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スーパーシティ実現のために土木技術者のあるべき姿

手塚 広明
論説委員
前田建設工業株式会社
執行役員 経営革新本部副本部長

1.スーパーシティとは

改正国家戦略特区法」、いわゆるスーパーシティ法が2020年5月の通常国会で成立した。

政府は自治体を選定し、2030年頃までに一気に実現を目指している。従来の「スマートシティ」は、エネルギー・交通などの個別分野のIoT等で取得したデータ収集・分析による個別分野の効率化から開始し、その分野を徐々に広げていく。一方、「スーパーシティ」は、一気に分野横断的にデータ収集・分析し、様々なサービスを同時提供することで、全体最適を図ることを目指している。自動運転、ドローンによる配送、テレワークやオンライン教育・診療、エネルギー、水、防犯、防災や安全など生活全般を網羅することになる。少子高齢化に伴う地域の多様な社会課題解決のため全国で加速することが期待されている。

2.実現のための課題

最大の課題は、個人データ収集における住民の不信感といわれている。米グーグル傘下の会社が参画し、注目されていたカナダ・トロント市の「スマートシティ」計画では、個人データ運用の是非が問われ頓挫してしまった。

一方、トヨタ自動車が2021年2月着工を発表した裾野市の実験都市は、「スーパーシティ」を目指しており、従業員を中心に当初360人程度から最終的に2000人程度暮らす予定である。このように小規模モデルで試行し、成功体験を積み重ねていくことが重要であろう。

また、推進において自動車メーカーや電機メーカー、IT企業、通信企業、鉄道会社、建設会社など広範囲な企業連携が必須となる。先の個人データの不信感払拭と同時に様々な企業をまとめるリーダーシップが最大の課題であると私は考える。

3.土木技術者がリーダーシップをとるためには

連携企業をとりまとめるリーダーは、デジタルデータを活用し、それを現実のまちづくりに再現し、地域住民のために「理想の未来社会とは何か?」ということを考えて、合意形成することが求められる。安全なインフラの上に成り立つことが大前提であり、インフラ関連企業がリーダーにならなくてはならないと思う。

ただし、現在の日本のインフラ関連企業がリーダーになるために不足する能力は、大きく2つある。まずは、IT/デジタル能力である。日本のインフラ関連企業は、ITをベンダーに一括外注し、ITノウハウを保有していないことが多い。この点は、日本企業のDX化に向けた大きな課題であると経済産業省が発表した「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~(平成30年9月)」で指摘している。日本の多くのITエンジニアは、ユーザー企業よりもベンダー企業に所属しており、ユーザー企業にITノウハウが蓄積しにくい。特にインフラ関連企業では顕著である。

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出典:DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~(サマリー)

次に、リーダーシップをとるためには、確固たる歴史観と大局観をもって、事業を推進し、住民や各企業に信頼および尊敬されることが必須である。これを実現するために必要なのは、哲学、歴史、文化、宗教、倫理などリベラルアーツである。日本は欧米に比べてリベラルアーツ教育を軽視している。欧米に比べグローバルなリーダーがでないことはここにあるといわれている。

4.土木技術者のあり方を先人に学ぶ

スティーブ・ジョブスは「革新的製品はテクノロジーとリベラルアーツの交差点で生まれる」という言葉を残している。現在、世界中の生活に革命を起こしているiPhoneやiPadが生まれた源泉はここにある。スーパーシティ実現にも、テクノロジー+リベラルアーツをもったリーダーが必須である。また、日本のインフラ近代化に多大な貢献をした廣井勇は、札幌農学校時代にクラークよりリベラルアーツ教育を学び、書斎に哲学書、文学書、宗教、経済、歴史といった全集が並んでいたそうである。『若し工学が唯に人生を繁雑にするのみのものならば、何の意味もない。工学によって数日を要するところを数時間の距離に短縮し、一日の労役を一時間にとどめ、人をして静かに人生を思惟せしめ、反省せしめ、神に帰る余裕を与えないものならば、われらの工学は全く意味を見出すことはできない。』と言葉を残し、土木工学の目指すものは「人間の幸福をめぐる哲学的な問い」であるとしている。土木技術者には、このようにリベラルアーツに基づいた人間の幸福へ貢献するDNAが連綿と受け継がれている。我々は、リベラルアーツやITを学び、スーパーシティ実現のためリーダーにならなければならない。

土木学会 第163回 論説・オピニオン(2020年12月版)

#土木学会 #論説・オピニオン #スーパーシティ #リベラルアーツ

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