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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.10 まちづくり

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.10 まちづくり

4.10.1 目標

(1) 高齢化社会においても活力を保ち、持続可能な都市の実現をめざす
これまでのまちづくりは、拡大する経済への対応、すなわち、開発、立地のコントロールと、不足する都市基盤の緊急整備に追われてきた。この間、拡大と集積を続けてきた都市は、都市を維持するコスト、交通や都市サービスなど高齢者や来街者の生活、安全や地球環境などの面で、国際競争力を維持できるとともに、高齢化時代にも対応できる都市構造に必ずしもなっていない。目前に迫る本格的な人口減少・高齢化社会においても、活力を維持し、市民が安心して暮らせる持続可能な都市構造へ早期に変革することが必要である。
高齢化社会においても持続可能な都市
├─大都市における国際競争力を備えた拠点市街地の形成
├─管理、都市経営の視点でコンパクトな都市への再構築
├─歩くことが楽しい、まちづくり面からも健康な都市の実現
├─災害に対する都市の対応力の強化
└─ 環境・エネルギーの面でスマートな都市の実現

(2) 大都市における国際競争力を備えた拠点市街地の形成
わが国の活力の源として重要な国際競争力を確保する観点から、交通面では、空港など国際交通拠点及び都市内の拠点間のネットワークと、情報アクセスなど機能が高いターミナルを備えた交通体系に支えられ、土地利用面では、ゆとり空間や景観を備え、高度な土地利用が可能な都心にふさわしい街区で構成された拠点市街地の形成をめざす。

(3) 管理、都市経営の視点でコンパクトな都市への再構築
基盤を新たに整備し、都市を拡大してきた時代はほぼ終焉を迎え、今後はコストを抑制しつつ、都市の機能と活力を維持していかなければならない時代を迎えた。このためには、大都市郊外部や地方都市において、都市を経営する視点を取り入れ、市街地の規模を適切に管理し、民間やコミュニティの力を活用して公共の負担を抑えつつ、必要な都市サービスなどの機能を維持、充実していく。

(4) 歩くことが楽しい、まちづくり面からも健康な都市の実現
歩くことなど健康を維持する生活習慣を市民が自然に身につけて、医療費を中心とした社会保障費が適切にコントロールされ、持続可能に経営されていく都市とすることが必要である。このため、公共交通から自動車、自転車、歩行者までの交通体系が適切に維持されて、また出かける動機づけとなる都市の魅力の向上、コミュニティの活動等が連携して、高齢者でも出かけることに抵抗がなく、歩くことが楽しくなる都市構造をめざす。

(5) 災害に対する都市の対応力の強化
南海トラフ地震、首都直下地震、ゲリラ豪雨など、従来想定していなかった、大規模な災害が現実味を帯びたものになっている。また、高齢化社会は、災害への弱者が増加し、一方それを支える世代が減少しており、特に、都市の拡大、都市的生活様式の普及にともなって、昔からの地域のコミュニティが変化し、災害時に対応する力は弱くなっている。
国民生活の基礎であるとともに、都市への投資を促進し、わが国が将来にわたって国際競争力を確保していく上で、安全、安心な都市は重要なセールスポイントでもある。ハード面に偏らず都市の持つ民間の力を結集したソフト面と連携して、災害時のシステムとしての都市の抵抗力確保、災害後の復興能力強化等により、多様な災害への都市の対応能力を高めていく。

(6) 環境、エネルギーの面でスマートな都市の実現
都市においては、交通、生産などの活動に伴うエネルギー消費が自然のキャパシティに比べて大規模である。このためヒートアイランド現象の発生など自然や気候への影響も大きい。一方で都市には人口や活動が大規模に集積しており、技術革新を取り入れて、生活スタイル、地域構造を変革することで、エネルギー消費を効率的に、また大きく削減する可能性を持っている。交通体系の変革、エネルギーネットワークへの新技術導入などの工夫で、エネルギー消費が少ない都市を実現していく。

4.10.2 現状の課題

(1) 市街地の拡散
高度経済成長以後、市街地人口も増加してきたが、それと比較して市街地は著しく拡大し、低密度化が進行している。市街地の拡大とともに大きくなったストックの維持コストが重い負担となってくる。また、人口の減少とともに密度の希薄化が加速してきた市街地は、商店、病院などが成り立たず、買い物、医療、福祉など生活サービスを身近に得ることが困難になる地域も広がっている。
少子高齢化社会において持続可能な都市実現のためには、都市構造からの変革が必要である。

