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漂流教室 No.54 「『源氏物語』から「イチャイチャ」」

月日の経つのは早いものです。
もう六月。
おととしまでは、月日はそれはそれはゆっくりゆっくりと流れておりました。

「まだ火曜日…」
「まだ水曜日…」
「え?今日は金曜日じゃないの?まだ木曜日なの?」
土曜日が待ち遠しくて待ち遠しくて。

でも、土曜日が待ち遠しくなったのはコロナ以後のことです。
コロナ以前は土曜日といえども、部活動はあるは、補習授業はあるは、模擬試験はあるは。
休めたもんじゃなかった。

むしろね、土曜日のほうが休みにくいんですよ。
補習授業なんてぎりぎりの人員で回しているから。
いまさらこんなことを言うのもあれですけどね、
私、いっぺんに80人の授業とか、
1時間に2クラス同時授業なんてやったこともあります。

そうやって土曜日がつぶれて、日曜日も練習試合なんてこともよくあった。

まったくなにやってたんだか。
もう一度同じことをしろと言われてもできませんね。
いや、やりませんね。
たとえ若返ったとしても、絶対やりません。

ということで、お若い方々、こんな世界にはお越しにならないように。

さて、源氏物語。

覚えいとやむごとなく、上衆めかしけれど、わりなくまつはさせ給ふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にもゆゑある事のふしぶしには、まづまう上らせ給ふ、ある時には大殿籠り過ぐしてやがて候はせ給ひなど、あながちに御前去らずもてなさせ給ひしほどに、おのづから軽き方にも見えしを、この皇子生まれ給ひてのちは、いと心異に思ほしおきてたれば、坊にも、ようせずは、この御子の居給ふべきなめりと、一の皇子の女御は思し疑へり。

世間の評判も実にたいそうすばらしく、高貴な様子であったけれど、あまりにもおそばに付き添わせなさるあまりに、しかるべき管弦の遊びの折々や、何事につけても風情のある行事のたびに、まず参上させなさり、ある時には寝過ごされてそのままお仕えさせるなど、無理にもおそばを離れさせないようになさっているうちに、自然と身分の低い方のようにも見えたのを、この皇子がお生まれになってからは、たいそう格段におぼしめしになられたので、もしかすると、この皇子皇太子にお就きになるのかもしれないと、第一皇子の母の女御はお疑いである。(訳…私)

天皇さんは桐壺更衣を愛しすぎたんです。
もうとにかくそばに置きたがる。
一時たりとも離れられない、離さない。

そりゃ、ほかの奥さんたちからは恨まれる。
とくに第一夫人ですね。
第一夫人には第一夫人のプライドというものがある。
それに第一皇子のお母さんです。
息子のことだって心配になる。

「もしかするとこの子、わたしの息子を差し置いて皇太子になるんじゃない?」

なんて考えたらもう夜も寝られませんよね。

天皇さん、もうちょっと周りに気配りせにゃ。

さて、天皇さんが夜お休みになることを「大殿籠る」といいます。
「おおとのごもる」
大殿に籠るんですな。(あたりまえ)
大殿というのは寝室です。寝所(しんじょ)なんていうと古典っぽくなります。
天皇さんがお過ごしになっている建物を「清涼殿(せいりょうでん)」といいます。
涼しそうです。

で、こちらに大殿があるんですが、天皇さんがここに奥方をお呼びになります。
桐壺更衣はさぞや何度も呼ばれたのでしょうね。

しかし、桐壺さんはあくまでも更衣です。女御ではない。
女御さんなら清涼殿に小さいながらも控えの部屋がもらえます。
控えの間がない更衣である桐壺さんは夜が明ける前に自室に戻るのがルールです。
ところが天皇さんは桐壺さんと過ごすとつい寝坊しちゃう。
(なぜだろう?)
桐壺さんは帰りそびれちゃう。
すると天皇さんは日が昇っても桐壺さんを引き留めちゃう。
で、いつまでもイチャイチャ、イチャイチャ。

後ほど出てきますが、他の奥さんたちの反感を買います。買いまくります。
結局桐壺さんには不利なことばっかりになる。

天皇さん、もうちょっと気配りせにゃ。

世の中、なんであれ、程(ほど)というのが大事ですなあ。
という教訓を得て、今回はここまで。

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