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金字塔 落ちる夕陽は冥土の土産 意識揺らめき影もまた

19世紀の覇権国家イギリスから出発し、ローマ帝国で栄えたイタリア、そして古代ギリシャの哲学者が集まったアテネの上空を通過し、飛行機はエジプトに向かっている。まるでこれまでの歴史が5時間というフライトにキュッとまとめられたみたいに、そしてそれを逆再生するかのように、歴史上の大都市を飛び越していく。アフリカは人類が誕生した場所でもあるのだから、もっと大きなスケールで考えてもいいのかもしれない。とにかく、飛行機は予定通りカイロ国際空港に到着した。

カイロ国際空港からタクシー

入国ビザを取ってすぐに入国できた。SIMカードの設定に少し時間が掛かったが無事にインターネットに接続し、街に向けて出発。ウーバーを使おうと思ったけど、話しかけてきた人が、なんとなく信頼できそうだったから、その人の案内でタクシーに乗った。空港から、ピラミッドの近くにあるホテルまで車で1時間。カイロの街は今まで見たヨーロッパの他の都市とは全く違う、狂気的な活気みたいなものを漂わせていた。

車窓から見えるピラミッドのてっぺん
ホテルはギザ地区

道中、高速道路からピラミッドのテッペンがちょろっとだけ見れる箇所があり、運転手が車を止めてシャッタータイムをくれた。自分たちがカイロの街に驚いている様子を見て、誇らしげに感じているようだった。ホテルにチェックインをして、部屋に荷物を置くと受付の人が屋上まで案内してくれた。ホテルはギザ地区にあり、ピラミッドも目の前。オレンジ色に染まった空にピラミッドがよく映えていた。自分たちがピラミッドを見て喜んでいるのを見ているホテルの人もやはりどこか誇らしげで、やっぱりエジプト人はエジプトのことが好きなんだろう。

夕食を近くのレストランで済まし、ホテルに戻り、屋上でフルーツジュースを飲んだ。ピラミッドを目の前にして、みんなで歴史のことを調べたり、4500年という歴史が他の地域と比べてどれくらいの凄いのかを話し合ったりした。

チキンを平たくして揚げたもの

次の日、ホテルで朝食を食べた後、ピラミッドに向かった。エントランスに向かっていると、1人のおじさんが話しかけてきて、チケットはこっちで買うんだとか、入り口はあっちだとか、なんか無駄に親切にガイドしてきた。エリアの中に入ると、ラクダがどうとか、パノラマがどうとか、いろいろ勧誘してきた。普通に自分たちで見て回るからどっか行ってくれって言ったら、思ったよりも早く引き上げていった。この後も、ピラミッドの麓につくまで、幾度となく勧誘を受けたが、無視したり、興味ない感じを出してると、割とあっさりといなくなった。エジプトの客引きは世界一うざいとかネットで見たけど、質より量が多い。だからまあ、ある程度慣れて、軽くあしらえるようになれば大したことないと思う。

スフィンクスとピラミッド

クフ王のピラミッドの入り口を探す。地図も何もなかったし、周りのエジプト人に聞いても面倒なことになるだけだから、とりあえず、人の流れに沿って歩く。入ってきた側の反対側に入り口はあった。周辺には観光バスが多く止まっていて、すごく賑わっていた。

入口へは階段で
この細い道で人とすれ違うのは大変

ピラミッドの中はサウナみたいに蒸し暑かった。古代遺跡に換気なんて概念はなく、蒸し暑く狭い通路が奥まで続いていた。古代の王の墓に入って、あれこれ文句を言うもんでもないかもしれないが、全く快適とは言えない。狭い通路で行きと帰りの人がすれ違わなければならず、奥に行けば行くほど、蒸し暑く、酸素が薄くなっていく。途中プラズマクラスターが置いてあった。一番奥の部屋まで行き、写真を撮って、すぐに引き返した。出た時には頭がぼーっとしてしまうくらいだった。日陰で少し休むと回復したが、まるで夢を見た後のような気分だった。

ラクダが待機
ピラミッドの背景にもピラミッド

ピラミッドから歩いて10分くらいのところにあるレストランでレモンジュースを飲んだ後、ラクダを探しに出かけた。歩いていると、馬車に乗ったおじさんが話しかけてきた。「自分たちはラクダを探してるから、馬はいらない」と伝えると、「俺はラクダも持ってるから着いてこい」と言われて、馬車に乗ってラクダのいる場所に向かった。道中、オフィシャルと書かれた看板がある小屋に寄り道し、1時間で500エジプトポンドが規定料金なんだということをおじさんは主張した。あいにく、その時自分たちはアメリカドルしか持っておらず、高いレートで払わなければならなかったが、しょうがなく払った。ラクダは違う人が引き連れて行くらしい。

オアシス

ラクダに乗るのは初めてだったが、動くのも遅いし揺れもそんなになく、特に問題なく乗れた。「ピラミッドを横目に、砂漠でラクダに乗る」という体験ができただけでも、エジプト旅行の醍醐味は達成したと思う。乗り終わったあと、チップを請求されたのもあって、結局、通常の額の倍くらい払ったことになる。ここはまあ良い体験ができたことだし、少し大目に見よう。(旅人がみんなこういう思考だから、ぼったくり価格が横行するんだろう。そして自分もそれに加担しているらしい。)

