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バスク語による美しい小説『ムシュ』キルメン・ウリベ

『ビルバオ−ニューヨーク−ビルバオ』の作者キルメン・ウリベによる長編小説、今作も前作に劣らずにすばらしい小説でした。

まずはその美しさ、特にロベールとヘルマンの友情を表現する箇所などは特に。
『ロベールの呼吸が急に止まる。ヘルマンは愛撫の手を止め、指先を少し離す。彼を起こしてしまいたくない。そうして撫でていることに気づかれたら、なんと思われるだろう?ヘルマンは恥ずかしさに耐えられないだろう。ロベールの息遣いがふたたび穏やかになる。ヘルマンは目を閉じる。そうして数分のあいだ、ロベールの柔らかな匂いを嗅ぎ、潮騒に耳を澄ませていると、思い出もまた波のように。砕けてはひとつまたひとつと押し寄せてきた。あるイメージが別のイメージを運んできては、川の水面に映った自分の顔を見るときのように、さまざまなかたちをつくり出し、姿を変えていく』
これはバベルの塔で作り出された72の言語のなかに含まれるというバスク語で書かれているのが美しさの要因であるのかもしれない。

そして読んでいると作者のつくり出した創作か史実にあるエピソードなのかがあやふやな、じつきに奇妙な感覚に陥っていきます。
たとえば、
・ロベール・ヴァン・エーメーナという名の痩せ過ぎで耳の突き出た自転車選手
・バスクの苦難という本に載っているラウアシュタという詩人の詩
 鳩は怯えて飛び去り
 山は静まりかえる
 精悍な十人の若者が
 命を失って地面に!
・ロバート・グレーヴスの回想録にあるシーグフリード・サスーンについての記述
・ベートーベンが大声で歌いながら散歩をしていた話
・ロベールとヘミングウェイの親交
・ロベールとヴィックが落ち合う宿の名前「ナポレオンの寝台」
これらはキルメン・ウリベの創作に違いないと思います、その美しさと想像力に感動してしてしまいます。

前作に続いて船の名前も印象的です。
バスクから世界各地へ子供たちを避難させた船の名は『ハバナ号』もともとはアルフォンソ十三世号という豪華客船でした。リューベック湾でノイエンガンメの囚人を満載したまま沈没する船の名は『カープ・アルコナ号』こちらも2万8千トンの豪華客船でした。
同じ用途で建造されたのにもかかわらず、方や生を運び、方や死を運ぶ。運命に翻弄されるのは人間だけではない、悲しい現実を見てしまいました。

ロベールはその英雄とされる気質を頑なに変えませんでした。それはヘルマンとの友情が失われ、元に戻ることが困難だとわかってしまったのが原因ではないかと思います。二度と家族のもとにもどらない。そんな気持ちが心の奥底にあって、まっすぐな心を持ち続けることができたのではないでしょうか。


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