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カーボンニュートラル社会の実現に向けたコンクリート工学の挑戦

石田哲也
論説委員
東京大学大学院工学系研究科


カーボンニュートラル社会の実現に向け、世界中でCO2削減に向けた動きが活発だ。CO2排出量の大きいセメント・コンクリート産業への風当たりも厳しい。水と硬化する性質を持つセメントは、原料の石灰石(炭酸カルシウム)からCO2を離脱させるプロセスにより生まれる。セメント製造の際、原理的にCO2は必ず排出される。

コンクリートの低炭素化を図る従来の定番技術は、セメントの一部を高炉スラグ微粉末やフライアッシュなどの混和材で置換するものであった。ただし、それらの混和材は、他産業の副産物であるため、この種の方法に頼った低炭素化には限界がある。

そこで、カーボンニュートラル社会を実現するために、新たな挑戦が必要である。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界が気候目標を達成するためには、大気中から大量のCO2を除去する必要があるとされている。ここで大きなポテンシャルがあるのが、CO2が安定した鉱物となる「炭素鉱物化」という方法だ。炭素が鉱物化される代表的な元素はカルシウムである。地殻中の元素の存在量は、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウムの順であり、炭素鉱物化に適したカルシウムは5番目の量に過ぎない(全体の3.6%程度)。一方、ポルトランドセメントの組成をみると、カルシウムが半分近くという圧倒的な量を占め、地殻中の元素の組成バランスと大きく異なる。ポルトランドセメントの持つ豊富なカルシウム源を、有望な炭素鉱物化の対象として利用しない手は無い。

一例として、生コン工場で発生する残コンなどの中に含まれるカルシウムの有効利用が考えられる。全国の生コン工場で、カルシウム成分を抽出してCO2と反応させ炭酸カルシウムを作れば、CO2を資源として活用する拠点があちこちに生まれることになる。製造された炭酸カルシウムは、自己充填型コンクリートや高流動コンクリート用の粉体など、様々な活用が期待される。地域分散、地産地消型で、持続可能な炭素循環の一助になるポテンシャルを秘めている。

さらに技術的な挑戦を進めて、構造物として使われている間も、大気中からCO2を積極的に固定するような新しいコンクリートの開発も有望である。コンクリート内部の水酸化カルシウムなどは、大気中のCO2を少しずつ吸収して反応していく。いわゆる炭酸化である。これは、熱力学的に安定な方向に進む反応のため、外部からのエネルギーを必要とせず、CO2の吸収・固定が自然に起こる。

一方で、コンクリートの炭酸化は中性化とも呼ばれ、鋼材腐食をもたらす負の要因として認識されてきた。ただし、近年では、中性化が鋼材位置まで進んだとしても、腐食進行に必要な水や酸素の供給が無ければ、腐食が進みにくいという事実も、実構造物の調査などから報告されている。それらの知見を踏まえ、コンクリート標準示方書では、鋼材位置への水の浸透に着目した新しい照査方法が2017年に導入された。中性化が進行したとしても、水の浸透が無ければ腐食の進行は極めて限定的であるという、実際のメカニズムに即した照査法である。最新の研究でも、かぶりの厚さと品質が十分に確保され、水の供給が限定的であれば、顕著な腐食が起こらないことが明らかになりつつある。

このように、鋼材腐食が起こらない手を打てば、コンクリートの炭酸化は、カーボンニュートラル社会の実現に対して大きく貢献する。コンクリートそのものは、炭酸化によって空隙が減少し、強度や安定性も増す。長期的には、セメント製造の際に放出したCO2のかなりの部分を吸収する。なお、炭酸化を速めるためには、大気中のCO2がコンクリート内部まで速やかに浸透するよう、セメント硬化体の空隙を増やすために、必要にして十分な強度を確保したうえで水セメント比を極力上げる、すなわち単位セメント量を少なくする必要がある。これまでの耐久設計とは逆の発想である。水セメント比の上昇による材料分離を抑えるためには、前述した炭酸カルシウム微粉などを混和すればよい。炭素鉱物化された粉体の有効利用にもつながり、炭素固定の観点から一石二鳥である。

二千年の時を超えて現在にその姿を伝えるローマンコンクリートは、炭酸化を積極的に活用した建設材料であった。

それをヒントとしながら、現代の最新技術を活用して、大気中のCO2を吸収固定するという新たな役割を果たしつつ、自らを安定した元の姿に変えていく新しいコンクリートの開発が望まれる。発想の転換が求められる時代が来ている。

土木学会 第193回論説・オピニオン(2023年6月)


コンクリートライブラリー131号
古代ローマコンクリート
ソンマ・ヴェスヴィアーナ遺跡から発掘されたコンクリートの調査と分析

※2023/6/27更新
stand.fmのAIテキスト読み上げ機能による音声を追加しました。


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