児童養護施設に初の看護職員として就職した際の雑記
看護師の仕事
看護師として働いています、と聞くと皆様はどんな事をしていると想像するでしょうか。
点滴や注射、確かに看護師の仕事のイメージとしては一番かもしれませんね。
救急処置や手術介助、医療ドラマは救急や急性期分野の話が多い気がします。かっこいいですからね。(ちなみに急性期とは手術の前後や病気になってすぐの不安定な時期の事です)
あるいはドラマならばナースのドタバタコメディなどもあるでしょうか。いや古いですね。昨今はあまり見ない気がします。
けれど皆さんに共通するのは病院でナース服を着て働いている姿ではないでしょうか。
実は看護師というのは様々な働き方があります。
企業、保育園、学校、旅行、リゾート地、あるいは公務員など。
いたるところに看護師というのは潜んでいるのです。
医療知識があるというだけで結構便利ですからね。いざという時には呼ばれる訳です。
では『児童養護施設』と聞くとどうでしょうか。
何をしていると思いますか?
子どもの世話? 病気の対応? 養護教諭みたいな仕事?
正解は『自分でもよく分からない』です。
ごまかしている訳でなく、本当に素直な感想です。
私はその施設で初めて就職した看護師だったのです。
つまり施設も私も『児童養護施設で看護師に何をさせるのか』というノウハウが無かったわけですね。
そこから試行錯誤の仕事が開始しました。
人手が足りない時には現場で子どもの面倒を見ます。子どもと一緒に遊ぶわけです。また送迎をしたりもします。
病気の対応はしますね。ようは寝込んでいる子どもの世話です。
職員の方へ感染症などの研修をしたりもします。あと薬や病気の説明等も。
他にはワクチン接種や病院への通院なども対応します。
また、実は私が看護師(事務職員)として就職しているので事務の仕事もしています。いざという時に看護師の仕事を中心に動けるように簡単な物です。
そして子ども達から聞かれる訳ですよ。
「看護師の先生っていつも何してるの?」
さて、先生は一体何の仕事をしているのでしょうか?
自分でも良く分かりません。
そもそも児童養護施設って?
そういえば、まずは『児童養護施設』について話をしておきましょうか。
一般的には、何らかの理由で家庭で生活できなくなった未成年の子どもが入居する施設、となります。
もしかしたら『孤児院』という言葉の方が馴染みのある人もいるでしょうか。
しかし今は孤児院という言葉はあまり使いませんね。
というのも、現在は一概に孤児の子どもが入所する訳では無いからです。(もちろんそういう子どもも存在します)
例えば虐待。例えば親が病気に。例えば他の家庭的な事情で。
一時保護や措置などの言葉を聞いた事がある人もいるのではないでしょうか。(緊急時などに子どもを施設に保護できる制度の事です)
そのような子どもが生活している施設になります。
正確には『児童養護施設』や『乳児院』などいくつかの分類があるのですが、今回は『児童養護施設』の話です。
年齢も様々です。だいたい3歳ほどから18歳までの子ども達が生活しています。(この辺りは昨今制度が少し変わってきています。高校を卒業しても延長できたり等)
家庭的な問題を抱えた子ども、と聞くと皆様身構えてしまうかもしれませんね。
私もそうでした。
しかし実際の所、一番に感じるのは『子ども』というのが感想です。
小さい男の子はいきなりおもちゃで切りかかってきます。
サッカーに誘われもしますね。
女の子はおままごとでした。
おもちゃを口に入れられます。
そして中高生なんかは最初少し遠巻きに観察をしてきます。
いきなり来た一回り以上年上の大人に何でも相談しろ、というのが無理からぬ話です。
看護師だからと言っていきなり信用は得られません。
少しずつ信頼を築いていきます。
そこに『児童養護施設の子ども』というのはいません。『児童養護施設の子ども』だから、という特別な対応は無いです。
もちろん必要な事はあります。
家庭から離れた事で精神的に不安定になってしまっている子もいます。
同年代との集団、それも施設のルールの中での生活というのはストレスが溜まります。
学校、就職、外出等々。制限や考えなければならない事。また施設職員が回収しなければならない事等々。
『児童養護施設』だからこその問題はやはり出てきます。
ただそれでも、過度に『児童養護施設の子ども』だからと警戒する必要は無いとも思っています。
その子はどんな子なのか。
結局の所、必要なのはこの考え方のような気がします。
そこは他所で人と関わる時と変わりません。
「初めまして。こんにちは。よろしくお願いします。ところで貴方はどんな人ですか?」
私は人間のコミュニケーションの究極はこの事にあると思っています。
「私はこんな人間です。貴方は?」
『児童養護施設の子ども』という先入観を持って関わると痛い目を見たりします。
以前の仕事の際『決めつけ』でちょっとやらかしてしまった私の戒めです。
そんなこんなでちょっと気難しかったり、我儘だったり、元気だったり、甘えたがりだったり。
いろんな子ども達が生活しているのが『児童養護施設』となります。
私の言っている事は理想論でしょうか?
