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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.8 食糧

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.8 食糧

4.8.1 目標

(1) 食糧自給率の向上
環境変化、地球規模の人口増加とその複合作用によって食料不足となることが懸念されている。グローバリゼーションと新自由主義経済による国際分業や相互依存が強くなる中で、食料資源の確保、資源の分配の均衡が保たれること、再生可能な資源化することが重要であり、持続可能な社会形成のために食糧自給率の向上のための行動プランが整理されなければならない。
そこで、国の支えとなる土木と農林漁業が協同し相互補完することが必要となる。また、郊外での大規模化農業の開発・展開だけでなく、都市近郊農業や農業を核とした都市・地域開発を進めることで、農業と人の住む都市との物理的・時間的・心理的距離を縮めることで、農業を都市・地域の重要な産業とする取り組みが不可欠となる。さらに、漁業においても、6 次産業化・成長産業化、流通効率化、養殖経営を利活用した共同化や協業化、地震や津波に対する安全性の向上など、漁業を産地の産業とした地域づくりを行うことで、近代的・資源管理型で魅力的な水産業、漁村を構築することが重要となる。
以上のことから、土木と農業・漁業に関わる産官学民が多角的に連携し、「自給できる都市・地域の実現」を目標とする。

(2) 国土保全及び癒しの空間形成
人間的生活の場の形成等は、それぞれの地域において、調和的・統合的に実現していくことが重要である。これらと深く絡んだ農業・森林の多面的機能の問題を直視し、農林業・森林の適正な配置の構想と、物・人・情報の交流政策が望まれる。また、漁業においても、沿岸域の水辺環境は、農林業域と同様に多面的機能を有している。
以上のことから、農業・漁業の持つ多面的機能を十分に利活用した「農業・漁業を利活用した国土保全及び癒しの空間形成の実現」を目標とする。

4.8.2 現状認識

①世界の中でもまれな、我が国の低い食料自給率
日本の農業は、食料自給率(カロリーベース)が40% という、世界的にもまれな状況となっている。さらに、農林村は衰弱し、農林地管理が滞り、従来からの食料資源の確保が難しい。漁業においても、200 海里水域がほぼ国際的に定着した現在、沿岸国による外国漁船の入漁条件は年々厳しさをましており、我が国の漁業を取り巻く環境は厳しく、自給率は低下している。

②食料源の不足
気候変動・異常気象の頻発、世界人口の増加、新興国の経済発展による食生活の変化、食料のバイオエネルギー生産の転換によって食料源不足が発生している。日本では、耕作放棄地と遊休農地の増加、農業従業者の減少と高齢化や地域格差がもたらす安定供給力の減少によって食料源不足を加速している。漁業においても、高い燃料価格、従業者の高齢化や後継者不足などが漁村の衰退を招いており、生産性の低下が自給率低下に拍車をかけている。さらに、東日本大震災による漁村被害の影響は追い打ちをかけている。

③食料資源の再利用資源から再生不可能資源への特質変化
利用可能な農地の減少や農地の荒廃、土砂の流失や土地の物性の変化、高齢化社会と地域格差がもたらす耕作放棄・非有効利用による安定供給源の原動力の低下などから、食料資源の特質自体が、再利用資源から再生不可能資源へと変化している。

④日本の地形の特質と工業化・都市化による農業の多面的機能低下
農業には、1) 持続的食料供給が国民に与える将来に対する安心、2) 農業的土地利用が物質循環系を補完することによる環境への貢献(洪水防止、土砂崩壊防止、土壌侵食(流出)防止、河川流況の安定、地下水涵養、水質浄化、大気調節、生物多様性保全、みどり空間の提供、人工的自然景観の形成等)、3) 生産・生活空間の一体性と地域社会の形成・維持(地域社会の振興、伝統文化の保存、都市的緊張の緩和としてのやすらぎ、体験学習や教育の場の形成等)といった多面的機能が期待されている。
しかし、戦後の一層の工業化・都市化によって、流域の社会・経済圏は衰弱し、一部の沿岸域の社会・経済圏が隆盛となる現象が加速し、農業の多面的機能は低下した。

⑤農業がもつ国土保全及び癒しの機能の定量的評価における未解明要因
農業の多面的機能の貨幣評価は、「農業が物質循環系を形成している」ことにより発現する機能に関しては、その多くが物理的あるいは化学的なメカニズムの解明が可能で、定性的にはもとより、定量的な評価も進んでいるとされている。しかしながら、「農業が二次的な自然を形成・維持している」場合のように、生物多様性や土地空間の保全にかかわる機能に関しては、いまだその発現メカニズムにも諸説あり、定量的な評価法が定まらない機能が多い。さらに、地域社会の生活あるいは文化などとの関係においては、関与の動態は認知されるものの、そのメカニズムの説明や数量的評価は、直接的にはきわめて困難な部分が多い。 

