東大文系という何とも微妙な学歴

近年、東大法学部の凋落が話題に上がることが多い。文一が文二に逆転されたとか、果てには文三にも抜かれてしまったという話まで聞く。実際には、そこまで凋落していないという意見もあり筆者もこちらの肩を持ちたいと思う。実際の入試問題を見てみても、難易度は変化していない中で、合格最低点も殆ど変化していないので、昔より文二、文三との格差が縮小したに過ぎないのだと思う。
共通テストの平均点を見ても依然として旧帝医学部と比肩するレベルであったので、相変わらず難関であるのは間違いない。

しかしである。筆者は社会人になってから、東大文系卒はその難易度に比して実態面はなんとも言い難い微妙な学歴だと感じるようになった。これは昔から文系学部卒が抱える弱点に加えて、近年の社会情勢の変化も影響していると思う。
官僚の地位低下が東大法学部の凋落の要因と言われているが、実際には単一要因に留まらない複数の要因が絡み合った事象であると考えているのでその点に関しても深堀してみたい。
ちなみに最初に東大法学部が凋落したと書いたが、じゃあ東大経済や東大教養更には東大文学部であればいいのか?と言われたらそれは全く違うと思う。
東大法学部の地位低下は同時に他の文系学部の地位低下も意味していると思う。
今回は筆者が東大文系がオワコン化しつつある要因に関して筆者なりの考察を加えていく。

1.     東大の文系学生はそこまで勉強していない。大学時代に実務的なスキルは何も身に着けていない

これは筆者が学生時代に感じていたことである。法学部の事情はそこまで分からないので経済学部で考えてみたい。経済学部では2年から3年の進学時に学科を選択する。学科選択では、経済学科、経営学科、金融学科の中から選択することになる。
経済学科では、伝統的なマクロ経済やミクロ経済とそれに派生する学問を選ぶ。経営学科では、組織論やマーケテイング等の経営に関する学問を、金融学科は、ファイナンスや財務会計、リスク管理、金融工学等を学ぶ。
元々数学が得意であったことと一番実務的な内容を学べるということで金融学科以外は考えなかった。正直この中なら金融学科以外逆に選択肢に挙がるか?くらいに考えていた。

しかし蓋を開いてみると文二から経済学部に進学した学生の大半は経済学科と経営学科を選択していた。他人の選択を批判するつもりはないし、所詮筆者も学部卒なので実務に耐えうる内容を学ぶことが出来たか?と言われると微妙なのだが、経営とかマーケテイングって大学でわざわざ学ぶものなのか?と思っていた。
マクロ経済も日銀の金融政策等は今でもかなり業務で用いているので役立っているが、IS‐LM分析とか使ったことは一度もない。ミクロ経済にしてもそうで、あまりにも理論が現実離れしているので、これまた実務で用いるものではない。
正直、実務的か否かという点では、金融学科の学問が一番役立つと思う。
ちなみに金融学科に進学しているのは多くは、文二生ではなく理一や理二から経済学部に進学振り分けを経て文転してきた学生であった。

色んな友人に聞いて分かったのは、経済学科や経営学科に進学したのは、「何となく」や「大してやりたいことがない」という消極的な理由が太宗を占めているということだ。ちなみにゼミ選択では、マーケテイングや経営系のゼミが一番人気であった。更にはマクロ経済、国際金融なども人気が高かった。一方で金融工学や統計学、プログラミングのゼミは本当に人気がなく、書類一枚出せば全員参加できるといった状況であった。

社会に出たとき、どちらの学問の方が役立つかは火を見るより明らかなのであるが、東大生であってもそこらへんはミーハーな選択肢をとりがちなのかもしれない。コネや人脈といったテクニカルな要因も影響しているのかもしれない。
普段の勉強に関しては正直テスト前のみしているものが大半であったので、折角東大の経済学部にまで来たのに何となく勿体ないと感じてしまった次第である。ちなみに彼らの多くは、現在は超一流日系企業で文系総合職として活躍しているので文系総合職に必要なのは学歴であり、実務的なスキルではないことがよく分かる。実は表面的な学歴が必要なのは理系よりも文系の方なのかもしれない。
一方で最近は文系総合職も雲行きが怪しくなってきているので、そちらに関して次章以降で考えていきたい。

