「ジェンダー公正へ向けて~JFP 調査から見えてくるもの」JFP調査寄稿文:須川亜紀子
「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2023年冬〜実写邦画・アニメ映画編〜」の発表に合わせ、須川亜紀子先生から寄稿文を頂きました。
日本の映画産業は、男社会と言われ続けてきた。ジェンダー平等が叫ばれて久しい現在でも、その状況の劇的変化はない。そうした中、JFPが行っている制作現場におけるジェンダー差を数値として可視化する試みは、非常に意義深い。
「日本映画業界の制作現場におけるジェンダー調査2023」の結果をみると、女性スタッフの比率は「照明」部門では1%アップ(全体の4%)したものの、「監督」、「撮影」、「編集」、「脚本」、「美術」部門すべてで減少している(「録音」部門は横ばい)。これは、おそらくはコロナで遅延していた制作状況の改善や、映画館への動員数の回復傾向などの理由により、興収10 億円超の映画作品数自体が増加したことで分母が増えたことも一因だろう。それでも大きな予算がかけられる映画制作の全体に占める女性の割合は、驚くほど低いと言わざるを得ない。また、「○○助手」というようなサポート役に女性が多いという傾向にも、大きな変化がない。
筆者はアニメーションを専門に研究しているので、アニメ映画の制作現場について少し言及したい。実写映画の現場と比べて、アニメ制作の現場は女性が比較的多いと言われてきた。だが、「スタッフ」というカテゴリーで論じる際、例えば企業に雇用されている制作進行という職とフリーランスの多いアニメーターという職で、女性比率を単純に比較することはできない。
さらに、完全出来高制のフリーランス・アニメーターは、作品を掛け持ちすることが多い。打ち切りのリスクも含め、収入を得るには複数の作品に関わる必要があるからだ。すると、複数の作品にクレジットされる可能性が高くなる。それが興収10 億円超の映画かどうかはともかく、該当者が女性であれば、表面上は女性の数が多いという結果になる。一方、スキルの高いフリーランス・アニメーターは、「拘束契約」という形で、契約相手の作品に専念し掛け持ちをしない代わりに、高い報酬を保証される。すると必然、クレジットされる作品数は少なくなる。こうしたケースでは、数値上「拘束契約」をしていない女性が数字上は多くなるが、実際は低賃金で複数の作品にかかわっているという実態はみえにくくなってしまう。アニメーション制作現場については、芸団協、JAniCA(日本アニメーター・演出協会)などが労働実態の調査をしており、女性が置かれた状況を把握するには、様々な調査結果をクロスレファレンスして考察する必要がある。
似たようなケースは、実写映画制作現場にも存在するだろう。数値を可視化する量的調査と、こうしたフリーランスの契約形態にまで目を配る質的調査の両方の方法がバランスよく採用されて初めて、制作現場における真のジェンダー問題というのが浮き彫りになるだろう。海外では、ジェンダー以外に人種・エスニシティ、性自認、経済格差なども含めた調査の発表や、女性やマイノリティ人材へのアニメーター指導を行うメンター制度(先輩アニメーターが総括的に後輩を指導する)を実践している団体「wia」(Women in Animation)が存在する。こうした団体が今こそ日本に必要だと感じる。
最後に、意思決定権をもつ職位からフリーランスまであらゆる職種のスタッフ、研究者、そして映画の観客も、(JFPの調査結果に言及されている性自認の問題も含め)制作現場のジェンダー差の実態に対して意識的になることが、映画制作現場におけるジェンダー公正(gender justice)の実現へ向けて重要だといえる。こうした調査結果をシェアすることで、ジェンダー公正から生まれるクリエイティビティと労働環境の改善への道が開かれることを切に願う。
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