研究の心得2

研究の心得2 重要で難しいテーマ決め

『人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者になれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。』
寺田寅彦 「科学者とあたま」より

あなたは自由研究や課題探究をするとき、どうやって研究テーマを選んでいるでしょうか。研究で、もっとも重要で、もっとも難しいことは「解決すべき課題」、つまりテーマを決めることです。

大学生や大学院生でも難しい研究テーマ決め

 たとえば、私の場合で言えば、研究テーマを決めることは、研究にかける労力の半分以上を使ってます。逆の言い方をすれば、研究テーマが決まれば、研究は半分終わったと言うこともできます。もちろん、思ってもいなかったことが起こることはままありますので、テーマが決まった後に、なにも考えないわけではありませんが、テーマを決めるのはそれほど大変なことです。

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テーマを決めるのは簡単ではない

 そう。科学者にとってもテーマを決めることはカンタンではありません。理系研究室の大学生・大学院生で「自分で研究テーマを決めた」という人はほぼいません。みな、研究者(指導教員)と話し合って、自身の知識・技能・研究に使える時間を考えて、達成できる目標を立てていくのです。大学生や大学院生を指導する研究者は、もっと大変なのは言うまでもありません。

なにをする? なにができる?

 なにをするのかを明確にしなければ、研究に取りかかることができません。たとえば、地球環境を良くするなどの壮大な問題を解決したいとすれば、それは大変すばらしいことです。しかし、具体的に「なに」をするのかがポイントです。それは「いま」できることでなければなりません。

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得意なことを活用しよう

 「難しい」ことが「スゴイ」「すばらしい」訳ではありません。「いま」のできることで、「ほかの誰もが気づいていないこと」こそが「スゴイ」「すばらしい」研究テーマです。

いま難しいことに挑戦するべきか

 難しいことがスゴイとは限らないと言われても、ピンとこないかもしれません。何千万円もするような「スゴイ」機械を使って、そこでしかできないような「難しい」ことをするのが、「すばらしい」研究だと考えるのは不思議ではないと思います。
 しかし、私は、難しいことが短期間で簡単なことになる例を見てきました。現在の難しさを基準にして、「難しい」ことに挑戦しても、実際に研究者としてソレをやるときには、誰でもできることになっているかもしれません。だからこそ、新たなことに挑戦するときには、難易度ではないところで選ぶべきだと思うのです。

 ひとつの例として、分子の構造を決める、単結晶X線構造解析についてお話したいと思います。

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単結晶X線構造解析

 単結晶X線構造解析は、簡単に言うと、結晶にX線(レントゲンで使うアレです)を当てて、分子の構造を調べる方法です。ここでは、健康診断で胸部レントゲンを撮って健康状態を調べるのと、大体同じだと思ってもらえれば問題ありません。私は、新しい分子を作る研究をしていましたので、作った分子がほんとうに設計した通りの形なのかを決める必要がありました。そこで、分子の形を決めることができる、単結晶X線構造解析装置のお世話になるのですが、この扱いがとても難しいのが難点でした。とくに測定したあとのデータの分析が難しく、専門家でなければ分子の形を決めることができませんでした。そのため、当時は「単結晶X線構造解析装置で、分子の形を決めることができれば一人前」だと言われていたのです。

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画面左のボタンを順に押せば測定完了

 ところが、その時代から20年しないうちに、単結晶X線構造解析装置の扱いはとても簡単になりました。(多少の誇張はありますが)ボタンを順番に押すだけで分子の形は決まるようになり、専門家でなくとも分子の構造を決められるようになったのです。いまでは「単結晶X線構造解析の装置の扱いはできて当たり前」になっています。

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かつての自動車は乗るために整備が必要

 もう少し身近な例では、昔の自動車は冬場にエンジンを掛けるときにはチョークレバーを引く、走る場所によってキャブレターセッティングを変えるなど、さまざまな難しさがありました。誰もか簡単に乗れるものではなかったのです。しかし、現在の自動車は乗れるのが当たり前になり、動かないことがおかしいと思われるようになりました。
 科学技術は「難しい」ことを「平易」にする方向に発達していきます。いま難しいことを基準してテーマを選んでも、難しさに振り回されるだけにならないかと思うのです。

理解できなければ意味がない

 「難しさ」を基準にしてテーマを選んでしまうと、内容の難しさに振り回されて、自分が何をやりたかったのかという本質が見えなくなってしまいます。生徒さんの研究発表を聞きに行くと、残念なことにその傾向を感じることがあります。とくに上記のような「難しい」測定装置を使った例では、装置で測ることが目標になってしまい、データが何を意味しているのかが理解できていない場合がよくあります。それは、とても勿体ないことです。

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理解できないと伝わらない

 たとえば、地球環境を良くしたいという壮大なテーマだとしたら、難しい装置や理論を使わずに、自分にできることを基準にして、自分のやりたいことに挑戦するのが重要です。とは言っても、何がしたいのかを明確にするのは、なかなか大変です。研究室の学生さんたちも「自分が何をしたいのか」を明確にするのに、いつも苦労しています。
 そこで、やりたいことを明確にする質問集を作ってみました。これを使って、やりたいことが明確になればと思います。

やりたいこと(目標)を明確にする質問集

 やりたいことをしぼりこむための質問を用意しました。質問について考えて、やりたいことを明確にしましょう。やりたいこと(目標)が明確になれば、「やるべきこと」「できること」も明確になります。

自分について
質問1 「なぜ」それが好きなの?
質問2 それの「どんな」分野が好きなの?
質問3 「どうして」その分野が好きなの?
※もっとも基礎になる部分であり、困難に直面したときに支えてくれる大事な信念です。自分の「信念」と対話しましょう。

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分野について
質問4 その分野が好きになったキッカケは「なに」?
質問5 その分野の「なに」が好きなの?
質問6 自分が,その分野で「いままで」やってきたことはなに?
質問7 その分野の知識や経験などで「他の人に自慢できること」はなに?
※もっとも大事なことは「好き!」という気持ちを高めることです。どうしてその分野が好きなのでしょう。自分の「好き」と対話しましょう。

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研究背景について
質問8 その分野で「一番活発に」研究されていることはなに?
質問9 その分野で「自分と同世代」の人は,どんな研究をしているの?
質問10 自分の同世代の人は「なぜ」その研究をしているの?
※自分と同世代の人は、どんなことに興味があって、なにをしているのでしょう。それは「自分」ができることと関係しているかもしれません。多くの人の「好き」と対話しましょう。

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発表会にはたくさんの仲間がいる

あなたの研究について
質問11 その分野で「あなた」が自分自身でできる研究はなに?
質問12 「どうして」あなたは,その研究をやりたいの?
質問13 自分は,その研究で「なに」を明らかにしたいの?
質問14 「どうすれば」そのナゾは明らかになるの?
※「好き」には理由があり、「やりたいこと」には目標があるはずです。それを明確にすることで、やるべきことが見えてきます。「好き」を明確にしよう

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大村智先生に憧れて役に立つ土壌菌を探したい!

いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育