(2) 中心市街地の衰退
多くの都市の中心部は戦災復興事業で市街地が形成された歴史があり、名古屋市のように長期的な視点で基盤整備を行った例もあるが、東京都心も含め、大半の都市で街区が細分化され、道路や広場の規模も小さく、土地利用効率の面で時代遅れになっている。
また、中心市街地対策が商店街対策に偏ってきたこと、商業施設、医療施設の郊外立地等市街地の拡散に無策であったことなどの要因も相まって、多くの都市で中心市街地の機能も低下している。
市の税収の大半を生み出し、また金融などの面でも経済活動を支えてきた中心市街地の衰退は、都市経済に影響するだけでなく、さらに住民自体の減少を通じて、市街地の拡散をさらに進めるという悪循環にも陥っている。これまで都市の活力の源であり、都市生活の核であった、中心市街地を再生することが必要である。

(3) 歩かない、出かけない生活習慣と公共交通のサービス低下
市街地の拡散にともなって交通面では二つの課題がある。まず市街地の拡散は公共交通の採算を悪化させた。一定の人口、経済活動の密度を前提に成り立っていたバス路線、地方鉄道が、市街地の希薄化で採算性と競争力を失い、事業としては成り立たなくなる状況が急速に進んでいる。また、拡散した市街地は自動車依存を高め、歩かない生活習慣が広まった。このような都市交通の状況は、道路など他の交通インフラへの負荷となるほか、高齢者の生活の足が確保されないおそれも生じている。
出歩かなくなった高齢者の健康にも悪影響が懸念される。国の財政で見ると、使いうる税収をすべて投じても義務的に必要な社会保障費の4 分の3 もまかなえない状況に陥っているが、その主因は医療費と介護費の増大、特に大部分が生活習慣病によるものとなっている。これまでまちづくりを始め土木分野も他の多くの分野と同様、生活習慣と健康に関心が薄かったが、現在の市街地の構造、交通体系等が多額の医療費を必要とする生活習慣の原因の一つとなっていることを意識しなければならない。
高齢化社会において、生活、健康面からあるべき交通体系を、市街地構造の変革と連携して再生することが必要である。

(4) 緑の不足、乱雑な景観など都市の魅力低下
急速な近代化、さらに戦後の経済的発展を支えるため、わが国の都市整備は住宅の大量確保、交通網の拡大などの緊急的課題に追われてきた。このため都市内の緑や歴史的資源の活用や、電線地中化など魅力を高める投資も後回しになっている。その結果、ストックとしての都市公園は一定程度充足しつつあるものの、市街地の緑や景観などは必ずしも魅力があるとはいいがたい。魅力のない都市が、都市の活性化を図る上での障害になったり、国際競争力の面でもマイナス要素になっていることが危惧される。
都市の魅力の創出と回復を図ることが必要である。

(5) 災害に対する都市の脆弱性
市街化が外側に拡大する形で進む中、既成市街地の木造密集住宅など地震時に脆弱な市街地は更新が進まず、温存されてきた。
さらにゲリラ豪雨など従来予期していなかった災害、集中、あるいは被害が広域化するなど異常な規模の災害が頻繁に発生している。
災害への対応力の面からは、都市は地域コミュニティの力が相対的に弱い特性がある。また人口、経済活動が集積しており、地理に不案内な来街者も多数存在し、帰宅困難者、地下街やターミナルでのパニックの発生など、防災計画で忘れがちなまちづくりに固有の課題もあって、災害時の公共への負担が大きい。
都市の特性を踏まえた総合的な強靱化によって、被害軽減と早期の都市機能回復を図る必要がある。

4.10.3 直ちに取り組む方策

(1) 都市交通施策とまちづくり施策の連携
まちづくり施策としては、公共交通の結節点等に、商業、医療、福祉、文化などのサービス機能の立地を誘導する拠点を形成するとともに、公共交通の沿線へ居住の集約を誘導する。特に拠点市街地では、細分化されている街区と都市施設を集約し、有効な土地利用が可能な大街区に再編する。これらの施策は都市経営コストの効率化に寄与するとともに、公共交通に対しては利用者を増加させ、事業成立性を高める役割を果たす。
他方、公共交通については、都市機能と連携し、ターミナルなどのハードの整備と、運行、情報提供などのソフト面の充実によって、サービス水準を維持する。公共交通のサービス水準を維持し、さらに向上させることは、都市機能立地、人口の集約に効果がある。
このように交通面の施策とまちづくりが相互に効果を及ぼし合い、沿線への人口の増加、交流、活動の活発化を図ることで、市街地と交通体系を再生し、地方都市では中心市街地の活性化と大都市では国際競争力の強化を進める。

(2) エリアマネジメントと民間空間の公共活用
都市内のインフラは高度成長期の絶対的な不足に比べると一定程度充足しつつあり、管理が重要な局面になっている。今後のあり方としては、エリアマネジメントを導入し、身近な公共施設を地域コミュニティ(住民、企業)が維持管理する取組みによって、日常の維持管理を効率化していくことが重要である。また、これにより民間の自由な発想の活用、民による公的役割のビジネス化、コミュニティの活性化なども期待される。
一方歩行者や自転車の空間が不足しているなど、質的な向上を中心に依然投資が必要である。都市内の施設整備については用地取得が隘路になる例が多く、効率的な整備のためには、民間空間を公共施設として活用することにも取り組んでいく必要がある。
このような公共と民間の連携と空間の相互活用によって、都市経営のコストを抑制し、高齢化社会にもサステナブルな都市をめざす。

