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赤い蝶の千代は出されたスイーツを自重しない!

 赤い蝶だった。
 少しでも時間が遅れると、太陽の暑さでクラクラして参ってしまう季節。朝早く起きて支度をして家をでる。お寺の住職さんが、入口の門を開ける6時丁度になる位に歩く。
 墓の掃除を済ませる。まだこの時間だと他の人は、いない。しかし今大事なのは、シャツの背中側が、暑さで、自分の汗をたっぷり吸って肌に張り付き重量を持ち始めてプチ筋トレの装着ダンベルの様にならない事。昼や夕のシャツ交換をする時が、とても恐ろしい。どれだけの人に伝わる事だろうか…
 話を戻すと墓掃除を済ませてバケツと柄杓を軽く水洗いして持ってきた線香とライター、タオルやスポンジ、小さいゴミ袋等をまとめている時、地面を這って進んでいる大人の手の平サイズを超える大きさの赤い蝶を見かける。羽はよく見れば、所々切れたり、穴があったり蜘蛛の糸やゴミクズがついて汚れている。
 それを無視すればとてもキレイな赤色の羽だった。
 黒い蜘蛛の糸が、固まりで付いていたのもあって蝶の進行の後をチラッと見ると、これまたよく育った蜘蛛が、一匹、赤い蝶に向かって歩いて近づいて来ているのがわかった。
「もう、この蝶は、駄目だな、もうじきこの蜘蛛のエサになるのだろう。」そう、つぶやいてた所、風がふわっと吹いて赤い蝶が自分の足元まで運ばれてきた。そのまま立ち去ることもできたが少し動くのが遅かった。赤い蝶は、自分との残りの距離を必死に歩み寄ってスニーカーの上によじ登ってしっかり掴まった。
「あー、縁が、できたな。じゃあ蜘蛛には悪いが、この子は助けないと仕方ないな。」
 僕は、そっと蝶を大事につまむと、そのまま家へと持ち帰った。
 家に帰るととりあえずいつものテーブルにタオルを敷いてその上に
蝶を置く。ピンセットを引き出しから取り出して取り除ける範囲で、蜘蛛の糸やゴミクズを取り除く。
「よし、こんなもんだろう。」羽が破けてしまっているのはどうしょうもないが、見かけた状態よりかは見栄えは、良くなった。やっぱりこの蝶の赤い羽はキレイだな。改めて「いいね」と高評価する。「さてと、何かあったかな?」サッと立ち上がり辺りを見廻す。で、キュウリの切れ端とか蜂蜜を水で溶かしたものを用意して蝶の近くに置いておいた。「食べるかな?」よくわからんかったけど…そのまま放っておいたらキュウリは歪に小さくなってたし、蜂蜜水も減ってたりしてた。肝心の蝶は、窓を開けといたからだろうか、いつの間にか居なくなっていた。
 次の日からなのですが、独り暮らしの朝ごはんを済ませていると赤いワンピースの女の子がちょこんと座っているんです。とても可愛らしくてニッコリとこっちをみてモゾモゾしているのですが、「誰だ?」としか思いつきません。そのまま警察に電話をかけたのだけど、プ、プ、プ、プ、と、音がするだけでいつまでたっても繋がりません。15分位して疲れたので、一旦電話の通話をやめた。それで、女の子に名前を聞いてみたけど、いまいち聞いているのかいないのかゆらゆらして伝わらなかったので、フト女の子の赤いワンピースに昨日の赤い蝶がイメージに重なって見えたので、チョウから「千代(仮)。」と、呼んでみたらますますモゾモゾとし始めた。
 そして冷蔵庫から食べようと思ってたプリンとフルーツジュース、バナナを持ってきて出してやると喜んで食べた。モリモリ食べてる…食べ終わると、僕の周りをぐるぐると歩き回り始めた。「目が、回るちょっと待って!」手を伸ばすと背中にペタッと貼り付いた。「千代?」軽かった。動かすのもどうかと思ったので、テレビをつけると高校野球の中継が始まっていた。一試合終わる頃、後ろを見ると誰も居なかった。「あれ、居ない?!」テレビの音声だけが部屋に残った。
 そういうわけで不思議だったが、次の日からも千代は、テーブルの脇に座っているということが続いたので、桃とか梨とか葡萄とか甘い果物とかチョコレートケーキやアップルパイとか甘いものを準備してそれとなく生活してたみた。で、食べ終わるといつの間にか居なくなっていた。
 5日目位に「千代、食べながらでいいから少し聞いて!」と、千代のワンピースが、所々破けてたりしているのが気になって直してもいいか?と、聞いてみた。千代は、そのまま立ち上がりすぐに着ている袋をサッと脱いだ。そして、すぐ食べる作業に戻る。悪い感情を抱いてのものでなかったが、千代を余り見ない様にしてワンピースを受け取り、チクチクチクチク裁縫する。下手くそなりにね。「今日は、上手くできたな。」食べ終わった千代も栃からその作業を隣に座ってじっとしていた。
 1週間位だろう、盆が明ける頃、千代が、モリモリ食べている時に鼻歌交じりに讃美歌を歌っていたらしい、千代は、食べるのを少し止めて聞いていた。その時、部屋の花瓶に久しぶりにわずかばかりの花を飾ってあったので、今日の分のさよならが近い千代に1本抜いてあげた。千代は、花を顔にくっつけて喜んでいた。「ありがとう!…☓☓さん!」ふいにこっちを見てそういった風に聞こえたので。千代をよく見なおそうとしたとき、居なくなっていた。
 そしてその日を境に千代の姿を見つけることは、無かった。
 線香の煙が揺らめいて宙へと拡散していく…開け放した窓から今、1羽の赤い蝶が、ひらりと飛んで行った…気がする。今日も暑そうだ。
 

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