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モネたちの復興

羽藤 英二
論説委員
東京大学 教授

東京五輪が2021年8月に開催された。復興五輪が謳われていたが、現実にはCOVID-19の蔓延とともに、ただでさえ困難な東京開催の軌道修正が何度も繰り返された結果、東北のいくつかの会場での大会が開催されたに留まり、祝祭によって復興10年を迎えることが出来たとは言い難く、分断をむしろ強めた大会と言えなくもない。「格差をなくすために土木はある」は東京大学名誉教授の中村英夫先生の言葉だが、改めてこの言葉の意味を考えさせられる。

東北復興は、過去の災害復興と比して規模が大きいという点で異なる一方で、人口減少だけに目を向けてみても、岩手、宮城、福島で、その動きは異質といっていい。岩手では、復興初期の人口流出に対して、復興後期にはその減少率は落ち着いている。一方宮城県では、災害直後に故郷を後にした人も多いが、未だ周辺の大都市に向けて流出が続いている。たとえば女川町では低平地の商業地が復興しているにもかかわらず、被災前から43%の人口が減少した。福島では、復興後期になって流出人口が急増しており、帰還困難区域が解除されても、9割以上の人は戻らないという町も多い。なぜか。少なくとも物理的に復興が進んでいるにもかかわらず、元々の地理的な都市の配置に起因する人口の長期的な流動パターンが、マルコフ過程(次に起こる事象の確率が、現在の状態によって決まることを繰り返す確率過程)によって加速していることがその理由の一つとしてあげられよう。

現実の町では何が起きていたか。総額32兆円の費用が、所得税の額を25年間にわたって2.1%上乗せし復興財源とされ、被災地では、こうした財源を元に復興計画が進められることとなった。地理的な条件から、低平地以外に自宅再建のためのまとまった土地を持たない自治体では、復興道路や防潮堤の整備が強く求められた。鉄道整備や道路整備が低平地に繰り返された結果として発展してきた過去の市街地イメージが強かったことも関係していたのだろう。自治体と言っても、現実には旧村・旧町が合併してできているから、旧村・旧町の成り立ちを超えるような新たな地域像を描くことは容易ではない。結果として旧市街の嵩上げと高台市街地の復興計画が進行したが、一方で故郷を離れて、まちのみなし仮設住宅に移り住み、そのまま地力再建の道を選んだ人もかなりの数に及んだ。バラバラに動く人たちによる「計画なき復興」の進行によって、初期にたてられた都市計画は見直しを余儀なくされていた。しかし、規模の大きな計画ほどその見直しは難しい。

何が求められていた(る)か。帰還には正の外部性が存在する(外部性とは、ある経済主体の意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼすことをいう)。グループ補助金の存在をご存知だろうか。フィジカルな復興は土木の真骨頂だが、復興する地域に職がなければ、人は出て行く。その地域に住み続けるためには職がなければならない。復興のための事業計画をみんなで共同で提出し、これが認められると、生産設備の復旧にかかる費用の4分の3の補助金が東日本大震災復興では設けられた。慣れ親しんだ人たちが集団で何かに取り組むことには正の外部性が存在する。それを被災地で支援することによって地域にふたたび生業なりわい自然じねんさせようとしたのだ。地域で競争的な形態をとっていた企業がバラバラに再建するのではなく、協力の形態をとることで、以前よりも高い売り上げによって雇用が確保され、人々が地域に定着しようとする試みが生まれていたことは特筆に値しよう。

おかえりモネ」というドラマでは、発災から10年の東北と東京が描かれていた。主人公は、発災時に故郷の気仙沼の地元にいなかったことを責められているように感じて、追われるように故郷を後にする。生まれ育った地元に自分が何が出来るのか、東北の登米で職を見つけ悩みながら気象予報士の資格を取り、東京に転職する。働きながら、故郷の仲間のことを思い、自分に何が出来るか、ふたたびふるさとに戻って、格闘する若者たちの物語だ。

ドラマの中では、主人公の母親が、自分たちが住む島に橋がかかったことで、何か新しいことをしてみようと思ってと、と主人公のモネに話しかけるシーンがあった。土木には、しんどい思いをしてきた人を励ます力があること実感したシーンだった。しかし、一方でモネで描かれていたのは、東北と東京で、つながり続ける若者たちの姿だ。これからの復興では、モネたちのように離れていてもつながり続ける動的な人口流動を想定して行われるべきだ。そして、物理的空間の復興を基本としながらも、地域に集まり活動することで生まれる正の外部性を見出し、それを互いに作用させるための復興が求められているのではないだろうか。もう一度10年間、東北で出来ることを微力ながら続けていきたい。

#土木学会 #論説・オピニオン #東北復興 #復興の10年 #正の外部性 #おかえりモネ #COMEMO

土木学会 第174回 論説・オピニオン(2021年11月版)


本記事の見出し画像は大日本コンサルタント株式会社様よりご提供を頂きました。


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/