(3) 歴史、緑など都市資源を活用した歩きたくなるまちづくり
歴史と文化に根ざした美しい地域づくりをめざして、魅力ある資源を持った地区、交流の核となることが期待される地区などにおいて、歴史や緑を活用した魅力の向上を図る。
このため、公民の多様な空間を活用した都市内の緑の形成、歴史まちづくり法、景観法等による都市景観、歴史資源の保全・活用、市民の活動等ソフト面との連携などによって、歩行空間のネットワークづくりなどを進め、歩きたくなるまちづくりを進める。

(4) 安全、安心なまちづくり
1)ハードとソフトの連携
自然災害が巨大化、多様化している中で、ハードによる対策だけでは長期間を要するおそれがあり、またリスク対策と経済等の負担にはトレードオフの関係があることを踏まえると、ハードのみによる対応には限界がある。一方人口と経済が集積する都市の麻痺が災害被害を拡大させるおそれがあることから、それを防ぐためにもソフト面は重要であり、防災をはじめ、避難、救援、復興の各場面でハードとソフトが連携した対策が重要である。

2)危険の除去
人口や活動が集中する都市においては、震災時、津波、高潮、集中豪雨時に被害が集中する恐れがある空間が存在することから、危険な空間をできるだけ除去する観点からの対策を行う必要がある。地域の特性に応じて①木造密集市街地に対しては、民間による更新を誘導する観点から、避難路など基幹的な防災施設を整備する。②地下街にあっては浸水対策、避難の安全確保を進めるなどの対策を進める。

3)避難、救援、復興の基盤
減災、事前復興の概念も取り入れて、被災しにくいだけでなく、被災しても早期に機能を回復できるように、従来から取り組まれてきた避難路、避難地などに加えて、救援路、救援基地、瓦礫置き場など、救援から復興の場面で機能する都市施設や公共空地などの防災の基盤を整備する。

4)人とコミュニティの力の発揮
都市では、集積している企業など民間の組織を防災力として活用できることから、まず「自助」、次いで「共助」を基本に、人とコミュニティの力を発揮して災害への抵抗力を高めることが重要である。団地や業務地区の単位で、エネルギー、物資などの備蓄や援護組織を準備し、発災後一定期間を持ちこたえる「地域継続計画」の動きが広がっており、的確な情報公開のもとで、「自助」「共助」が力を発揮する基盤となるエネルギーと情報のネットワーク、備蓄や防災活動に活用できる空間等を整備することによって、企業や住民の力を支援する。 

4.10.4 長期的に取り組む方策

(1) コンパクトシティへの行程
市街地密度の希薄化が進んで行く中で、当面は都心や公共交通沿線などの都市機能の拠点形成、居住、生活空間の集積に取り組むことが急がれる。しかしさらに本格的な人口減少時代にあっては、これまでのベビーブーム、医療の発達、少子化等による人口ピラミッドへの顕著な影響が収束し、ある程度定常に向かうと考えられる人口と年齢構成に対して、市街地構造全体として、適切な規模を持ち、生活、安全性が確保された市街地を実現していくことが必要であり、郊外部の土地利用規制の強化など都市構造をコントロールする施策にも取り組まなければならない。その過程では、需要に応じてインフラを供給することが本当に正しいか、土木分野からも問いかけるべきである。

(2) 環境、エネルギー面の技術的な反映
エネルギー、地球環境分野では、短期的には住宅、施設の省エネや道路の混雑緩和など、直接的にエネルギー消費を減少させる施策が有効であり、長期的にはエネルギー消費の少ない都市構造への変革をあわせて行うことが必要になってくる。このため、公共交通を活用したエネルギー消費の少ない交通体系への再生、技術革新による市街地のスマートグリッドの実現、緑、水による都市気候緩和などに取り組んでいく。

(3) 高齢に至っても市民が健康を維持できる生活を送るまちの実現
身体面の健康だけでなく、人々が生きがいを感じ、安心安全で豊かな生活を送れるまちをSmart Wellness City -「健幸都市」と名づけ、その実現をめざす取組みが全国で始まっている。土木技術においても、単に構造物を作るというより、国民の生活を作るという視点に立ち、生活習慣病を減らし、医療費、介護費を適切な水準にコントロールすることに貢献する必要がある。具体的には、交通体系と都市構造の変革により、出かけること、歩くことに魅力があって、住民が自然に健康な生活習慣を身につけるまちづくりに取り組む。


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