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映画現場で働く助監督の声(JFP取材vol.02)

石井千晴・助監督
2006年頃より、フリーの助監督としてキャリアをスタート。現在38歳で1歳半から小学生までの3人の子どもを育てる母親。出産や子育てなどで長期休みもあり、キャリアとしては実質10年近く現場で働いている。大作映画からインディペンデントまで、様々な映画制作現場を支えてきた石井さん。現場で長年働いてきた当事者の視点から、お話を伺った。


1)助監督とはどういった仕事ですか?

平たく言えば、“監督を中心とした演出部に所属して、映画のイメージを各部署と連携しながら具体化させていくポジション”です。

2)助監督の労働時間

ーJFPでは、映画業界の外(文化政策の制度設計に携わる方々など)にも、映画業界が抱える構造的な問題を理解してもらう必要があると考えています。つまりは、社会に対する説明責任を果たしていきたいのです。“拘束期間が長い”や“長時間労働”を、業界の外にも伝わるよう、具体的なレベルで教えてください。

作品にもよるので一概には言えませんが、だいたい大作映画だと「準備:平均2〜3ヶ月・現場:1ヶ月〜1ヶ月半・トータル:3〜5ヶ月程度」です。インディペンデントだと、「1週間で撮ります」というヤバイ現場もある。24時間繋がってますというのが当たり前。でも、2〜3週間で撮るインディペンデントが多いかな。インディペンデントは予算が少ない分、一人のスタッフが担う仕事がすごく多い。本来は準備の期間を長く取りたいけれど、出来ないのが現実で、、、準備期間は1〜2ヶ月。トータルで約3ヶ月拘束されて、労働時間は、、、、(苦笑)。連絡は24時間取れるようにするのは、大作でもインディペンデントでも同じかな。これらは、私の体験に基づいた実感です。

ー2016年に東京国際映画祭で開催されたシンポジウム“女もつらいよ“で、石井さんが「朝6時に家を出て22時に撮影が終わって夜中に帰宅する日も多い」とおっしゃっていたのが印象的でした。

なんだったら、それ22時に撮影が終わっているから早い方で(苦笑)。

―映画業界内と外で、“長時間労働”に対するイメージが全然違っていますね。

そうか、「朝6時に家を出て、22時に終わって24時に帰宅出来たから早いね」は感覚が麻痺しているのか(苦笑)。

―“長時間労働“に関して、もう少し具体的に教えてください。

例えば、「9時に撮影を始めます」と言ったら、演出部は俳優部が現場入りする時間には現場にいる必要がある。遅くても2時間前。7時には現場にいます。そうなると、都内の撮影は6時前には家を出ないといけない。撮影が夜まで進み、22時頃「今日は早めに終わったね」と撮り終わったとします。1時間ほど後片付けをして、23時に解散し、24時に自宅へ着く。これが“お家に帰れるパターン”の1日かな、比較的ホワイトな現場。
最悪帰れない日もあるし、、、でも、撮りこぼして撮影日数が増えれば、当然予算も増えてしまうので、プロデューサーと演出部の判断としては、非常に難しいところがあります。

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3)演出部のジェンダーバランス

演出部は、チーフ・セカンド・サードと、見習いがつくこともあると思います。このような助手たちのジェンダーバランスの統計を取ることは非常に難しい訳ですが、働いている実感としては、ジェンダーバランスをどう感じていますか?

見習いからサードまでの若いスタッフには、比較的女性も多いです。ベテラン演出部でいえば、女性のベテランチーフがいるという噂は聞くけど、ご一緒したことはないし、同世代や上の世代で女性演出部と現場が一緒になったことはない。なので、実態として、第一線で活躍する女性演出部がどの程度いるかは私にも分かりません。

―キャリアが上がっていくに従って、女性スタッフが少ない傾向がある。つまり、キャリアの途中で現場を去る女性スタッフが多いと言えるのかもしれません。どういった点を改善すれば良いのでしょうか?

