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手裏剣を渡す話

手裏剣の稽古をするためには手裏剣が必要である。
たいていの人は稽古を始める際に自分で代用品を見つけるか、もしくは今ならインターネットで手裏剣を購入する人が多いだろう。また、数こそ少ないが実店舗でも非常に質のいい手裏剣を扱っているところもある。
しかし手裏剣と一言で言っても大きさも形状も多種多様であるから、まずは悩むだろう。それに、決して安いものではない。
手裏剣は1本あたり2,000円から4,000円のものが多く、3,000円前後が平均的な価格ではないだろうか。ただし形状などのこだわりがある場合、さらに上の価格帯の物も多く存在する。手間がかかれば当然価格に転化される。こだわってオーダーメイドをすればさらに高額になる。製作してくれるところを探すのも大変だ。もし仕事を引き受けてくれる鍛冶屋や打ち刃物の職人に運よく出会えたとしたら、形状にもよるが価格は1本あたり5,000円から要相談といったところだろう。
1本あたりでその価格である。手裏剣は1本でも練習できるがある程度本数があったほうが練習しやすいとされている。流派にもよるが5本から9本程度を1セットとして扱うところが多い。予備も含めればさらに多くの本数が必要になってしまう。
形状が気に入ってもそれが自分に合うか合わないかは打ってみるまでわからない。買ったはいいがどうしても合わないものも存在する。
また、気に入ったものが一点ものだったり自作だったりで同じものが複数本用意できないこともありうるのだ。
だから自分に合う手裏剣は出会いのものだ。
フランスの美食家、ブリア・サヴァランは「新しい料理の発見は、新しい星の発見よりも人間をしあわせにする」と言った。
手裏剣術を稽古する人間にとって自分に合う手裏剣と出会えることはまさにそれと同じかそれ以上の発見となる。
私は購入したもの、注文製作したもの、自分で作ったものをすべて合わせれば200本~300本ほどの手裏剣を持っている。その多くは使える素材を見つけて自分で加工したりしたものであるが、大きさや形状は様々なものがある。
もちろん、私はコレクターではないのですべて実用品である。
これでも多くの手裏剣を人に譲ったりした。

私自身は手裏剣の稽古を始めた当初から本格的な手裏剣を手にして練習する事ができた。父親も武道をしており道場があったので手裏剣も練習場所もあった。そういう意味で私は本当に恵まれていた。その上で自分の手裏剣を探し始め、打法や身体操作などの研鑽を積むことができた。
さらに、手裏剣術に迷った時には必ず手を差し伸べてくれる方がいた。遠い場所で手裏剣術流派を受け継いだ御宗家の先生、有名な武術研究の大家の先生、そう言った方々が打法のアドバイスをしてくださり、そしてご自身が使っている手裏剣を私に渡してくれた。
本当に私は恵まれている。お礼を何度申し上げてもとても足りないくらいにたくさんのものを頂き助けられてきた。手探りで手裏剣を練習し始め、なにもかも上手くいかなかった時の一言がどれだけありがたかったことか。渡されたご自身の剣がどれだけありがたかったことか。
使い込まれた手の跡を見て手裏剣の持ち方や飛び方を想像し、それがどれだけ私を助けてくれたことか。
今でもその先生方とは連絡を取らせていただくが、今をもってご活躍されている先生方に対して私が何かを返そうとしても返すものが見つからない。
しかし感謝の気持ちは示したい。
だから私は先生方から受けた御恩を先生方ではなく、他の人に返すことに決めた。手裏剣を始めた人や悩んでいる人には機会があれば手裏剣を渡すようにしているが、それは私がしてきていただいたものをお返しする絶好の機会なのだ。
手裏剣は感覚によるところが大きいから合う合わないが人により大きく違う。私が使ってみて全然感覚が合わずにいる手裏剣も、誰かにとっては最高に使い心地のいいものだったということもあり得る。だから私は手裏剣を自作する時には自信を持って作業を続ける。私にとって使い勝手が悪くても誰かにとって合うのであればいいのだ。そう考えればつまり、私の手裏剣作りに失敗の文字はないと言うことになる。失敗がない、これほど愉快なことはない。
ふとそう考えるようになって周りを見ると、どうやら私の武道の先輩にして私をこの手裏剣の沼とも言える場所に突き落とした方もまた同じことをしていた。それどころか手裏剣術を普及させるためならばと自分の愛用の手裏剣でも人に渡してしまうほどだ。
どうやら私が見つけたと思った道は連綿と受け継がれてきた道らしい。
それであればこそ、私から手裏剣を渡された(押し付けられた)人たちがふとお返しをしたくなった時には何卒私ではなく他の誰かに返してほしいと願う。そうしていけばこの手裏剣の沼はもっと深く広くなる。もしかしたら海にだってなれるかもしれない。私も先輩も先達の方々もそれくらい、汗も涙も流してきたのだ。この海の先にまだ見たこともない世界が広がっていると思えば日々の練習もまた楽しみが増すというものだ。

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