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心を巻き戻して

いつもと違う道を走っていたら、真っ白なガーデンフェンスにちょこんと座っているスノーマンと目があった。おはようと声をかけて慌てて振り返る。よかった、誰にも見られていない。

息子を学校に送り出して、そのまま近所を軽く走る。大忙しの日と天気の悪い日を除いて、そんなふうにスイッチを入れている。月を見ながら走るのも好きだったけれど、誰もいないと思っていた道で人に出くわしてから急に怖くなってしまった。試しに朝日を浴びて走ってみたら心地よくて、そのまま日課になった。時間を気にせずシャワーを浴びられるのはテレワークの特権だから、出社が増えたらまた変わってしまうかもしれないけれど。期間限定のモーニングルーティン。

コースは決めていない。今日はあっちとか、こっちとか思いつきで走り出す。コンディションやスケジュールによって距離を変えているつもりなのに予定時間内に帰宅できないのは、途中からでたらめなルート選びをしてしまうから。曲がり角の先で、かわいいスノーマンが出迎えてくれるような日は、嬉しくなってつい距離が伸びてしまう。

走っているのは住宅街の道。新築が建ち並ぶ区画ではどの庭も美しく整えられ、玄関扉にはリースがかけられている。自然の風合いを生かしたもの、真っ白でモダンなもの、カラフルな花や実がついているもの、などなど。大きさや素材が家ごとに違うのがおもしろくて、首を左右に振りながら走る。ベーシックな緑のリースも家ごとにこだわりがあるようで、まるでもう一つの表札みたいだと思った。

剪定された庭木についた色とりどりのオーナメントは、陽の光に反射して散らかしっぱなしのオモチャにも光を運んでいる。通学路から外れた静かな街には、青空に映える眩しい朝のひとコマが隠されていて、私はマスクを取ってしばらくそれを眺めていた。

あのスノーマンに出会うまで、はっきりとクリスマスを意識していなかったのはなぜだろう。外に出れば華やかなディスプレイが目に入り、イルミネーションの人気スポットもニュースになっているというのに。12月が近付いても、自宅には小さなツリーすら飾っていない。

「節分の紙面なんだけどさ、商品は前年と変えられないし、コピーとデザイン処理でなにか新しい提案をするしかないんだよね」

そんな電話がかかってきたのがおとといの夜で、コピー案を添付したメールを送り終えたのが今朝だった。”たたき案”と呼んでいる最初のデザイン作りのお手伝いが今回の役割り。仕上がった紙面を元にしてクライアントと話を詰めていくことになる。

半世紀も前から知っているデザイナーとの仕事はとても楽しい。勝手な思いをぶつけると、それを汲んだビジュアルを作ってくれるし、何よりお互いの思いを理解するための言葉が少なくてすむ。あの時のさ、とか、あんな感じは?とか。じゃぁそんな感じで考えてみるね、と言って作ったコピーがデザイナーに届く日がくるなんて、入社した時には想像もできなかった。時間ってすごい。そして、何とか食らいついてきた自分も。だから、たまにこっそり褒めてあげる。

来年の2月に世の中がどうなっているかはわからない。でも、いろいろなことが動き始めた今、多くの人が強く願うのは、やはり明るい未来なのだと思う。立春の前日にあたる節分が、2022年は特別なものになってくれたらいい、そんな祈りを込めたコピー案の中には、クライアントの性質上、通らないと確信しているものもある。上司に保守的な人がいるからだ。それでも、担当者がチャレンジしたい気持ちもわかるから、別案として最後に添え、趣意書をつけて出した。その案が通るかどうかではなく、目の前にいる担当者が立ち回りやすいように工夫すること。仕事がグンと楽しくなったのは、無駄だと思ったことが実は最も大切な場合もある、ということに気付いてからかもしれない。

節分か。恵方巻きを予約しようか、当日買おうか。好きな具で手巻きにした方が結局食べてくれるんだよな。ぼんやり考えながら走っていた朝、ふいに出会ったスノーマンに、気が早いよと笑われたような気がした。


バレンタインもハロウィンもクリスマスも私にはタイムラグがある。考え始めてから実際に体験するまで半年以上なんてことも度々。だから本番がくる頃には少し気持ちが薄まるのも仕方がないと思っていた。でも、よく考えてみたら、息子はそうではない。

産後、本格的に仕事を再開するまでは、大きなツリーを華やかに飾って点灯するライトを家の外から眺めたりもした。「ママ、それじゃ家の中まで見えちゃうよ」 窓の向こうからの指示を受け、ツリーがほんの少しだけ見えるようにカーテンを調節するのが私の仕事。玄関扉にはネットで見つけた個性的なリースもかけていた。

それが今では、手に乗るくらいのツリーをシューズケースの上に飾っておしまい。サンタさんが迷わないように、目印として作っているだけのクリスマスコーナー。ガラス細工のトナカイを置いているのがせめてものこだわり、と言っていいかどうか。


そんなことをしているうちに、息子は中一になっていた。

母がひとりじめできるクリスマスは、きっとあと数回なのに…



いつもと変わらないありふれた朝、
スノーマンが思い出させてくれた心の中のあたたかな場所。

まだ間に合うかな。


そうだ、予約したシュトーレンが届いたら、
毎日一切れずつ、息子と味わおう。


小さな楽しみを積み上げて、
ゆっくりクリスマスに近づいていこう。


***


今年も百瀬七海さんが素敵な企画を立ち上げてくれました。
12月1日から続いていく、言葉と写真のカレンダー。

会いたかった方、お久しぶりの方、初めましての方、
みなさんのクリスマスnoteを読めるのがとても楽しみです。

私も、息子との思い出を書かせていただこうと思います。


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