研究の心得4

研究の心得4 研究をまとめよう

"ある男の牧場では、どうも白馬の方が黒馬よりエサをよけいに喰うと悩んでいます。男は、それに散々頭を痛めているのですが、どうしてだかサッパリ分からず、友達に相談しました。すると、友達は言いました。それは白馬の方が黒馬よりたくさんいるからじゃないか。男は、友達に指摘されるまで、馬の数のちがいを考えていなかったのです。"
リチャード・ファインマン 「科学は不確かだ!」より抜粋改変

あなたは自由研究や課題探究をしたことに満足してしまっていないでしょうか。研究はまとめなければなりません。なぜなら、研究をまとめないと上記の男のように簡単な事実を見のがしてしまうからです。

研究のまとめ方にはルールがある

 誰にでも理解できるように、背景、計画、実行、考察、まとめ,に分けて順序立てて説明しましょう。研究の大変さや何をやったのかをできるだけたくさん伝えたい気持ちはよくわかります。しかし、自分がやってきたことを,はじめから終わりまで説明すると,話があちらに行ったりこちらに行ったりで,他の人には理解が難しくなります。

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読者に伝わらないと意味がない!

 そこで、成果をわかりやすく伝える文章を書く必要があります。幸いにも科学の世界には、わかりやすい文章を書くための技術がありますので、それを学ぶと良いでしょう。この文章作成方法は、理系にかぎらずビジネスの世界では利用できる技術です。たとえば、理科系の作文技術(木下是雄、中公新書)は、理学部の学生はみな読む書籍で、参考になると思います。ただ、文章がやや難解なので、まずは以下のまんが版をおすすめしたいと思います。

 作文技術で、わかりやすい文章を書くことができますが、今回は、もっと基本的な文章の順序立てについて説明したいと思います。

誰もが巨人の肩に乗っている 〜研究の背景〜

 背景は、自分の研究テーマ、つまり、自分が解決しようとするナゾがどうして重要なのかを説明する段階です。自分の研究の重要性を説明するためには、これまでわかっていることと比べる方法が一番です。
 自分の研究が行われるまでに、どのような研究が行われ、これまでに何がわかっているのかと比較して議論することで、自分の研究の重要性が明確になります。背景にどんなことを書くのかは、研究分野によって異なりますが、日本で発表された内容であれば、CiNiiという情報検索サイトで調べることができます。

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CiNiiでダンゴムシの検索結果。いろいろな発表がありますね

 背景が必要な理由はもうひとつあります。あなたがその研究をできるのは、あなたの前に多くの研究者がさまざまに考えて理論や方法をあみ出したからです。そうした先人の努力に敬意を払わなければいけません。アイザック・ニュートンは、次のように述べています。

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If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants. 
 私が人より遠くを見ることができるとしたら、それは巨人の肩の上に乗っていたからです。(出典 Wikipedia)

 巨人とは、積み上げられた膨大な研究成果それを積み重ね続けた先人たちの努力を指しています。もしこれらの成果のうち、いくつかの研究が発表されなかったら、ニュートンはプリンキピアを書くことはできなかったかもしれません。有名無名を問わず、多くの研究者が研究を行い、その成果を研究者全体で共有しているからこそ、新たな発見が生まれるのです。
 誰もが「巨人の肩」に乗っているのです。自分が乗っている巨人の名前、つまり、自分の知識を証明してくれた人は誰なのかを知っておいたほうが良いのは言うまでもありません。

思考の道筋を見せる 〜研究計画〜

 計画は、自分の研究の地図を作る作業です。自分が何を考え、どのような方法で、どうやって研究の課題を解決しようとするのかの道筋を示します。この地図は自分が歩いてきた道を示すというよりは、次におなじ目的地に進む人へのアドバイスと考えるのが良いと思います。

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カーナビのように出発地点、到達地点、そのルートを明確に

 道なき道をさまよっていた過程はある程度はぶいて、後からついて来る人にわかりやすい地図を示すことが重要です。ここで大事なことはスタートとゴールを明確にすることです。自分が、どこから来て、どこに行くのかを明確にしましょう。また、なぜやるのか、どうしてその方法なのかは、とても重要です。

・なぜそれをやるの?

