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流域治水に内包される「不利益配分問題」に土木の総合力を

藤田光一
論説委員
公益財団法人 河川財団 河川総合研究所 所長

 近年、治水インフラの能力を超える豪雨が頻発し、気候変動影響がこの傾向を強めるとの懸念も増している。治水目標達成に向けインフラ整備を引き続き進めること、治水安全度(氾濫生起の可能性が抑えられる度合い)が気候変動影響により後退する局面に備え、それを加速・充実させていくことはもちろん、河川からの氾濫による被害が深刻にならないよう、「被害をマネジメントする」方策を合わせて拡充する必要性が高まっている。

 おりしも国土交通省社会資本整備審議会において、本年7月、河川流域のあらゆる関係者が協働して流域全体で行う治水対策に転換するという「流域治水」が打ち出された。その答申は、①氾濫をできるだけ防ぐ対策、②被害対象を減少させるための対策、 ③被害の軽減・早期復旧・復興のための対策を、ハード・ソフト一体で多層的に進める、と謳っている。これはまさに、防御レベルの向上と、なお起こる氾濫が地域に与える打撃の軽減を一体的に追求するものだ。

 筆者は、防御レベル向上と対になる「被害をマネジメントする」方策には“不利益配分問題”があり、それをどう解くかが重要と考えている。

 防御レベル向上のための治水インフラ整備では、水系の治水安全度が目標に向かい全体として上昇するという利益増加が基調だ。そのバックボーンは、全国的また水系内のバランスを考慮しつつ、国民が所定の治水安全度をあまねく享受できるようにとの国の基本政策である。整備には長時間かかり事業に優先順位をつけざるを得ず、利益増加速度が場所によって異なってくる。しかし、これはあくまで「増加利益の配分」という局面だ。

 これに対し被害軽減マネジメントは、河川氾濫、いわば“害をもたらす余計な水”を、被害が酷くならないよう巧く受け流す方策である。津波氾濫と違って、ある所に多くの水が行けば他の場所に行く水は減る。いきおい、上記マネジメントの柱の1つが、「被害が小さくなる所に氾濫水が行くようにする方策」になる。上記答申にも、二線堤の整備などによる浸水範囲の限定・氾濫水の制御、土地利用と一体となった遊水機能向上がある。ここに、不利益(氾濫水流入)の空間的配分という、流域内の利害対立をはらむ問題が表れる。たとえば二線堤は一部に浸水深が増える場所をつくる。

 このような施策を、河川管理者が治水インフラ整備と同じやり方で主導するのは難しい。なぜなら、全体被害軽減という“合理性”だけでは、不利益配分の正統性は確保できないからだ。河川管理者が、正規の遊水池等の位置づけなしに、氾濫が行きやすい場所を意図的につくることは、前述のやむなき整備進捗の場所的違いとは本質的に異なる。似たように見える総合治水対策の場合、急激な都市化という明白な水害激化要因があり、その抑制は公共の利益に適うとのコンセンサスが基盤にあったと言えまいか。一方、この不利益配分を実行するには、上記答申が検討すべきとする「水災害リスクをどう分担するか調整する総合的なマネジメント手法」を通じ、一から合意形成を図る必要がある。この道筋なしに全体被害の最小化方策を技術面で示しても画餅に帰す。実践の鍵はこの点にある。

 ここに総合工学たる土木の力、技術を新たな政策遂行に橋渡しする構想力を示したい。 

 このマネジメントでは、流域を構成する各地域が当事者として“希望に向けた不利益配分”を主体的に行っていくことになる。そこでは、リスクと全体最適化策への理解だけでなく、守るべき大切なものを見極める力、地域間で感謝しあう相互尊重、運命共同体としての流域連帯意識が基盤になって、全体被害軽減とそのために生じる不利益の打消しの両方が流域ぐるみで様々に追求される。このために河川管理者は、防御レベルの向上に加えて新次元の役割を担う。

 そして、その実践には新たな知の力が求められる。それに応えるため、河川工学を含め土木における各分野の力をつなぎ、さらにはそれらから踏み出し、地域本位の実践的施策フレームをもって新たなパラダイムを打ち出すことは、挑戦の価値があるターゲットだ。

 そうした取り組みの上に、被害軽減マネジメントのリアルな限界線が見えてきたなら、それは、防御レベル向上策との組み合わせ方を掘り下げる重要な契機ともなる。

土木学会 第159回 論説・オピニオン(2020年8月版)


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