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黒板

 高校3年生になると受験のために、同じクラスでありながら科目によっては、理科系と文科系に分かれて授業を受ける。
 理科系と文科系の違いをロクに知ろうともしなかったが、数学ができなかっただけで、ただ単純に文科系に決めた。

 当然、生徒の数がそれぞれ半分になるわけだから、他のクラスの文科系の生徒と一緒に授業を受けることになる。
 自分は2組だったので、授業は1組の教室で受ける。

 ある時、1組の教室で授業を受けた後、2年の時に同じクラスだったショートヘアの安田に声をかけられた。

 1組で理科系の女の子だ。
「南江くん、今日は先生に当てられたでしょ」
「え?当てられたけど、、何で知ってるの」
「ふふ、わかるんだ、残念だけど、間違っちゃったね」
「でも、どうしてわかった?」
「あのね、南江くんの字、解りやすいんだよ」
「ふ~ん、汚い字ってこと?」
「そうじゃなくて、何か男の子の字にしては、可愛いというか、特徴的な字なんだよね」
「そんなこと、初めて言われたよ」
「ま、見れば直ぐわかるわ」

 次の週、1組の教室で授業を受ける。

 以前からとても気になっている女の子がいる教室だ。

今まで、同じクラスになったことも、話をしたことも無かった。
残念ながら、その女の子も理科系だった。
それを知った時、どちらでもよかった文科系にしたことを、えらく悔いた。
 同じ授業を受けることができたのに、、、 

 ただ、今は1組で授業を受ける時、その女の子の席に座る。

なぜかどきどきした。

甘い香りまでしそうな気がする。

外人のようなくり色の長い髪が、太陽に浴びると益々きらきら輝いていた。

後姿を見ると、つい柔らかくウエーブのかかった髪の毛に触れたくなる。

『きれいな髪だね』

と、思わず机の端に、鉛筆で書いた。

その字を見て、あわてて消す。

どこで、安田は俺の字だと分かったんだろう。
同じ授業を受けていないはずだ。

そういえばあの時、授業で問題をだされ、その解答を黒板に書くように当てられたんだった。
で、答えを間違って、先生に赤いチョークでバツ印をされた。
そのまま、授業時間がオーバーしても続けていたので、黒板は消されずそのままになっていた。
安田が自分の教室に戻って俺の字に気づいたのか。

気づく?

この机に落書きしたこと、あの女の子は気づくかな。
毎日、使っている机だから、当然気づくだろう。
でも、誰が書いたかはわかんないだろう。
まてまて、その子がいない時に、自分が座っているから、書いた奴はだれか、いずれわかるかもしれない。

消した字を、また、鉛筆で書いた。

『きれいな髪だね』

書いた自分の口元が、明らかに緩む。
と、その時、

「南江、何ニヤニヤしてるんだ。
次、読んで!」
先生が叫ぶ。

机に落書きした翌週、どきどきしながらその席に座った。

長い一週間だった。

しかし、その文字は消えていた。

ん~
誰かわかんない奴に、自分の机にそんなこと書かれたら、、、

消すか?

気持ち悪いかな。

やっぱり、女の子はそうだよなあ。

もう、書くのは止めよう。

ん?

鉛筆だから、見る前に消えたのかもしれないし、
一度じゃわかんないよな。

もう一度、
鉛筆で書く。
今度は太く、はっきりと、

『きれいな髪』

ただ、同じ1組の安田に見られると嫌だな。
わかっちゃうな。
え?
字体を変えて書けばいいんじゃない?
そうか、そうしよう。

鉛筆を左手に持ち替える。

また、先生が俺を当てたらしいが、全く聞こえていない。
隣の席に座っていた子が、こちらを向いて鉛筆で先生を指差す。

次の週。
やはり、書いていた字は無くなっていた。

消えたんじゃなく、消されたんだ。

ふっとため息が出る。

このまま終わっちゃうのか。
最後にもう一回だけ書いておくか。

どうせ、こっちのことはわかんないだろうから。

ちょっと力をこめて、左手で書く。

『きれいな髪』


しかし、

書いた字がそのまま残されていたことは、無かった。


 眩しいばかりの長い髪をした女の子は、その後も目を合わせてくれることも無かった。

もともと、こっちのことを知ってもいないんだろうから、気づくこともないか。




 数か月後。

すれ違う安田を久しぶりに見た。

ショートカットだった髪の毛が、

いつの間にか、長く伸びていた。



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