意識の問題が大きいと思います。自分も子どもが出来て初めて気がついたのですが、 “子どもが出来たり、家庭を選択したら、続けていけない”と思っている女の子が多い。
周りの男性たちも、結婚や出産をすごく祝福してくれるんですが、「すごいね、おめでとう!そっかあ、寂しくなるね。。。」って言われて、「えっ!なんで?(笑)」みたいなことがすごくあった。私は出産して辞めるなんて、一言も言ってないのに(苦笑)。そういう意識の存在が、すごく大きな壁だと思う。

労働環境は、もはや男女とかのレベルではなく最悪すぎるから、そこは子育てや女性の問題だけではないと思うけど、“時間が不規則だったり、拘束時間が長い”という点は、女性が少ない大きな要因の一つではあると思う。単純に、身体壊したりという女の子も多いかな。生理が来なくなったとか。そういうことも含めて、闇は深いなあと感じます。

やはり、JFPがやろうとしているような、“明確な数字を出して改善していこう”という意識の無い人たちが多すぎる。日々忙殺されているのもあるけど、出来ていない。
大学で映像や映画を若い人に教えるのであれば、働き方についても教えてあげて欲しい。ライフプランとして、ライフワークとして。例えば、映画を志す若い人や大学生に「お前ら、ペーペーの見習いやから、寝たいとかいうな」とか訳わからんことを上の世代が言うんじゃなくて、「“どういう風に仕事として働いていきたいか“を考えながら、撮影現場に行って」って、めちゃくちゃ言ってあげたい。

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4)当事者だけでは解決できない

―TIFF2016シンポジウム「女もつらいよ!? 日本映画と現場のリアル 〜映画・仕事・子ども〜」のQ&Aで、会場にいたプロデューサーやジャーナリストが「実際に問題解決するためには、当事者が団結して、あれをしなければいけない、これをしなければいけない」と発言するのを見て、私は正直、「それは無理だろ」と思った。睡眠時間も少なく、低賃金の中、目の前の仕事を捌くことで精一杯の現場スタッフが、なぜこれ以上頑張らないといけないのか。これは、プロデューサーや製作会社、業界団体、アカデミズムなど、当事者以外の人々が動かなければ解決しないのではないかと。

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正直、私も「こうなっているのは、私たちじゃなくて、あなた達のせいだからな」って心の中では思った。

あと、“当事者、当事者”って言われるけれど、正確には“当事者になれた人たち”だと思うんです。つまり、私も含めた当事者たちは劣悪な労働環境に適応できた人たち。でも、その影には、適応できずに業界を去った人々が大勢いる。

当事者たちは働くのもしんどいし、現場も大変だけど、基本的には適応できた人しか残ってない訳だから、劇的に労働環境が改善されなくても、なんとかやっていけるんです。

―JFPに参加している私は適応できず、劇映画からドキュメンタリーに移行した人間です。つまり、“適応できず去った側”なので、石井さんのおっしゃっていることが良くわかります。

現場にいる人たちは、適応できなかった人たちの声を誰も聞いたことないもん。適応できなかった人たちを「そんなん、適応できなかった人たちが悪いやん」って言ってしまうところにも、根深い問題を感じる。問題意識が育たない環境だなと思う。

私も結婚して子どもを産んだから気がついたけど、それ以前は気がつかなかった。つまり、元当事者。深田晃司組に関わっていた時くらいに、子どもを産んで初めて、“このままではいけない”って気がついた。そのような“意識が変わる瞬間”が非常に重要だと実体験から感じます。

5)映画業界のハラスメント

ー昨今、国内外の映画業界ではハラスメントに関する告発が相次いでいます。ハラスメントの体験談を聞いたことはありますか?

