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大学における教育のDX化

吉田 秀典
論説委員
香川大学

文部科学省は2021年11月19日、大学等における2021年度(令和3年度)後期の授業の実施方針等に関する調査および学生への支援状況・学生の修学状況等に関する調査結果について公表した。本調査は、各大学等における令和3年度後期の授業の実施方針等を把握することを目的とし、全国の国公私立大学(短期大学を含む)および高等専門学校を調査対象とした。2021年10月7日の調査実施時点で、「全面対面」と答えたのが全体の36.4%、「ほとんど対面」が28.9%、「7割を対面」が17.7%、「半々」が14.5%で、合計すると全体の97.4%が半分以上を対面授業にする方針を決定していた。2021年10月と言えば、2か月前まで猛威を奮い、国全体で1日に2万人を超える感染者を出したデルタ株の脅威が収まりかけた頃であるが、この意思決定をしたのはもう少し前であったことを考えると、各大学は、苦悩の末、下した決断であったと思われる。

出典:文部科学省 令和3年度後期の大学等における授業の実施方針等について

これよりおよそ1年前、小中高において対面授業が再開されても遠隔講義を継続した大学に対して、「授業で学生が集中するというが教室を分散すればいいだけ」、「電車やバスを使って広域から通学しているのは私立中高生だって同じ」「大学が対面授業を再開しないのは『自粛』ではなく『萎縮』」などと揶揄されることもしばしばだった。私が思うに、この頃、多くの大学は、遠隔講義の功罪を精査し、アフターコロナあるいはウィズコロナへ移行した際に遠隔講義をどう位置付けていくかを考えていた時期でもあったのではないだろうか。それを経ずに、「はい、遠隔はそろそろ止めて、早々に対面に戻そうね」というのは、むしろ、学問の府としていかがなものかと思う次第である。

読者の多くはご存知のことと思うが、国はリカレント教育の推進に舵を切り、その普及の切札は遠隔講義であると考える。筆者が所属する香川大学では、コロナ前から、大学院地域マネジメント研究科や、徳島大学と共同開設する「四国防災・危機管理プログラム」において、バラエティに富んだリカレント教育を展開し、徳島大学との共同開設プログラムでは、徳島大学や愛媛大学と結ぶためにテレビ会議システムを利用したオンライン講義も提供していた。しかしながら、前述の通り、国はリカレント教育の推進に舵を切ったことから、多くの大学でリカレント教育プログラムが立ち上がり、学生の取り合いになる可能性もある。そんな中、多くの学生を確保するには、質の高い遠隔講義の提供がキーとなろう。前述の「遠隔講義の功罪の精査」の結果、筆者が所属する香川大学でも教育のDX(デジタルトランスフォーメーション)化が実践され、遠隔講義はもとより、紙で提供されていた配布資料等がクラウド上にデジタルファイルとして置かれてかさばることなく手元のPC等に保存され、また、対面講義の録画はストリーミングサイトに置かれて復習用に再度の視聴を可能としている。聞き漏らした、メモし忘れたことも、後からしっかりとフォローできるわけである。これらは学生向けのサービスであるが、教員としても、アンケートフォームを利用して小テスト/確認試験を実施し、しかも、サイト側ではデジタル化された答案を自動採点もしてくれる。何かと忙しくなりつつある教員にとっては、嬉しい「教育の効率化」である。

また、教育のDX化は、新しい教育方法すらも可能としてくれる。その良い例が「反転授業」である。反転授業とは、学生が新たな学習内容を前もってオンデマンド視聴で予習し、本来の講義時間帯には最小限の講義提供に留め、逆に、従来であれば宿題とされていた課題等について、教員が個々の学生に合わせた指導を与える、あるいは学生同士が協働しながら取り組むアクティブラーニング型の講義である。これによって、より理解が深まり、さらにコミュニケーション能力の上達にも繋がる。

コロナ禍において、多くの学生が苦難に直面したが、他方で、大学には新しい風が吹いて教育のDX化が進んだことも事実である。恐らく、建設界においても類似した事例は少なくないと考えるが、人が新しいこと、イノベーティブなことを産むには、それなりの苦しみが伴うことも少なくない。それを超えたところに、これまでは見なかった風景が広がっていた・・・という所ではないだろうか。

土木学会 第176回 論説・オピニオン(2022年1月版)



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