4.8.3 直ちに取り組む方策

(1) 食糧自給率の向上
①都市・農村の再定義とそれに基づく地域計画の策定
食料生産の中核を担う農業には国土を保全し、地域のくらしを豊かにするとともに、農村には都市空間とは異なる癒しの空間を形成する役割も果たしてきた。しかし、農業生産地と大きな消費地である都市が物理的にも機能的にも乖離してしまったことも相まって、農業の産業としての継続性が困難になるなど、様々な問題が噴出している。また、農業に関わる持続可能な活動を行うには、必ずしもマーケットに任せた方法でなく、産官学民が連携した、戦略的な施策が必要と考えられる。そのために、国土を形成する、都市、農村などについて、その定義や役割を再認識・再定義し、都市・地域計画の策定を行う。

②先進事例の分析
食料問題を、資源問題として捉え、他のエネルギー資源との関係、国際社会の中でのあり方、土地・人・経営・地域政策、などの複合課題としての視点で調査する。それをもとに、食料資源問題に潜む負のスパイラル現象を断ち切り、持続可能な社会のために必要となる行動プランを策定する。この問題に対応するに当たり、過去の様々な提案、その実施およびその効果などについて、冷静に分析・評価が十分にされ、公開される必要がある。特に農業に関わる事例は、地域ごとの特性も含まれる、一般化しにくい点もある。失敗例と成功例についての分析と成功例の因子分析をすることで、成功の共通項や地域固有事項などを浮き彫りにし、食糧の安定供給に関する国全体のプランと地域に合った行動プランを作成する。

③土木と農業の相互補完のしくみづくりと実践
農業と建設業は、産業活動の場が即地的であり、かつ全国に分散していること、及び産業を担う人材に求められる技術などに共通点があること等から、今後、農業と建設業が、働き手、技術面及び繁閑時期の面で相互補完をすすめることで、生産力を向上させる。ヨーロッパでは早くからこのような取り組みが進んでいる。その際には、以下のような条件が満たされるように、しくみづくりや教育体制について取り組んでいくことが必要である。
• 農業に地域の建設業のマンパワーや機械オペレーション技能などの人的資源、ツールの相互補完に着目すること。
• 建設業と農家のコミュニケーションを確立し、建設業者が地域貢献・社会貢献をしていることへの充実感を得ることができるようにすること。
• 上記の活動に対して、自治体の支援がなされ、ベタープラクティス集の公開、手厚い相談体制、講習等のバックアップ体制を充実すること。

④都市近郊農業のしくみづくりと実践支援
都市近郊農業の先行事例をみてみると、海外の事例では、キューバ・ハバナの例が参考になる。農業国でありながら、国内食料自給率が約40%、日常用品が途絶する状態にまで至った経験をした。このような中で、エネルギー・環境・食糧・教育・医療と食糧の複合問題を切り抜けるために、「自給する都市」と持続可能社会への転換を進め、世界が注目した先進事例と呼ばれるまでになった。日本においても、都市農業のための都市計画(行政)と農業労働者の意欲増進や雇用増進などで、都市と都市近郊の地域において、地産地消を進め、都市の自給率を上げた事例がある。
上記のような事例などを参考にしながら、人の住む都市の近くに農業を育てるため、都市農業と自給できる都市づくりにおいて適切な行政の関与・指導、自治体、NPO、コミュニティ、住民との活動主体間のパートナーシップの形成について進める。そのために、以下のしくみづくりや教育体制について取り組んでいくことが重要である。
• 自治体、NPO、特別法人JA や農家、住民などの様々な活動主体の立場を明確にするとともに、各々の活動主体の共働作業を積極的かつ適度にコーディネートすることで、地産地消、地域循環、地域らしさの再発見や雇用の創出や農業従事者の労働意欲の増加といった有機的な発展を産みだすこと。
• 国、自治体の適切な指導・関与によって都市農業の研究、実践が行うとともに、ハイテクや大がかりな技術ではなく、都市に見合った適正技術の開発や投入を行うこと。
• 農業だけをターゲットにするのではなく、まちづくり、交通、教育等と連携して取り組むことによって、環境改善や健康問題の解決が都市農業を支えることになる。

⑤農業を核とした地域開発計画の策定
荒れた農地の増加や遊休農地の増加、労働の場としての農業離れや高齢化によって、食料資源の再生可能性の低下への打開策が必要である。このためには、技術的問題だけでなく、地域づくり、社会づくりといった継続的な事業が必要で、農業を地域の主要産業にしながら、持続可能な方法と採ることが不可欠である。
このために、農業の単独の振興計画ではなく、他の地域資源やインフラ整備と関連付けながら地域開発計画の中に位置づけて計画を策定する。
計画の策定や運用にあたっては、活動主体となる産官学民のそれぞれの活躍が、地域・コミュニティを元気づけ、農業を地域の一大産業として盛り上げ、それが再生可能性の向上をもたらすとともに、それが再び地域を元気づけるという正のスパイラル効果をもたらすために以下の点が重要である。
• 対象とする地域に、農業だけでなく、現状を打開したい、住みやすくしたい、良くしたいという思いが醸成されること。
• 農業における農林業生産・森林管理活動による食料生産だけでなく、付随するいわゆる多面的機能、すなわち国土・環境保全、安らぎ空間の提供といった価値を評価したプランと予算配分を行うこと。
• 農業と観光、農業と環境復元など、農業と他の事業とを関連させ、複線化すること。