現場はそんな単純に行かない。その子が『児童養護施設の子ども』には間違いないだろうが。おためごかしを言いやがって。等々言われてしまう事でしょうか。
実際の所、この心持ちは私の考えです。
それぞれの意見があると思います。
これはただ児童養護施設で働いている看護師である『私』個人の意見ですしね。
児童養護施設の看護師の仕事:子どもの通院
「○○が痛い」
さてそれでは。
そんな児童養護施設で働く看護師の仕事の話です。
一番多く行う業務の話からしましょうか。
それは病院への通院です。
子育てをしている方なら、子どもが急に「○○が痛い」など言う事があるのではないでしょうか。
あるいは今日はなんだか機嫌が悪い。身体を触ると熱い。鼻水が、咳が。帰ってくるときに怪我をした等々。
子ども数十人が一緒に生活をしていると多々そういう事が起こります。
小児科、内科、耳鼻科、皮膚科、眼科、歯科、整形外科。どこに行けばいいのかを判断し連れて行きます。
また学校の健康診断の結果や、施設の基準としての検診があったりします。
そこで問題が見つかればさらに通院です。(学校検診の後は机にちょっとした山のような書類が溜まります。虫歯め……)
いやそれは看護師じゃなくても出来るじゃん、と思われる方もいるでしょう。
けれどこれがなかなかに大切な業務なのです。
基本的にどこの施設も人間が潤沢にはいないと思っています。
そんな中、現場の人間を一人、子どもの通院に出すとしましょう。
送迎に数十分。受付から診察まで、1時間程でしょうか。もっとかかる時もありますね。さらに帰園後には通院の記録を書きます。誰が行ったのか。何処に行ったのか。病名は。薬は。再受診の必要はあるのか。今後の対応は。
この業務を他の子ども達の対応と並行して行わなければなりません。
つまりここで看護師の出番です。(最初に書いた『いざという時』ですね)
通院の流れ
流れとしては現場の先生から連絡があります。(朝礼や内線や電話など様々)
「○○君が□□と言っている」あるいは「△△ちゃんが朝から××をしている」
そこからどこに行くのか決めて通院の準備をします。
病院へ電話。診察券や受診券の準備。(受診券とは施設や里親で生活している子供たちの医療費を支給してもらう物です。受給者証とも言いますね。これさえあれば医療費が全額公費負担になります。……たまに更新ミス等で厄介な事になりますが)
そして子どもを連れて病院へ。
問診表などを記入できない子どもは私が記入します。
病院職員からの「親御さんは少々外でお待ちください」という言葉に面倒なので否定せず。(後で子ども達からネタにされます。いや他の患者さんがいる前で説明できないから……)
医師からの説明を聞く。「ご家庭ではどのように?」「あ、いえ。施設で生活をしていまして」「あ、そうなのですね……」
そしてさっきまで喋ってたのに、医師からの質問には口では無く首しか動かさない子ども達。
説明後の子ども「それで結局何だったの? 薬飲めばいいの?」
説明ぇ……。
帰園中の子ども「早く帰ってTV見たい」
病気ぃ……。
帰って記録を書いて現場の先生の報告を行う。
これで終わりです。(一部表現にまれによくある例を挙げてあります。ご注意ください)
後はワクチン接種などですね。これも基本的な流れは一緒です。(ワクチンはその前後が色々あったので、それはまた後に)
通院の問題点
しかしこの業務、実はある問題が発生するのです。
何だと思いますか?
それは私と出かける=病院や歯医者に連れていかれる、という刷り込みが子ども達の間に出来上がってしまうのです。
中高生なら特に問題はありません。
私に声を掛ければ病院に連れて行ってもらえる、というある種の信頼が生まれるのです。
問題は小さい子どもです。
出勤後、私は施設に残っている幼い子ども達に挨拶へ行きます。
・数日前に病院で注射を打った子ども「怖い……、怖い……(泣)」
・前日歯医者に連れていかれた子ども「お出かけは嫌っ!!(怒)」
・熱を出して私が看病していた子ども「○○先生は!? どこ!?」
心当たりがありすぎますね。
私は普段現場に居ないので、子ども達の中で『たまにやって来て病院に連れていく先生』となってしまうのですよね。
そうならないために時間を見つけて、子ども達に声をかけに行ってはいるのですが、はい。
御覧の有様です。
幸いこれは数日で収まってくれます。
何かあった後の数日間の我慢ですね。
……たまに「抱っこ嫌!!」と逃げられますが。たまに。……本当にたまにですよ?