まさにエジプト

最近、カイロにはエジプト文明博物館という新しい施設ができ、また現在、大エジプト博物館というのが建設中である。エジプト考古学博物館は古くからある博物館だが、そういった新しい博物館に展示品を持ってかれたりして、少し可哀想だ。と言っても、その展示数は凄まじいもので、これでもかというくらいエジプト文明の作品が収蔵されている。そしてどれもエジプトらしいデザインが施されていて、建物を出る頃には「もう博物館はお腹いっぱい」と感じるほどだった。

特に気になったのは、偽扉(ぎひ)と呼ばれる、多くの墓に装飾されていたという見せかけの扉。死の世界と現世を繋ぐものとして考えられ、死者がここを通って自らの肉体に出入りすると信じられていたらしい。日本だと死者が住むとされる黄泉の国と現世は三途の川によって隔てられている。こういう「隔てるもの」への意識は人類が共通して持っているものなのだろうか。

エジプト考古学博物館
エジプトの伝統デザート オムアリ

3日目はルクソールへの1日旅。飛行機の出発が遅れ、予定より1時間以上遅く到着したため、ただでさえハードなスケジュールがより一層大変になった。空港を出ると、すぐにタクシーを捕まえて、今日いろいろ見た後にまた空港に帰ってきたいという旨を伝える。交渉しても金額が思ったより高かったが、時間もないのでそれで出発した。

ルクソール空港
カイロよりも建物が低い

王家の谷に着いたのが16時。運転手には駐車場で待ってもらって、中に入る。チケットを買おうとしたが、もう閉まっており買えないと言われた。折角ここまで来たのに入れずに帰るわけにはいかず、お願いだから入れてくれと頼むと、「じゃあ金をくれ」と受付の人が言う。そしてお金を払うと、快くチケットブースを開けてくれた。さらに、もうすぐ閉まるから急いで回りなと、いくつかあるお墓のオススメと回る順番まで教えてくれた。賄賂でことがスムーズに進むのを身を持って体験した。

王家の谷を駆け足で巡り、駐車場に戻って運転手に次はルクソール神殿に言ってくれと伝える。この運転手は英語がほとんどできないらしく、コミュニケーションにすこし手こずる。でも、よく考えてみれば、英語が母国語でもない、アフリカの国で会話が通じる方がおかしい。江戸時代に遣欧使節団としてエジプトに来た侍たちはどういう風にコミュニケーションを取ったんだろう。結局、ボディーランゲージも使って、とりあえずルクソール神殿に向かってもらった。

王家の谷
内部は装飾でいっぱい

ルクソール神殿の入り口には、オベリスクと呼ばれる、ヒエログリフが刻まれた大きな柱が1本だけ建っている。元々は対になって、2本建てられていたが、残りの1本は現在パリのコンコルド広場にある。どうやらニューヨークにもロンドンにもオベリスクはあるらしく、記念碑として作られたエジプトのオベリスクは現代においては権力の象徴として利用されているらしい。

ルクソール神殿正面

ルクソール神殿には、ギリシャやローマを思わせるような膨らみのある柱が多くあり、ここがかつてローマ帝国の一部であったことが感じられる。パリであったり、ローマであったり、旅行で訪れた都市同士の繋がりを知るとなんだか身近なように感じて面白い。

膨らみのある柱

ルクソール神殿が見終わるとちょうど18時になった。イスラム教は今ラマダン中で、18時になるまでは何も食べれないし、飲めない。だから18時になるとみんな一斉に食事を始める。神殿の受付も警備員も休憩し、神殿前の広場は食事をする人々で溢れかえっていた。交通量も劇的に減っているし、自分にとっては凄く異様な光景だった。タクシーに戻ると運転手は少し上機嫌になっていた。ご飯を食べたから元気になったらしい。空港に向かう道中、どうやら「ラマダンお疲れ様」みたいな意味で車のクラクションを鳴らし合う風習があるらしく、車や人とすれ違うたびにクラクションを鳴らしていた。大袈裟に言えば、現代の技術である車と伝統的な文化であるラマダンの融合を見れたとも言えるかも。面白い。ルクソール空港を20時過ぎに出発し、ホテルに帰ったのは23時過ぎだった。

ライトアップ

旅も最終日。昨日の疲れもあって流石に本調子ていうわけでもないが、朝食をしっかり食べて街に出る。最初に向かったのはムハンマド・アリー・モスク。建物の中は大量の丸いランプで装飾されていて、すごく豪華な感じだった。19世紀に建てられた割と新しめのモスクで、少し高い丘の上に建っており、カイロの街を見渡すことができる。カイロはパリやロンドンと違って都市圏が広く、高い場所から見下ろしても街の外れを見ることができない。東京とどっちが広いんだろう。たぶん東京だと思う。