 研究にはいろいろな対象がある中で、なぜその研究を行ったのかが大事です。自分の興味関心はどこにあり、なぜコレでなければならないのかは、研究の出発地点と到達地点を示し、また研究全体を支える信念に繋がりますので、ここが具体的で、明確になっていることはもっとも重要です。

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どれかひとつの扉を選ぶとしたら?

 私の場合で言えば、金属の結晶構造のモデル教材の研究を開始したのは、結晶構造は化学でとても重要なのに、数学もしくは暗記問題だと思われていたからです。

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 化学で扱う原子や分子は目に見えません。しかし、そこにいるのです。それをイメージよって可視化することは化学において重要ですが、それがもっとも理解されていないのが金属の結晶構造ではないかと思ったのです。金属の結晶構造が数学や暗記問題だと思われているのは、原子の集合体としての結晶構造がイメージが具体化されていないことに課題があると感じたので、解決策として手にとってバラバラにしたり、組み立てることで、原子の集合体としての結晶構造を実感する教材を開発しようと考えたのです。

・どうしてその方法なの?

 課題を解決する方法は、いろいろある中で、なぜその方法を行ったのかが大事です。たとえば、たくさんある工具のなかで、なぜドライバーではなくスパナを選んだのか。これが進むための道筋を示します。あなたがとった方法を明確にしましょう。

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たくさんある解決策のなかで、ひとつを選ぶ理由は?

 先程の私の事例で言えば、手にとってバラバラにしたり、組み立てることができることが重要な点でした。おそらく話に聞くだけだと、組み立てるなんて簡単だと思えるでしょうが、実際にやると意外と難しいのです。「できた」と思ったら「あれ?1個余っている?どこだ!?」となる生徒さんはたくさんいました。

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自分で組み立てることで立体的な配置を理解する

 授業で使うには数が必要です。つまり、学校で利用しやすい教材開発のためには、手に入りやすく安価な素材で、できれば自作可能であることが重要です(自作分だけ安くなるので)。これらの条件を満たす方法として、アクリル板とスーパーボールが選ばれたのです。アクリル板はいろいろな厚さを試して対費用効果が一番高い厚さを選び、スーパーボールも単価と大きさの兼ね合いで大きさを決めています。

実行の過程

 実行の過程に書かれた通りに行うことで、誰にでもおなじことができるように書きます。科学には、再現性(いつでも、誰でも、何度でも同じことができる)があることが前提になっていますので、それを満たすように書くことが重要です。

 たとえば学術論文に書かれていることは、誰もが再現することができます(実際に行うためには、知識や経験、そして予算が必要なこともあります)。参考のために、以下に私が書いた学術論文の実験項を抜粋して紹介します。

文書名ejoc_01_252-2

Eur JOC誌に掲載された私の学術論文の実験項

 上記の画像左下からはじまるExperimental Section(実験項)は、書かれた通りに行えば、同じ物質をつくることができます。合成化学の分野では、実験項は末尾にまとめて書く習慣がありますので、Conclusion(まとめ)の後に4ページに渡って、それぞれの作り方と構造を確認するためのデータが記載されています。

 このように情報を共有することで、有名無名を問わず多くの科学者が、新たな提案について独自の探究することができるようになります。ときには、著者が思っても見なかった新しい視点が生まれることもあります。この学術論文で言えば、これまでは左右対称が多かったものを、左右非対称で作り分けることができるようにしたという点が、新たな視点になります。それなりに注目していただけたので、これまでに63報の学術論文で「参考になった」と引用していただいています。

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右下のCitationsが「参考になった」と他の学術論文で引用された数です

