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高校野球


高校野球の季節になった。

今年も母校の応援に行く。

 自分達が卒業してからできた念願の野球部である。
 どちらかと言うと、甲子園出場より、まだ県営球場での1勝に望みをかける方で、
 どちらかと言うと、これから伝統を作っていく学校で、
 どちらかと言うと将来が期待できる、、、
 まあ、はっきり言って今は弱いねんけど。

 1回戦、対戦相手が甲子園の常連校となった。

「ありゃりゃ、コールドか、何回までもつんやろうか」
早くも、今年は一回しか応援にいけないと、一人、腹を括って球場に行く。

と、
いつもの応援席とは違い、約200名くらいだろうか、思ってもみないほどの大勢の人数がいるではないか。

「何?」
一瞬、相手校のスタンドに来たのかと戸惑うほどだ。
しかし、よく見れば、フェンスにはちゃんと母校の校旗が掲げてあるし、その前には、今まで見ることもなかった、ブラスバンド部までが陣取っているではないか。
「一体、どうしたの?」

 昨年は、応援人数が30名余り、選手の父兄達と、3人のポンポンを持った女子学生が一生懸命踊っていただけだった。
学ラン着た応援団も、ブラスバンド部も、ついぞ無くなっていたと思っていたのに。
『え~、ブラバンあるやん』

さらに、しゃもじまで皆に配ってくれるではないか。
えらい応援する意気込みが違うが、どないしたんやろう。

そもそも今までは、母校から近いはずのこの球場にも関わらず、いつ試合があっても、生徒や教師すら応援にきていなかった、、、のに、

土曜日?
そうか、今日は授業もないし、なるほど、学校は休みか。

去年も、一昨年も、平日に一つのクラブの応援のために、わざわざ授業を皆で休むような学校じゃないし、その分偏差値が高くなるよう、あくまで、勉学が一番の高校だった。
 まあ、当時、自分はその足を思いっ切りひっぱっていた方だったけど。

 いつもとは違う周りの観客に驚きながらも、腰を掛けると、目の前に見たような顔がある。

「おい!伊藤じゃないか」
呼びかけに向こうもこちらに気づく。
「伊藤!なんと、爺さんになったやんか」
「そういう、南江ももう爺さんだろ」
「確かに」

同級生なんで、言うまでもなくお互い同い歳。
あの頃の若々しい艶のある顔ではなく、シワは増え、パーマをかけてた黒髪は、今では白髪となっている。
「伊藤、髪が真っ白やんか」
「おまえの方は、無いなってるやんか」
「とっくにあらへん。ええなあ、まだ白うなる髪があるんや」

50年ぶりの再会が、髪の毛の話かいなあと笑いながらも、続いては、病気と年金の話と、まさに老人の日常会話で弾む。

 半世紀前に同じクラスとなったのは、たった1年だけだったが、よく覚えているもんだ。

 両校の試合前の練習を観るだけで、明らかに違う力量を、感じぜずにはいられなかった。
おまけに、相手校の応援体制がこれまた全然違う。
よく甲子園で見られる、一糸乱れぬ掛け声と、メガホンで、それだけで圧倒されてしまう。
こっちは、ブラバン演奏としゃもじがあるものの、急ごしらえの応援態勢とは雲泥の差がある。
 応援の迫力でも既に、いつでも甲子園に行けるなあと他人事ながら感心する。
 偏差値では、勝てるかもしれないが、野球は無理そうと早くも諦めの気持ちになる。

「何回までもつだろうか」
同じことを、伊藤も考えていた。

 しかし、高校野球とは分からないもんだ。
コールドゲームが成立する5回まで、0対0と思ってもみない展開。
『おおっ、やるやなかいか』
しかし、この暑さ、母校の選手は足がつったり、ボールが当たったりと試合中に5度も、他の選手におんぶされベンチに戻る。

満身創痍やなあ。

こちらは、椅子に座ってしゃもじを叩くだけだが、伊藤は、ずっと立って大声出して応援している。
『こいつ、昔と変わってへんなあ』
と感心する。

そして、試合は9回に相手校が実力通りの連打を重ね、結局、0対3で負けてしまった。
「今年も校歌は聞けへんかったけど、よう、9回まで頑張ったわ」

 勝った相手校の校歌が流れ終わると、相手応援団が、こちらにエールを送ってくれる。
こちらは、なす術がなく、エールを送り返すこともできなかったが、精いっぱい拍手で送り返す。

ええなあ、高校野球。

「じゃあ南江、来年もまた会おう」
「おう、また来年!元気で」

片手を上げ、伊藤が振り返える。

白髪頭が、逆光で黒い髪の毛に見え、一瞬、高校生時に戻った気がした。

ええなあ、高校野球。



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