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【躁鬱日記#10】弱さを認める強さ

こんにちは、いぬっちです。

躁鬱日記を始めて、今日で10話目らしいです。
何をするにも3日坊主だったいぬっちが10日(連続ではないですが…)も続いたことにとても感動しています。
#30とかまで行ったらいいなあ、#100になるころには書く内容も洗練されているのかなあ。
そんな期待をしながら今日のお話に入ります。

いぬっちは、強くないです。
どちらかというと、弱いです。
怒られると泣いてしまう、ちょっと注意されただけで萎縮してしまう。人が怒られている場面を見ているだけで心が痛くなる。人の感情についてあれこれ考えて病んでしまう。相手の気持ちを考えた結果伝えたいことを伝えれない。
まだまだあります。

双極性障害になる前のいぬっちは、成長するには自分の弱い部分から目を背けず、徹底的に直すことが必要不可欠だと思い込んでいました。
自分の弱い部分が自分をダメにしているんだと。

そんな思考なので
どんどん自分が嫌いになって、自分の価値がわからなくなって
鬱状態へまっしぐら。
最初は自分を律するための思考が
いつしか自分はダメなんだという洗脳にかわりました。
誰に何かを言われたわけでもないのに、泣きながら登下校していた。とても悲しい日々でした。

そこから躁転、鬱転を何度か繰り返し
今は自分のことを受け入れられるようになりました。
自分が好き、というより今の自分でも良いんだという感覚に近いです。

こう言い切れるようになったのは、
どこかで出会った言葉のおかげです。

"強さとは、弱さを認められることだ"

弱い部分があるから弱い、
強いメンタルがあるから強い。
そうやっていぬっちを縛り付けていた鎖が
この言葉によって少しずつ解けていきました。

いぬっちは弱い部分がたくさんある。
でもそれでもいい。

すぐ泣いちゃうのは人より感情が溢れやすから。
怒られているの見ていられないのは、人の気持ちに共感しやすいからだ。
あれこれ考えてしまうのは、想像力や配慮する力があるからだ。
自分の弱い部分についてあれこれ考えてしまうのは、考えることを放棄できないからだ。

全部いぬっち長所になりました。

よく長所は短所の裏返しなどといいますがまさにその通りです。
強さを自覚したことで、必然的に弱さを愛すことになりました。

いぬっちは最近、たくさんご飯を食べてしまいちょっとお腹が膨れてきました、そんないぬっちも愛おしい。

だって、鬱状態の時は水を飲むだけで精一杯でしたから。

では、今日も穏やかに🍀

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