカルな事業であり、それぞれの国の発展段階や政策課題、リーダーの考え、国内制度や市場の特性等を踏まえての対応が求められる。我が国で培われた技術やノウハウの強みを活かしつつ、相手国の求める仕様に応じたインフラ事業の企画・計画・設計・施工等に反映させることが肝要である。インフラ事業におけるきめ細かいマーケティング活動が求められる。
b)相手国とのネットワーク
我が国で培われた技術やノウハウの良さが相手国に理解されるためには、相手国との人的ネットワークを強化することが重要である。特に、我が国の技術や経験について、これを理解する専門性を持った人材や組織を確保し、そのネットワークを継続的に維持する環境を整備することが求められる。
c)海外展開のためのプレイヤー
インフラ事業における調査・設計や施工の段階、物品等の調達段階においては、これまでも政府開発援助事業等を通して、国際貢献を果たしてきた実績を有するものの、事業の構想段階や管理・運営段階を含めて事業全体をマネジメントする主体は、国際市場において質・量ともに不十分である。国内においては、主として公的機関が担っていることが多く、海外展開を目的としていない。
海外展開のための新たなプレイヤーを育成、確保していく必要がある。
d)国内市場の国際化
インフラ事業を世界に向けて展開していくためには、ある程度、国内の制度や規格、基準類等の国際化を考える必要がある。国内における本邦企業の実績、経験が、国際展開の担い手となる人材や組織の育成・確保の観点から有効である。

(2) グローバル人材の育成
世界のインフラ市場で活躍できるグローバル人材を育成し、世界の「ひと」づくりに貢献していくためには、以下のような課題が認識できる。
a)世界のインフラ事業を取り巻く課題に対する理解の促進
世界各国の社会経済環境下で国民の安全安心を確保し、経済活動を支えるインフラを計画的に整備し、健全な状態で維持管理していくためには、それぞれの国で抱える課題に適切に対応していくことが前提となる。インフラ施設の調査、設計、施工、維持管理に関わる技術的課題だけでなく、インフラ事業を取り巻く社会的背景や制度的課題を理解するためには、工学分野だけでなく社会科学分野における知見を活用する必要がある。
b)世界のインフラ事業の課題を解決するための体制
我が国は、これまでの産官学における研究開発の歴史、現在の技術水準に鑑みれば、世界のインフラ事業に関する課題解決に貢献できる十分な技術的能力を有している。国内外の研究者および実務者と共同でこれらの課題解決を図るための体制や制度を国や国際機関等の支援のもとで充実させ、情報収集、課題解決に向けた機動的取組みを積極的に推進することが望まれる。
c)世界の技術者を育てるしくみ
これまでの留学制度による大学における人材育成や政府開発援助のしくみを活用した研修制度だけでなく、日本人技術者や研究者との接触の機会を増やし、インターンシップ制度の活用による世界の現場で学ぶ機械や国籍を問わず共同で活動ができる機会を増やすことが求められている。これらの機会を通して育成された人材が世界のインフラ事業で活躍できるキャリアパスを世界と共同で構築することもあわせて必要である。 