児童養護施設の看護師の仕事:病院との仲介
先生、どうすればいいですか?
それから私が大切だな、と思っている業務をもう1つ。
病院と施設の仲介です。
さっきの通院と一緒じゃないの、と思われる方も多いでしょう。
確かに通院と関連しています。しかしそれだけでは無い、と言いますか。
例えばの話です。
皆さん、子どもの訴えや症状等どの程度で病院に連れて行きますか?
「頭が痛い」「お腹が痛い」
どうでしょうか?
「熱がある」「咳や鼻水がでる」
これならば?
「食べたらぶつぶつが出てきて痒い」「息が苦しい(ヒュー、ヒューという呼吸音)」
これは救急車を呼びますね、はい。(幸いまだ経験していません)
とまぁ、何が言いたいのかと言うと、こういう判断が看護師に降りかかって来るのです。
病院ならば常勤の医師がいます。障害もしくは高齢者施設によっては毎日ではないにしても、定期的に訪問があるところもあります。
しかし児童養護施設には医師が在籍していません。
当たり前ですね。
重度の医療的な処置が必要な子どもは別の方面の施設に行きます。
精神的、あるいは肉体的疾患に罹っている子どもはもちろんいます。
けれどそれはあくまで自宅で生活できると判断される程度の子どもです。(実際の所『自宅で生活できると判断された』と『実際に自宅で生活できるか』というのは少し違うのですが。家庭環境や利用できるサービスの違いもありますしね。けれどここでは置いておきます)
少し話がそれましたが、看護師が判断する範囲が病院よりも広く感じます。
何の症状が出ているのか。この症状で通院すべきなのか。何処に行くべきなのか。あるいは市販薬で対応すべきなのか。
この事が上手くいかないとどうなるのでしょうか?
大量の診察券
まず私が施設の就職したばかりの時の話をします。
私は子ども達の記録を読むことにしました。情報収集というやつです。
その一環で保険証や母子手帳を開きました。
そこにあったのは大量の診察券でした。
・何故、同じ科の別の病院の診察券が複数あるのか。(片方は潰れた、あるいは片方が評判が悪い。もしくはその時に緊急で開いていなかった等)
・この病院聞いたことないな、どこだだろう。(その子が以前住んでいた地域の物)
・この子どもの名前聞いた事無いな。(もう既に退所した子どもの物)
これは別に今までの先生たちを批判している訳ではありません。
その時々の最善を尽くした結果なのだろうな、と理解できますし共感もできます。
しかし初見ではギョッとします。
またかかりつけが無いに等しいので、その都度どこに受診するか考え、どこを受診した事があるのかを考えなくてはなりません。(これの何が恐ろしいって、お薬手帳を忘れて別々の病院から薬を重複して貰ってきたリするのですよね。名前が違うけど同じ薬とか。次で詳しく話しましょう)
薬の管理
さて皆様、ちょっと下の単語をご覧ください。
ペニシリン、ベンジルペニシリン、アンピシリン、アモキシシリン、ジクロキサシリン、オキサシリン、カルベニシリン、チカルシリン。
これ、なんだと思いますか?
正解はペニシリン系製剤の一例です。
これ、実は同じ系統の薬なのです。よく見ると語尾が似ているでしょう?
「分かる訳ないだろ!!」と思った方、その通りだと思います。
私も看護師になったばかりの頃思いました。(アドレナリン=ボスミンとか、知らないと本当に怖い話……)
看護師でも混乱してしまいそうになるのですから、医療知識が無いのならなおさらです。
そういう背景で起きた問題です。(そういうミスを無くすためにお薬手帳があるので、心配になった人は安心してください。基本的には病院や薬局で防がれます)
とは言ってもかなり単純な話なのです。
ある子どもが熱を出して病院を受診し『抗生剤』と『解熱鎮痛剤』を貰ってきました。それ以外にもいくつか薬が処方されましたが、今回関係があるのはその2つです。(『抗生剤』とは細菌を殺す薬、『解熱鎮痛剤』は痛みと熱を抑える薬です)
しばらく経ち、その子が歯医者に抜歯へ行きました。ここでお薬手帳を出し忘れてしまったそうです。勘の良い方や医療関係者の方は気付いたかもしれませんね。はい、ここでも『抗生剤』と『解熱鎮痛剤』が処方されました。ちなみに薬の名前は別の物でした。
私が気付いたのはその子が帰ってきて、処方された薬の確認をしていた時です。(はい、犯人は私です……。きちんと確認しておくべきでした……)
ちなみにすぐに病院に謝罪と状況報告の電話を行い、薬の調整で対応できたので安心してください。
私がしばらく反省と自己嫌悪で落ち込んだだけで被害は済みました。
病院だと電子カルテで全て管理されていたり、あるいは院内の薬局で管理されているので基本的にはあまり起きません。
そして複数の病院に掛かっていてもお薬手帳などの確認で防ぐことができます。
皆さまお薬手帳は忘れないようにしましょう。(本当に……)
ワクチン接種
またワクチン接種の問題もあります。(上記の『通院の流れ』で後回しにした話です)
皆さん、子どものワクチン接種スケジュールを見たことがありますか?