カイロの街並み

モスクの近くには、エジプト軍事博物館があり、近代以降に使われた武器の展示や、その歴史に関する説明があり、結構充実していて驚いた。確かにエジプトは地中海に面し、ヨーロッパとの交流もかなり早い段階からあったため、中東地域の抗争に巻き込まれるまたは、参加することが多かったのだろう。古代も近代もエジプトを含む中東地域の歴史はほとんど知識がないので、そのうち勉強しようと思う。

ムハンマド・アリー・モスク

ちなみに、カイロ内の移動は全てUberを使った。呼べばどこにでも来てくれるし、なんと言っても金額を交渉しなくて済む。おそらく普通にタクシーを使うよりも圧倒的に安いと思う。昨日、空港からホテルに帰る時に、タクシー会社の人に勧誘されて500エジプトポンドでどうだと言われたから、自分たちはこれから300でUberに乗るんだ、だからそれより低くするなら乗ってやると答えた。あっちは400まで下げるからと言ってきたが、こちらとしてはタクシー利用することに何のメリットもなく、じゃあ無理だと言ってUberに向かった。Uberを使う際、ある程度運転手と会話をしないと行けないし、車も自分で探さなきゃ行けないという手間がある。だから旅行に慣れてなかったりする人は行き先を言えばすぐに連れてってくれるタクシーを使うメリットがあるが、抵抗がないならばUberを使った方が安い。Uberの出現でタクシー会社も困っていることだろう。ということでモスクからUberを使ってハンハリーリ市場まで移動する。

ハンハリーリ市場

ハンハリーリ市場は観光客用のお土産から地元用の商品までいろんなものが買える市場で、イメージとしてはディズニー映画のアラジンの序盤のシーンでアラジンが傭兵みたいなのから逃げ回っている場所と同じ感じ。確かに、人々の騒めきだったり道の入り組んだ感じとかはまさにそのまんまだった。通りを歩くと「ニーハオ」とか「ワンダーラー」とか、「安いよ」なんて聞こえてきたりする。いちいち相手にしてたらキリがないから無視して歩き続ける。

エキゾチックなランプがたくさん

途中入ったお店で風景画のタイルを買ったりした。そこで現金を使い果たしてしまい、ポストカードが欲しかったのでそれをどうしようか迷っていると、ちょうど良い感じのポストカードを売っているお店があった。お店の人に頼んで、自分が持っていた日本のスティックのお茶とポストカードを交換して貰った。お金を交渉するときの材料になると思って持ってきてたものが、まさか物々交換として活躍するとは思わなかった。エジプトに来て賄賂を使ったり、物々交換したりとすごく原始的な取り引きを学んだ気がする。

エジプトの国民食 コシャリ

飛行機の出発が23時と遅かった。他の施設を回ろうにも営業時間がラマダンの影響で短くなっていたので仕方なくチェックアウトしたホテルに戻り、トランプをしながら時間を潰した。それでもピラミッド横目に大富豪をして遊ぶのはとても楽しかった。2時間ほど休憩した後、またUberを使って空港に向かった。23時にカイロ空港を出発し、3時にスペインのバルセロナに到着。一度入国し、フライトチェックインをしてから再度保安検査場内に入って飛行機を待つ。帰りの飛行機は全て予定通りだったが、大学の寮に着いたのは同日の11時くらい。クタクタになりながら、洗濯だけ済ませベッドに沈んだ。

道端にラクダ

今回の旅は初めてのアフリカ大陸への旅だった。今までヨーロッパばかり旅行してきたから、それとは全く違うイスラム圏の文化を持つ国を旅行するのは少し心配だった。何があるかわからなかったし、言葉が通じるかどうかすらも怪しい状況だった。でも今回は1人ではなかったし、あのピラミッドを間近に見れるというだけで十分な旅の動機となっていた。実際に来てみると、あまり大きな問題というのは起きず、当初の予定をほぼ完遂できたのはとても良かった。

ピラミッドを初めて見た時のあの感情は、ローマで『アテネの学堂』を見た時の感情や、パリで凱旋門をくぐった時の感情とは違う種類のものだった。カイロの狂気的な雰囲気にも負けないピラミッドの圧倒的な存在感と、その外見が放つ独特なオーラは理性を使わずしても自発的に湧いてくる、本能的にすごいと思えるものだった。まさに恍惚。もちろんその後で、ピラミッドの4500年という途方もない歴史を頭で考えて、その悠遠さに心を動かされるのだけれども、最初のインパクトというのは余韻として旅中ずっと頭に残り続けた。エジプト旅行の感想を一言で表すなら「ピラミッド」だけでも過不足ない。

夕日のピラミッド

若いうちにエジプトに行けて本当に良かったと思う。年を取ると感受性が云々の話だけじゃなくて、あんなに暑い中で1時間以上もラクダに乗ったり、1日中あっちにこっちに動き回るのは肉体的に厳しそう。若いころに気の合う友達と来れたと言うことが1番の幸運だった。またエジプトに来ることがあるかわからないけど、次来たときはナイル川クルーズとかを使って、もう少し色んなところをじっくり見て回りたい。

次が留学中最後の旅行になる予定。

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