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オランダ鉄道であった、本当の話。第一話:怪しいインド人

私は学生の頃、よく電車を利用していた。オランダに住んでいたので、オランダ鉄道(NS)。他にもローカル線もあることはあるが、何せ小さな国なので、殆ど国鉄で用が足りる。鈍行、快速、二階建てと色んな種類の電車があるけど、みんなトレードマークの黄色と青で統一されている。元来、公共交通機関という物は、いろんな人が利用するから、いろんな出会いがあるものだ。そんな中でも、特に印象深かった出来事を五つ紹介したい。これらの話は、実話である。誓って、尾びれも背びれも付けていない。ちびた鉛筆の様な教会の塔を中心に、レンガ造りの家々が立ち並ぶ町を抜け、一年中青々とした牧草地の合間を縫い、川や運河を渡って行く黄色と青の電車たちを想像しながらお楽しみいただけたら幸いである。第一弾は、怪しいインド人の話。

Vertrek(出発):怪しいインド人
ある気持ちのいい朝、ライデン中央駅のホームへ向かった。鼻面の丸い、旧式の鈍行電車は既にホームに着いていて、出発時刻まで、まだ15分ほどあった。空いていそうな車両を目指して歩き出したその時、通り過ぎようとした車両の窓から、浅黒い肌の口髭中年男性が乗り出して、私を呼び止めた。雰囲気からしてインド人の様な彼は、手招きしながらこう言った。
「ちょっと、そこのミス(お嬢さん?)。最近、引っ越したでしょ?」

私はあたりを見渡した。晴れた早朝のプラットホームには、私のほかには誰もいなかった。
「私?」
「そう、あなた。引っ越しましたよね?」
確かに、ついその前の日に、下宿を引き払って学生アパートに引っ越したばかりだった。驚いて、どうして分かったのですか?と尋ねると、男性は満足そうに頷きながら、こう言った。
「オーラが出ているからね。私には見えるのだよ。そして、あなたにヒーリング能力がある事も、見える。こっちに来て、話を聞いてください。」

うわっ、怪しい!勿論、そう思った。でも、面白そうだとも思った。他の乗客もいるだろうし、話を聞くだけだし、鈍行電車で揺られている間の退屈しのぎにはなるのではないかと考え、私はその車両に乗り込んだ。

その車両には、他には乗客がいなかった。入口のすぐ近くの4人掛けの座席にかけていた男性に促されるまま、彼の正面の座席に腰かけた。ニコニコと笑いかけるその雰囲気は、全く警戒心を煽らなかった。インド人ですか、と聞くと肯定して、こう言った。
「あなたはそのパワーの、エネルギーの流れを感じた事はありますか?」
私は、首を横に振った。
「胸に手を当てて、目を閉じて感じてみてください。」
私は少し躊躇したが、手荷物をしっかりガードして、やってみることにした。勿論普段通り、何も感じない。その事を男性に伝えると、少し失望したようだった。

「もっと、こう…」としぶとく言ってくるので、そもそも何をどう感じたらいいのか分からない旨を伝えると、信じてもらえていないと思ったらしく、こんな事を言ってきた。
「あなた、流産の経験があるでしょう。」
その時は流産どころか妊娠した経験もなかったので、いよいよびっくりして否定すると、それならあなたの近しい人が、などと言ってきた。確かにうちの母は妊娠していたのを知らずにレントゲン検査を受けてしまった事があると言っていたけど、あまりにも唐突に嫌な事を言ってくるので、私の好奇心はすっかり萎えてしまった。もういいです、と言って席を立つと、慌てたようにちょっと待って!と言い、気が変わったら連絡くださいと紙切れに電話番号を書きなぐって押し付けてきた。

その時は、全く一体何だったんだろう、自業自得とはいえ、素敵な朝が台無しだ、ぐらいに思っていた。ポケットに突っ込んだはずの電話番号を書いた紙きれは不思議と無くなっていたけど、どこかに落としたのだろうと思って気にもしなかった。この事を友達に話すと、学生は引っ越す可能性が高いし、流産経験がある女性も意外と多いみたいだよ、やっぱり詐欺の手口だったんじゃない?と言われてしまった。確かにそうなんだろうな、と自分でも思った。でも、もしかしたら私もヒーラーになれていたかも、と思うと、ちょっとだけ惜しい気もした。



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