昨今の流れで、男性スタッフが若い女性スタッフに手を出したり、タッチしてしまうというのは、私が見る限りでは無くなってきた。ただ、言葉のハラスメントは全然あると思う、日常的に。普通の会社だったらアウトやでと、いつも思う。もちろん、若手が多くて健全な現場もあるけど、今までみたく、おっちゃん達と若いスタッフたちがキャイキャイ言いながら、そういうセクハラを知らず知らずにしてしまっている現場もまだ結構ある。二極化が多いかな。

―そういった現状を踏まえ、何か具体的な施策は考えられるのでしょうか?

40歳以上を中心に全スタッフがハラスメント講習を強制的に受ける制度がないと変わらないと思う。前時代的に「〇〇ちゃん、今日も可愛いね」みたいな挨拶を自覚なくやってしまっている。でも、誰もそのおじさんたちに、ハラスメントを教えてあげられていない。強制力を持った講習でなければ、自覚の無い人の意識が変えることは難しいと思います。

―何名かの映画監督が「自分の現場では、独自にハラスメント対策をしています」と発信していますが、ある種、監督レベルでのパフォーマンスの域を出ないと思うんです。本当に変わるためには、制度化を目指して戦略や方法論を練らなければいけない。例えば、ハラスメント講習を受けて制作された映画はエンドクレジットで、映倫のロゴのように認定ロゴが入る。将来的には、そのロゴがなければ、劇場公開や映画祭エントリーが出来ないというような、業界で連携した制度設計がなければ、強制力を持った仕組み作りまでには至らないと思うんです。

そういったシステムがあると良いですよね。ハラスメントをしてしまっているおっちゃん達が、「それ、俺らのこと?」って自覚してないから。講習を受けて初めて、「ああ、俺らのやってたことって、ハラスメントなんや」って気がつくので。自分がハラスメントしていることに自ら気がついてもらうためにも、PCR検査みたいに「ハラスメント講座受けてから、現場入ってくださ〜い」というのはどうでしょう。ワクチンと同じくらい強制しないと、ハラスメントは無くならないと思います。

―ハラスメントを理由に辞めた人の体験談など聞いたことありますか?

そもそも、辞めた人は理由を言わない人が多いんじゃないかな。「労働環境がしんどいんで」くらいは言えるかもしれないけど、固有名詞を上げて、具体的に「〇〇さんのハラスメントが嫌で」っていうのは、言えないんじゃないかな。

5)育てても去っていく人材

―業界を去った人について、具体的なエピソードなどご存知ですか?

まだ20代だった制作部の女の子で、情熱もあって、優秀な子だった。仕事は好きだけど、呆れてるというか、うんざりしているというか。今後の自分の一生を捧げていいのか、というところで辞める子はめちゃくちゃ多いと思う。

この労働環境が良いとは絶対思わない。次のステップとして、結婚や出産などを考えたときに、これで良いのか。ギャラも少ないし、長時間労働だし。男性でも、これは思いますよね。

制作部の親方も、その子に続けていって欲しかった。けど、その子の幸せを考えると無理強いはできない。すごく切なかった。そんなことばかりだと思う。男性でも、「子供できたから辞めます、給料が低いから」という子も多い。

でも、それって映画業界全体にとって、大きなマイナスなんです。頑張って5〜10年かけて育てた若い人材が劣悪な労働環境を理由に去っていく。そういうことの繰り返しが、見えないところで、映画業界を衰退させていっているんです。“このままで良いんですか?”って、映画業界の人たちに言いたいです。

6)子育てしながらでも参加可能な現場を企画

まだ、妄想のレベルですが、具体的なアイデアがあります。子育てしながらでも参加可能な現場で1本映画を作ってみたいんです。

どうすれば、そういった現場が作れるのか検証してみたいんです。

今回の企画で大事にしたい事は、現行の現場の進め方を踏襲しない。子育て可能現場を実現化し、その後、そこで起こった問題や解決方法を現行の現場と比較し研究材料とします。ポジティブに、具体的なアクションへと繋げていきたいんです。

(聞き手・歌川達人)


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