4.11.3 今後取り組むべき方策

(1) 直ちに取り組む方策
我が国で培われた土木技術による国際貢献と建設産業の国際展開の目標を達成するためには、産業界には、国際展開の担い手として海外市場を重要な活動の場として認識し積極的な役割を、学界には、海外フィールド研究の推進や海外市場に対応できるひとづくりへの積極的な取り組みを、官界には、国際的にインフラ事業を推進するチームの一員としての主体的な取り組みと国内システムの国際化に対応した再構築を推進する役割が期待される。さらに、国際的に我が国の強みを活かしたインフラ事業を推進するためのしくみづくりを産官学協働で推進することが求められる。
a)しくみづくり
これまでの政府開発援助事業を通した国際貢献だけでなく、パッケージとしてのインフラ整備システムを国際展開するためには、これを推進するプレイヤーを育成し、その活動を支援するためのしくみを産官学で連携を図りながら構築する必要がある。現地のニーズに応じて産官学の多様な得意分野を結集し、総合力を発揮できるチームを組成できるのが良い。海外プロジェクト保険や政策金融の拡充を進めるほか、政府開発援助事業との組合せを考えることも有効である。
これまで実施されてきた数多くの政府開発援助事業を通して培われた現地におけるネットワークや建設段階におけるローカルパートナーを活かすことも可能である。また、これまでに経験した失敗事業からも、多くのことを学ぶことができる。しかし、これらの情報を収集、蓄積し、組織の枠を超えて共有することは、必ずしも十分に行われてこなかった。多様で変化の激しい海外の事業を成功させるためには、そのためのしくみを構築することが肝要である。産官学を挙げて、これらのしくみづくりを積極的に推進することが求められる。
これまで海外の建設事業で苦労している国の多くは、法制度が未成熟あるいは不安定である。インフラPPP 事業に関しても、その制度や長期の資金調達が可能な金融市場が未成熟でリスクが大きいものと評価される。これらの法律や制度の運用に関する問題を解決するために、契約を含めた法制度を共同で開発するような取組みも考える必要がある。そのためには、それぞれの国や地域で運用されている基準や制度が、どのような背景で制定され改善されてきたのかを理解し、我が国で培われた制度の優れた点を活かすためのしくみづくりを協働で行うことが求められる。各国の技術的課題だけでなく、多様な制度上の課題について、共同で研究する拠点と体制を構築し、積極的に推進するのが良いであろう。

b)国内システムの再構築
建設産業の国際展開の状況に対応し、その特質を活かしつつ、我が国のマネジメントシステムをより進化させることが求められる。例えば、インフラPPP 事業を実施するためには、建設段階だけでなく、その前後のプロセスに責任を持って事業を進め、利益を挙げるために、複雑で多様な関係者との協力関係に配慮しつつ、そのリスクマネジメントがより重要となる。建設段階のコストや工期に関するリスクだけでなく、その前段階の用地取得リスク、事業運営段階の需要リスク、インフラPPP 事業に関する制度の安定性に関するリスクや為替リスク等を考慮する必要があり、インフラPPP 事業を展開する国や地域ごとに、また、対象とする事業ごとにリスクを丁寧に洗い出し、これらの対応策を事前に検討する必要がある。国内でこれらの経験を積み重ねることが、これまでは難しかったので、海外の経験者から学ぶことしかできなかったが、今後は国内においても、そのような機会を増やすためのインフラ事業システムの再構築が求められる。
また、我が国の強みを活かし、かつ国際的に通用する技術基準や契約制度等を開発することを通して、国内システムを進化させ、我が国の建設産業の国際競争力を強化する試みも産官学が協力して推進することが求められる。さらに、国際競争力のある建設産業を目指すためには、国際的に活躍できる人材を育成し、我が国の教育を受けた外国人をも有効に活かすことが可能な組織への変革が必要である。すなわち、国内組織の国際化、そのためのシステムの再構築が求められている。

(2) 長期的に取り組む方策
a)ひとづくり
我が国の土木技術の習得に強い関心を持ち、留学を希望する海外の技術者や学生は少なくない。世界のひとづくりへの貢献を念頭に出身国のしくみづくりに貢献できるリーダーを、我が国の建設産業の国際展開に貢献する外国人技術者の育成を念頭に我が国の技術やインフラシステムの教育等を、産官学のそれぞれの立場から戦略的に取り組む必要がある。日本人技術者に対しても、国際市場で通用するマネジメント能力、コミュニケーション能力を身につける教育を外国人に対する人材育成や共同研究等とも連携しながら効果的な方法を充実させ、より推進すべきである。
また、世界のインフラ事業の課題解決のための国際的な共同研究を推進する体制を構築し、国際的に技術開発を促進するしくみを実現することも肝要である。国際的な共同研究開発を通した人材育成を図ることも期待される。さらに、これらの「ひと」のネットワークづくりをより広範に、かつネットワークが効果的に維持される体制としくみを構築することも重要である。我が国の技術やシステムの良き理解者、協力者として、インフラ整備システムの国際展開の推進に大きな役割が期待されるだけでなく、世界のインフラ事業の発展に貢献することが期待される。


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