2.     就活における理系優遇とその流れの加速

これは筆者が就活を行っているときから明確であった。金融業界の就活を例にして恐縮であるが、当時から理系は部門別採用でかなり優遇されていた。投資銀行業務、マーケット業務、アクチュアリー、アセットマネジメント、リスク管理、どれをとっても理系が優遇されていた。業務上で高い数理的な素養を要求されるアクチュアリーやリスク管理で理系が優遇されるのは理解できるのだが、数理的な素養がそこまで要求されない(=四則演算で事足る)投資銀行業務でも理系の学生は優遇されていた。イメージとしては、一橋の経済学部と名古屋大学の理系院卒の二人がいれば、後者の方が需要がある世界である。
東大経済はそれでも優遇されているが、イメージとしては東工大の理系院卒と同じかやや劣後する可能性もある。東大理系院卒には確実に劣後する。
更に近年では、この流れは強まっている。時代の潮流としてはAIやデータ分析等の理数系の素養が要求される職種において部門別採用の流れが強まっているからだ。

メガバンクが代表的な例として挙げられる。筆者が就活していた時代ではメガバンクは大量採用で、多くの文系学部卒を採用しては全国各地の支店に送り込んでソルジャー扱いしていたが、近年では支店の削減が進んでいる中で文系総合職の採用は激減し、代わりにデータ分析やシステム部門において部門別採用を増加させるとともに中途採用を増やしている。ソルジャーはソルジャーの地位すらも維持できなくなりつつある。
ちなみに英語が出来る慶応の帰国子女には一定程度の需要がある。東大卒は基本的に英語が得意ではあるのだが、留学経験者や帰国子女にはどうしても劣後してしまう。
東大文系卒は全ての領域において一定のパフォーマンスを出すことが出来るが、実は全部中途半端で、実務的なスキルは有していないのが現状である。

3.     日系大企業文系総合職の旨味の低下

今でも日本では転職はマイナスになることが多い。新卒で入った会社で色んな部署を経験しながら定年まで勤めあげるというのが良いという価値観が伝統的に残っている。
それでも最近では少しずつジョブ型が広がりつつあり、転職も一般的になってきた。
それでも文系総合職という職種というか身分は今でも残っているのだが、このキャリアは多くの弱点を抱えている。以下が筆者が文系総合職が有している弱点だと考える。
①    転職が困難で、会社に依存せざるを得ないキャリアになる
→目に見えるハードスキルが無いため、転職は難しいかもしれない。一社に残るのであれば、管理職を目指す文系総合職は一番出世しやすいとも言えるが、いつ梯子を外されるか分からない恐怖がある
②    文系総合職は企画業務がメインで激務になりがち
→文系総合職のメイン業務は企画業務であり、これは関係部署をまとめて折衝することが多い。そのため激務になりやすい。中間管理職は更に激務で、多忙を極めることが多い。
③    共働きに対する脆弱性が高い
これが一番のネックかもしれない。近年では女性の社会進出に伴い、共働きが一般的になった。税制面やリスク回避、世帯年収の増加などの様々なメリットがあるので共働きは有利なのだが、文系総合職は共働きに対する脆弱性を有する。共働きを維持するためには、複数の要素が必要なのだが、そのな中には、激務でないこと、原則転勤がないこと、働き方の柔軟性が含まれると考えられる。文系総合職はいずれの前提も満たしにくい。そもそも会社に依存することが多くなるので、転勤の辞令があっても断りにくいかもしれない。転職が可能であるならば、転勤の辞令があった際にすぐに辞めて転職するという選択肢も取れるし、転職をちらつかせて転勤を回避することも可能かもしれない。また子供がいる場合は、激務である場合は共働きの場合は家庭がままならない。
この点、上記で述べたように文系総合職は共働きの維持という観点で非常に脆弱性が高い。転勤を受け入れてきて部長に昇進できたとしても、その過程で配偶者は仕事を辞めている可能性が高いので、隣の便利屋に世帯年収で負けている可能性が高いのである。
また海外勤務の旨味も低下してしまった。近年では海外と日本の物価格差が開きすぎたことで、コストのかかる海外駐在員を減らしている日系企業が多いと聞く。今までは、海外駐在員と言えば勝ち組の代名詞であったが、近年では回避する若手が増加してしまったのも無理はない気がする。
要するに文系総合職は、昭和型のライフスタイルであり、現代の社会の潮流と合っていないのだ。