私は入職して初めて見ました。
子どもが打たなければいけないワクチンはゆうに10種類を超えます。これ自体は良い事です。予防できる病気が多いにこした事はありませんからね。
問題はスケジュールです。
予防接種と言うのは複数回接種しなければならない物も多いです。
一応、児童養護施設は3歳前後からの子どもが入所するので、2歳までに必要な予防接種は終了している事が多いです。(終了しています、では無いのが今後の伏線です)
家庭環境の問題で接種ができていない子どもも存在します。(伏線回収終了)
そんな子ども達のべ数十名のワクチン接種のスケジュールを立てなければなりませんでした。
しかしここで問題が出てきます。
子ども達が今までに何を接種しており、何を接種しなければならないのかすぐには分からないのです。(伏線回収の結果)
今まではそれぞれ担当の先生が管理していたという事でした。
さて皆さん、私はどうしたと思いますか?
どうすればこの状況でワクチンのスケジュールを立てられるのでしょうか。
はい、正解は母子手帳で1人1人確認する、です。
私は数十人分の母子手帳とにらめっこをして一覧表を作成しました。
そこから受けていない物を抜粋。年齢と照らし合わせて受ける必要があるもの、まだ公費負担で受けられるものをピックアップしていきます。
一覧表の作り方?
エクセルで手打ちです。(後任の方、申し訳ありません。私は安易にセル結合を多用してしまっています……)
さぁ、これで抜粋も終了。さっそく接種に行こう、……とはなりません。
予防接種に必要なとある物が無いのです。
それは『予診票』です。
子どものワクチン接種は役所で管理されています。
ゆえに私は管轄の窓口へ電話をしました。
私「あの、私、児童養護施設で働いている看護師です。実は~(事情説明)」
相手「かしこまりました。確認しますので児童さんのお名前をよろしいですか?」
私「……数十人、います」
相手「数十人、ですか……」
私「はい……」
相手「多い、ですね……」
私「はい……」
最終的に私は複数回に分けて予診票を受け取りに行きました。(対応してくださった職員の方、本当にありがとうございます)
これでようやくワクチン接種に行けます。(私の机の上には予診票の山ができています。おかしいですね、ちょっと前にもこんな事あった気が……)
病院に連絡して予約を取って。学生などは長期休みの際にまとめて連れて行って。小さい子には嫌われて泣かれて。(最初の話に繋がります)
こうして私の最初の大仕事は過ぎていきました。
え、新規入所の子どもが来る?
……母子手帳は持ってきてますか?(エクセルに行を挿入しつつ。後任の方、本当に申し訳ありません……)
病院って大変
さて、ここまでが病院と施設の仲介の話の内容になりました。
医療関係って面倒な事が多いですよね。病院選び、ワクチンの手続き、薬の名前等々。
受診する側になって初めて理解した事も多いのです。
診察の待ち時間とか。
小児と一緒の時の待合室の大変さですよ。子ども用のスペースがある病院のありがたみったらありません。
子どもの通院とか。
泣かないで、ね。お出かけするだけだから。注射はしないよ。お医者さんに診てもらってお薬貰おうね。え、先生とのお出かけが嫌……。そ、そう……。
えぇ、本当に色々と大変ですよね。
最後に
最後にここまで読んで下さった方へ。
どうもありがとうございます。
何の気なしに書き綴った文章でしたが、皆様の児童養護施設の理解の一助になったのなら幸いです。
皆様の児童養護施設への印象はどうでしょうか。
なんだ、家の子供と変わらないじゃないかと思ったでしょうか。
それとも、児童養護施設って大変そうと思ったでしょうか。
正直に言いますと、大変な事は書いた以外にもあります。
それぞれの家庭環境によって保護者への対応も変わってきます。学校や児童相談所とのやり取りも必要です。子ども同士のトラブルやその子特有の問題点(詳しくは書きませんが発達障害との関連など)もあります。
しかし幸いにも、この仕事に辞めたいと思った事は今の所ありません。
看護師として出来るだけの事を子ども達にしようと考えています。
そして願わくば、施設を出た後に私の事を忘れてしまっても、病院の受診や病気との付き合い方などの知識は残ればいいと思っています。
そんな私ですが、取り急ぎ今は次回出勤日の幼い子どもの受診をどのようにして連れて行こうかと頭を悩ませています。
さて、今度は何と言われるのでしょうね?