⑥漁業を核とした地域開発計画の策定
漁業と漁村の再生と地震、津波に対する安全性確保を目指した地域づくり、社会づくりといった継続的な事業によって、漁業を地域の主要産業にしながら、持続可能な方法と採ることが不可欠である。
このために、漁業の単独の振興計画ではなく、他の地域資源やインフラ整備と関連付けながら地域開発計画の中に位置づけて計画を策定する。
計画の策定や運用にあたっては、活動主体となる産官学民のそれぞれの活躍が、地域・コミュニティを元気づけ、漁業を地域の一大産業として盛り上げることで、地域を元気づけるという正のスパイラル効果をもたらすことが重要である。以下に重点課題をまとめる。

1)近代的・資源管理型で魅力的な水産業、漁村を構築するための漁業と漁村の再生
• 生産インフラ、流通インフラ、居住インフラに整理し、それぞれが有機的に働くような地域計画を行う。
• 森の再生と漁業確保などの他の事業と関連させて生産インフラ整備
• 品質管理など安全な水産物の安定的な供給に向けた水産流通インフラ・加工業の取組の支援
• 産地の産業としての水産業の強化の取組や流通拠点漁港づくり

2)  地震、津波に対する安全性確保
• 地震、津波に対する減災機能、岸壁の耐震化や防波堤の強化、避難路の整備
• 災害を想定した食品のサプライチェーン対策や必要飼料・材料の安定供給対策

(2) 国土保全及び癒しの空間形成
①国土保全及び癒しの空間形成
効率的な農林漁業生産、持続的農業と森林や沿岸域の管理を通して、循環型社会の構築、人間的生活の場の形成等が調和的・統合的に実現していくことが重要である。そうした地域の上に、環境の保全と安全・安心で活力のある生活が両立されると考えられる。これらと絡んだ農業・森林・沿岸域の多面的機能の問題を考えたとき、農林漁業・森林の適正な配置の構想と実現、それらに必要な研究・技術支援に取り組む。

②農林漁村を含む河川流域社会・経済圏と沿岸社会・経済圏の再生・活性とそれらの交流インフラ整備
農林業生産・森林管理活動に付随するいわゆる多面的機能、すなわち国土・環境保全、安らぎ空間の提供、食料保障等々に着目し、農山漁村を再生と活性化する方向を探る必要がある。そのためには、以下の方策をとる必要がある。
• 河川流域・沿岸域の社会・経済圏における、協同して適切な自然管理をするために生産・生活・生態環境が有機的に一体化した地縁社会の再生
• 都市化・工業化が進んだ沿岸域の社会・経済圏と高齢化・過疎化が進む河川流域の社会・経済圏のそれぞれの再生、両圏域の物・人・情報の交流と結合を視野に入れた地域計画とそのためのインフラ整備に取り組む。

4.8.4 長期に取り組む方策

(1) 国土の保全とゆたかなくらしの創出のための農業・漁業と土木の連携
食料生産の中核を担う農業・漁業には国土を保全し、地域のくらしを豊かにするとともに、都市空間とは異なる癒しの空間の形成などの役割がある。土木技術者がこのような農業・漁業のあり方という基本に立ち返るとともに、以上のような多角的な価値観を効果的にホリスティックに実現するための、環境整備と技術者の能力を養う必要がある。活動主体となる産官学民のそれぞれ相互の関係や各活動主体内での階層間の役割をコントロールしながら、持続的発展が可能で、自立した国家の形成に土木工学が貢献できるようにする。
そのためには、都市や農村の再定義から始まり、連携の仕組みづくりや実践できる人材の育成が急務となる。

(2) 産業としての農業・漁業の発展に関わる都市・地域づくりへ
産業としての農業・漁業の活性化・発展によって、我が国の食料の安定供給を実現するために土木工学が大きく貢献することが必要であるし、期待される。そのためには、農業・漁業の単独の振興でなく、都市・地域づくりと密接に関連付け、地域・都市計画を行うことが重要である。
そのためには、まず、農業・漁業活動が産業として持続的に発達し、生産力の向上・経済性の向上の方策としての「土木と農業・漁業の相互補完」(土木産業など、特質の異なる他の産業間との助け合い)、農業・漁業を人の住む都市と物理的または心理的に近づけるとともに、都市の自給性向上としての「都市近郊農業」、農業・漁業を地域の一大産業と位置付けるとともに、農地・漁場という生産インフラの回復、農業・漁業の継続のために観光インフラの整備や地域の元気づけ、居住環境の向上など、農業・漁業とその他の地域事業を関連させた農業の持続性を考慮した地域開発「農業・漁業を核とした地域開発」について、検討するとともにそのしくみづくりや支援について取り組む必要がある。


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