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記念会による読書案内、その①『両手にトカレフ』ブレイディみかこ 著:ポプラ社

 瀬戸内寂聴記念会では、寂聴さんの小説や、またそれに関連する書籍を、随時ご紹介していこうと思います。
その第一弾は、ブレイディみかこさんの『両手にトカレフ』。
金子文子については、近年映画にもなりましたし、ここのところ話題です。
この本は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』のブレイディみかこさんの
初の小説で、2022年に出版されました。

 イギリスに住むミアは14歳の中学生。薬物依存の母親と、幼い弟と暮らしています。シングルマザー家庭の上に、依存症を抱えた母親は仕事も出来ないのですごく貧しいお家です。家事や、弟の世話もミアがやっています。
 そんなミアがある日、図書館で一冊の本に出合うのです。
 それは今から100年ほど前に日本に住んでいた女性が書いた自伝でした。彼女の名前はカネコ・フミコ(金子文子)。
 本の中のフミコもミアと同じような家庭環境で、負けず劣らず過酷な人生を生きています。フミコの父親は働かず、家族に暴力を振い出ていくのです。彼女の親は正式に結婚もしていないので、無籍の者と扱われて学校にも行けないのでした。
 そんなフミコにも可愛がっていた弟がいたのですが、その弟とも引き離されます。やがて祖母に引き取られて朝鮮へ渡ります。朝鮮でもその祖母から激しい暴力を受けますが、これが今のフミコの家ですから、文句を言うことも逃げることも出来ないのでした。
 子どもであることは、牢獄でもあるのです。
 
 物語はそんな似たような境遇を生きるミアと、フミコの話が交互に語られていきます。
 ミアの同級生のウィルはミドルクラスの裕福な子です。ウィルはラップをやっていて、ミアにラップを教え始めます。彼が教えてくれたのは、詩人でラッパーのケイ・テンペスト。そのリリックがミアの周りのことを歌っているように思えて、ラップにのめり込んでいきます。

 ミアとフミコが共通しているのは、ふたりとも行く場所がないところ。それはとてもつらいことです。だからいつも、ミアはここではない別の世界について空想ばかりしています。         
 でも、ミアは幸せだと思います。本に、ラップのビート、リリックに居場所を見つけられたから。しかも言葉は武器になります。両手にトカレフ、こんな無敵もないでしょう。
 最後は、ミアの周辺で事件が起こります。どうなるかは、読んでみてください。

 著者のブレイディさんはインタビューで、主人公のミアは子供時代の自分に近いと話しています。貧しいなかで、祖母の本棚にあった本を読んで育ったそうです。その祖母が読んでいたのは、瀬戸内寂聴の大正時代の女性たちの伝記小説。ブレイディさんが、金子文子を知ったのは寂聴さんの『余白の春』という文子の伝記を読んだから。
 さて物語の最後で、ウィルが素敵なことを言います。だから、死んではだめですし、諦めないでほしいです。
 特に若い人が読むべきで、14歳のあなた方のための本です。
 そして本書に共感されたなら、瀬戸内寂聴の『余白の春』もぜひ手に取ってください。

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