 私の研究は、多くの科学者と協働することによって発展していきます。このように科学は情報の共有によって発展してきたので、情報を共有するように書く習慣をつけることが、とても大事です。

考察

 研究において、もっとも重要なポイントです。詳しくは研究の心得3で解説しています。もう一度、簡単に振り返りましょう。

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復習は大事です

・基準を明確にする

 基準を明確にして、基準とくらべて考えましょう。
 うまくいったかどうかはどうやって判断しているのでしょうか。その基準になるのは、何でしょうか。その基準を明確にするのが考察の第一歩です。
 たとえば、体重60 kgの人がいたとして、この人がやせているのか、ふつうなのか、太っているのかはどうやって判断できるでしょうか。

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体重だけで体型はわからない

 そう。この人の体型は体重だけでは判断できません。体型を考えるためには身長などのデータも必要になります。体型について考えるのであれば、身長における平均体重を基準にして考える必要があります。

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体重60 kgのマッチョもいる

・いろいろな角度から考える

  データはいろいろな角度から考えることで、新しい発見が生まれます。
 円に見えるものが、円とはかぎりません。球かもしれませんし、半球、円柱、円錐かもしれません。それは一方向から見ていてはわからないことです。そのため、データについて、いろいろな角度から考えることが必要です。

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平面?凹凸がある?一面的ではわからない

・表やグラフを活用しよう

 表やグラフを活用して、読者とイメージを共有しやすくしましょう。
 文章が長々と書いてあったり,数字が延々と続くと、その研究について知らない人はとても読みづらくなります。文章は短く簡潔にして、表やグラフを使ってイメージを共有しましょう。

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情報を可視化する表やグラフ

 表やグラフの使い方については以下のサイトが参考になります。

・うまくいかなかった?

 研究の心得1で説明しているように、研究に失敗はありません。予想通りではない結果は、もしかすると新たな発見かもしれません。

 たとえば、イギリスの18歳のウィリアム・パーキン少年は、マラリアの薬キニーネを合成しようとしていました。しかし、実験で得られたのは真っ黒な物質で、明らかに実験は失敗でした。がっかりしたパーキン少年が失敗した物質を捨てるためにエタノールで溶かしたところ、液体は紫色になったのです。当時、紫色に染まる染料は、高価で、不安定で、嫌な匂いがしました。しかし、この物質は、安く、綺麗に染まり、匂いもほとんどありません。モーブと名づけられたこの物質は「ビクトリア時代を象徴する色」になり、化学工業の発展を促していくのです(「科学は歴史をどう変えてきたのか」、東京書籍)。

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化学工業の躍進をもたらす人工紫染料モーブ(出典:wilipedia)

 もし、キニーネを作ることにこだわっていれば、パーキン少年はモーブに気づくことはなかったでしょうし,気づいたとしてもそれを売り出そうとは考えなかったでしょう。なぜそうなるのかについて考え続けたからこそ、ちょっとした変化に気づくことができたのです。パーキン少年が今の私たちの生活の基礎を築いた点について詳しくは以下の書籍で解説されています。

まとめ

 まとめの章では、研究全体について議論します。先程の私が書いた学術論文のConclusionが、まとめにあたります。
 なぜこの研究が行われたのか、その目標はどの程度達成されたのか、何が明らかになり、次に行うべきことは何かなどをまとめます。そして、このまとめを簡潔にしたものを、要約として最初につけます。

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まとめることで新たな発見が生まれる

 研究はまとめることで、はじめて見えてくることがあります。また、まとめることで、他者と情報を共有することもできます。自由研究や探究活動をしたことに満足せず、まとめる習慣をつけることはとても重要です。

いつもより,少しだけ科学について考えて『白衣=科学』のステレオタイプを変えましょう。科学はあなたの身近にありますよ。 本サイトは,愛媛大学教育学部理科教育専攻の大橋淳史が運営者として,科学教育などについての話題を提供します。博士(理学)/准教授/科学教育