4.     業務の高度化に伴い、理系が重宝されるように

これは筆者が日々感じていることだが、近年の業務は高度化が進みすぎて文系的なスキルでは価値を発揮できにくくなりつつあると感じる。
エクセルを用いては何時間もかかってしまうような集計業務をPythonを用いれば短時間で解決することが多いし、そもそもエクセルでは出来ない機械学習のモデル構築をPythonではモジュール一本の導入で可能である。議事録の作成や文書作成等は既にAIで一定程度代替可能なので、今後はこういったテクノロジーをどの程度使いこなせるかの重要度が増すと考えられる。

5.     ジョブ型雇用の進展

文系総合職の地位低下に反して最近高まりつつあるのは、ジョブ型雇用の進展である。日系大手はどこもかしこも中途採用を拡大している。たった5年前までは、プロパー主義が強かったような企業でもだ。特に業界最大手はどこもかしこもプロパー主義しいては東大・慶応主義だったのだが、近年の情勢の変化を受けて、方針転換を余儀なくされている。
筆者は自分自身が転職経験者であるし、これまで多くの中途採用者と会ってきたのだが、彼らに共通しているのは圧倒的に理系特に理系院卒が多いということだ。次点が英語が出来るグローバル型の人材だ。

意外と東大文系、京大文系等はみない。理系院卒やグローバル型人材は学歴のブランド力という面では東大文系や京大文系には敵わないのかもしれないが、最初から専門部署に配属されるケースが多いので、何かしらの明確なハードスキルを有していることが多い。東大文系や京大文系はその学歴の性質上、企画職などに配属されてしまうので行先はコンサルなどになりがちである。彼らがハードスキルを身に着けようと思った場合には、コンサルで頑張る必要があるということだ。
筆者はこれまで何度も安易な転職やそもそも転職回数を重ねてしまうことがネックになると警鐘してきたが、彼らのような明確なハードスキルを有する場合はその限りでない場合も多い。特に昨今盛り上がっているAIや機械学習などのIT系のスキルを有する人材は特別枠で入っていることも多いので。
グローバル潮流の波を受けて今後は更にジョブ型採用が加速していく可能性が高い。
その際に東大文系という学歴が今後どう評価されるかは気になるところである。

他にも、そもそも学部卒という学歴はグローバルで見たら低学歴で、日本特有のものであり、世界の潮流から見たら遅れている。今後はこの流れに日本も飲み込まれていくと考えられ、その時に文系学部卒は生き残れるのかという問題も出てくると思う。
ちなみに理系であっても全ての学部が強いわけではなく、農学部等は今後生き残りが難しくなると思う。とにかく手に職系の医療系学科(医学部、薬学部等)や数理的な素養が身に着く工学部や理学部の地位が今後はますます強くなっていくと思う。
そもそも今までのように大学でさして勉強せず、実務的なスキルを何も持たない文系学部卒が一流企業に入れてしかも理系よりも出世出来ていたあり方がおかしかったのかもしれない。
金融専門職でも投資銀行部門やアセットマネジメントには普通に文系学部卒がいるが、グローバルで見たら文系学部卒は恐らく新卒でここに入ることも叶わないと思う。
 
今後は、東大文系よりも地方旧帝の理系院卒の方が良いキャリアを送れる可能性があるし、もう既にそのような時代が訪れているのかもしれない。