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優等生のSOSが恋のことなんかでごめんなさい

イライラしている。
ザワザワしている。

何に対してなのかずっと考えていた。

今の不安な状況に?
仕事が減っていることに?
毎食メニューを考えることに?
もしかしてあの人に会えないことに?

違う、全部違う。
もっと別の何か。


そんなことを考えながら、いただき物の新玉ねぎをスライスしていたら包丁で薬指の爪を切ってしまった。危なかった。こんな時にうっかり傷を作りたくない。ドラッグストアのガーゼも消毒液も品薄だし、万が一病院なんてことになったら医療関係の人に余計な手間をかけてしまう。

そう?それはちょっと優等生すぎない?
本当は、病院に行くのも怖いし傷からウイルスが入ったらどうしようって真っ先に思ったくせに。で、そんなことを考えてしまう自分がイヤだとか言うんだよね、知ってる。

それにしても白子の新玉ねぎはやわらかいな。肉厚で甘いんだよね。輪切りでソテーして甘辛のタレで食べるとおいしいよって友達は言ってたけど、私は生で食べるのも好き。サラダはもちろんだけど、冷たい蕎麦に乗せて鰹節と海苔をかけるのも好きだし、納豆にこれでもかって入れて食べるのも好き。とにかく玉ねぎを生で食べるのが好きなんだよ。言えなかったけど。火を通さない玉ねぎが嫌いと言われて言えなかったけど。ポテトサラダにもツナサンドにも使えなくて、自分の分は後で混ぜるのが本当は面倒だったなんて言わなかったけど。あっ、違うか。面倒だなんて 1ミリも思ってなかったんだっけ。


ーーー


Facebookのニュースフィードに記事が流れてきた。

出張先でおいしいご当地グルメを食べに行ったら、アルコールの提供時間が決まっていてゆっくりできなかった。だからつまみをお土産にしてもらってコンビニでお酒を買い、ホテルでオンライン飲み会をした。やっぱり大勢だと賑やかで楽しい!これはアリ。こんな時期だからできること、ぜひやってみて。

簡単に言うとこんな内容だ。ずいぶん軽やかなトーンで書かれている。車から見えたキレイな景色や、飲み会参加者の写真が一緒にアップされていて、その中の一人が彼だった。楽しそうな酔っぱらい。よかった、元気そうだ。

そう?それはちょっと偽善者すぎない?
本当は、あなたの住む街の感染者数が増えるたびに心配していた私の気持ちも知らないでって思ったくせに。で、頼まれたわけじゃなかったって勝手に落ち込むんだよね、知ってる。


彼がどんな投稿をしようが自由だ。こんな時でも頑張っていることをポジティブに表現するところなんて、とても彼らしい。どんな時でも楽しまなくちゃ、そうやってみんなを元気づけるところも好きだった。はずなのに。すごくイヤな自分が飛び出してくる。

なぜ、こういう時ばかりタイミングが合ってしまうのだろう。彼とほぼ同時刻に私は自分のタイムラインに投稿をしていた。よりによってその日私がアップしたのは、彼とは真逆の100%優等生が書く文章。

日中、自宅で一人になってしまうのが怖くてどうにかなってしまいそうだと友人が電話をしてきた。もっと大変な人がいるのに自分なんかが怖がるのはおかしいよねと聞く彼女に、おかしくなんかないよと答えた。心の強度はみんな違うのだから、怖い時は怖い、辛い時は辛いと言っていいはず。自分で自分にSOSを出せたらいいね、みんなもそうしてね。そんなことを私は一生懸命書いた。

大真面目に投稿した後、すぐに見つけた彼の酔った顔。
自分がすごくつまらない人間に見えて情けなくなった。

読んだ友人たちはあたたかいコメントをくれたし、私の文章で辛さを吐き出せた人もいたようだったから書いたこと自体は間違っていなかったと思う。でも、彼との違いをこんなにもハッキリと目の前に突き出された時、私の心はグラグラと揺れた。

本当は知ってたよね?
二人は心の種類が違っていたこと。彼のすること、話す言葉に時々感じる違和感を、すべて年の差のせいだと自分に言い聞かせていたんじゃない?

「そんなふうに思うんだ、すごいね。」
「私には思いつけなかったよ、さすが。」

彼に投げかけていた言葉で魔法にかかっていたのは私の方だ。違っていたのは玉ねぎの好き嫌いだけじゃない。なにがすごくてなにがさすがだ。わかったふりをして、本当は彼のことなにもわかっていなかった。そうだよね?


ーーー


イライラしている。
ザワザワしている。

何に対してなのかずっと考えていた。


原因は私だ。
彼はいつでも正しいと決めつけていた私。
違う考えはありえないと思おうとした私。

本当は違いを認めるべきだった。
きちんと伝えるべきだったんだ。

私は玉ねぎが野菜の中でベスト3に入るくらい好きで、中でも生で食べるのがすごく好きで、ポテトサラダに玉ねぎスライスが入っていないのは残念すぎて、サンドイッチのフィリングを作るならツナと玉ねぎの割合は1:1がいいと思っていたことを。

取るに足らないと思っていた小さなズレは、いつの間にか大きな溝になって私の心もえぐっていた。指は切らずにすんだけれど、別の傷口からは血が流れていたんだ。もうずっと前から。


その言い方はどうかと思う。
その考えは私とは違うかも。

伝えていても結末は変わらなかったかもしれない。もっと早く終わってしまったかもしれない。でも、それでも彼には本当の私を記憶に残してほしかった。そう思うのはわがままだろうか。今さらバカみたいだろうか。


世の中が不安な時期、考えなくてはいけないことがたくさんある。私はリモートワークにしてもらえたんだから、得た安心感を何かに変えて返していかなくてはいけない。今できることを考えなくちゃ。しっかり前を向いて正しいことをしなくては。

出社している同僚に手作りマスクを、休校が続く子供にきちんとした食事を、元気のない友人に定期的な連絡を。そうだ。普段できていないところの片付けをするのもいいかもしれない。減った収入を埋められるように仕事の工夫もしよう。それから先日断ってしまったZoom飲み会、次までに環境を整えておくって約束したんだから、夜の自由時間確保のために家事の効率化を図らないと。あっでもこれは自分の楽しみだから、まずは子供のことが先だ。延びた休校期間にやる課題はまぁ一人でできるとして、一緒にいられる時間がたっぷりできたんだから今しかさせてあげられないことを考えよう。料理もいい、パソコンも少しなら教えられるかもしれない。そうだ、やったことをレポートにしたら学校に提出できるかも。日記みたいなものもいいかもしれないな。あとは、もう少し体を動かせる場所を探してあげること。


できることを丁寧に。
ちゃんとやる、全部。



だから。

だから一つだけ。



傷口の手当てをしてもいいですか。

私が、私だけのために。



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