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雪国の店主 「熊野古道編」

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主人公:碧。生まれ育った景色と何より空気の美味しい十和田湖が好きで住んでいるライター。小説家。ライター仕事は旅行記のような記事を書く。妹:もみじ。

「まぶしいなぁ〜。夏みたいだ」

碧は羽田空港から飛行機に乗り、和歌山県の南紀白浜空港へ降り立っていた。2月下旬、連日の雪景色、出発間際に見た吹雪から一転して、南紀白浜は青い空と広い海、深緑ともいえる山々が眼前に広がり、体感温度も20度は違うのではないかと思うほどの暖かさだった。十和田湖でいうと初夏のような気温と天気だ。

「光線が眩しくて、ちかちかする。」

今回の目的地は世界遺産である“紀伊山地の霊場と参詣道”の一部である“熊野古道”。代表格ともいえる熊野三山へと続く参詣道の総称として、2004年に世界遺産認定前後から欧米からの観光客を中心に賑わっている。

先日の編集者の小林さんからの電話を思い返す。「碧さん、次の取材先は十和田湖とも縁のありそうな熊野古道なんてどうでしょうか。十和田湖との対比も入れて構わないので、1500文字くらいで古道について書きませんか。

ずっと行ってみたかった熊野古道。二つ返事で承知した。
「楽しみだぁ」

雑誌「風景散歩:熊野古道を歩く」

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熊野古道を歩く。それ自体にはもしかすると何もないのかもしれない。階段は木の根であり、実は決まった道はなく、目的地へ向かって歩いていく。動物が通ったのか、人が通ったところなのかわからない道を歩いていると、ふと眼前に現れる積石。前にも誰かが歩いんたんだなぁという安堵感を覚えながら、歩みを進める。言ってしまえば、この風景はどこの地域にもあったはずで、今でもあると思う。熊野古道には、この行為を千年単位で人が続けているという、自分の生きている時間では計れない圧倒的な時間の蓄積が存在する。自分一人では生み出せない。当たり前だが、お金で買えない、つくれない。一人よがりの行動ではつくれない。何年も、何十年も、何百年も、何千年にもわたり、この場所を歩くという人々の意識が、この文化を文化たらしめる。そんな風景を支えるように、道の一部は自然な石であったり、いつかの時代に整備したであろう石段だったりが敷きつめられ、人が目印として植えたであろう大きな杉がさらに道を道たらしめる。ただの道ではないのだ。積み石、杉、敷石、祠、湧水飲場と人と道の触れ合いが一つの道を通して伝わってくる。

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そして、数キロ、数十キロごとに、時には山奥、時には川沿いにふと集落が現れる。なぜこんな場所に、と疑いたくなる。それが古道を古道たらしめる。地形に逆らうことはせず、地形に沿って家や倉庫、畑や田んぼをつくり、湧水を家まで引っ張ってくる。目の前の生活を大事にしてきたであろう集落の景色が広がっている。昔からある休み所は現代らしい形で今も残る。温泉しゃぶしゃぶなんて洒落た食事を食べられたり、山奥の地産地消のような食事をすることもできるゲストハウス、旅館、ホテルがある。歩く人を、地域が支えている。それは、資本主義や効率の良い社会、フォードが作ったと言われる週休2日というシステムとは縁遠い時間の流れである。人間は元来日が昇って、日が暮れる頃には休んでいたはずだ。そう考えると熊野古道は歩くことを通じて、その人間的な社会から離れるには最高の環境なのかもしれない。時間をどう使うのかを問われる現代だからこそ、まずは人間らしい時間の流れを捉えるために、熊野に行くという楽しみは、人間を人間たらしめる、のかもしれない。

「ふぅ〜、もう少し。」

熊野で修行したお坊さんが開山したと云われる十和田湖。長い時間をかけて歩いてきた人々が最後にたどり着く神域ともいえる場所にある。熊野古道を歩く感覚は、現代では湖でカヌーに乗る感覚とも似ている。それは、時間が蓄積された自然の中で身体を動かすとともに感じるという共通点がある。それは薪ストーブの前で座っているだけでも感じることはある。おそらく、身体は動かしていないけれど、薪ストーブから伝わる熱の波動による皮膚の触覚と、薪が割れる時の「ぴきっ、ぴきっ」といった聴覚も刺激されているからではないか、と思う。ふと、頭をよぎる。
「総合体験。」「熊野古道は圧倒的な時間の蓄積に裏付けられた、視覚、嗅覚、触覚、聴覚を利用した総合体験なのかもしれない。そして、宿ではもちろん味覚を味わう。つまり、五感を利用した地域の総合体験なのかもしれないと。」(碧 Ao)

「そういうことだよなぁ。例えば、多くの観光地で土産物屋がつまらなく感じるのは、物しか売っていないからかもしれない。これからは総合体験で、どうそれが物として売れるかかもな。」

「今度、十和田湖でどういうことが出来たら楽しいか改めて考えてみよっと」と、小説家ならぬ妄想家の碧は、今日も妄想をはじめるのである。

(第二話 熊野古道編 完)

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