私だけが、この通りで傘を差している。通りの空は、ほとんど雲のないはっきりとした青である。が、ただ一点、私の上空のみ激しい灰色の雨が降っているのである。雨は私の傘に刺さると共に失せるので、当然ながら、地上に落ちることはない。とはいえ、体に直接雨を当てる訳にはいかないので、私が傘から逃れることはできないのである。
   いつもどおり、すれ違う人達からの奇妙気な視線をくらいながら歩いていると、正面から、古西欧風のシャビーな傘を差す女が見えた。自分にとって女の傘は、自らの奢靡な傘以外では、初めて見たものであり、変な緊張と興奮に骨まで震えた。
   私は女に問う、「あなたは、何故傘を差すのか。あなたには、雨が降っていないではないか。」
   女は応えて言う、「私にも雨が降っているのです。私は顔が醜いのです。醜いから傘で顔を隠しているのです。灰色の雨と通りの跫音が捩れて、私に傘を差させるのです。私は醜いのです。」
    私は口を開き、言う。「そんなことは、無い。女は皆美しいのである。さァみせなさい。さぁ。」私は女の傘を取り、こう呟いた。
     「あぁ、なんと醜い顔だこと。」
   女は走っていった。傘を置いて。私も傘を置いてみた。灰色の雨はもう見当たらない。私は少しため息をつき、通りを歩き出した。
   今日も少しの曇りもない空の下を人々の跫音が弾んでいる。


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