直感を無視していたら、出会えなかった
小さな直感と偶然がいくつも重なって起きた、十年ぶりの再会。
とっても、とっても大好きだった。
職場の先輩。
饒舌ではないけれど、私のような若造が話しかけても、返してくれる言葉はいつも穏やかで、示唆に富み、ひとつひとつが心にしみ込むようだった。
いつも穏やかで、排他的では決してないのに一本芯の通った自分軸を持っていて、同性の私から見ても憧れだった。
と言っても、その人のようになろうとか、そんな事は思わなかった。思えなかった。
ロールモデルにするにも私では届かない、とか言う以前に、その人を真似ようなどという考えそのものが誤りだと気づかされていた。
『あなたのなりたいあなたは、どういう人間なの』と、その人から立ち昇る“雰囲気”がいつも言っていた。
今よりずっと子供だった私が、短気を起こして一年休職している間に、その人は辞めていた。
私が戻ってくるまでは待てなかったんだよ、と、誰かがポツリと教えてくれた。
辛かったのは私だけじゃなかったんだ、と、そんな事すら気づかずわめいていた自分が情けなくて、連絡先を知っていたのに、電話もメールもできなかった。
いつか、あなたにいただいたもののおかげで私は今こうしています、と報告できるような人間になったら連絡しよう、などと思った、いつまでも子供の私は、年月の間に、携帯電話の数度の機種変更を経てアドレス帳の移行の不備に気づくのが遅れ、その人と繋がる術を失った。
Mさん。
Mさん。
訪れる転機と多忙の中で押しつぶされそうになるたびに、その人の事が思い出された。
それから十年になろうとしていた、数日前の事。
家事の合間にふと、大した事のない二件の買い物が必要な事に気が付いた私は、面倒な気分の時こそ後回しにしない、と自分を奮い立たせ、出かけた。
行き先はいつものスーパーマーケット二件。
なのに、その日なぜか、いつもと違う順序で回る気になった。
到着すると、数分の差で、開店前だった。
数分を惜しんで、別な一軒から先に回るのか。
明らかに高いのが分かっていて、この一軒で全部買って済ませてしまうのか。
結局私は、数分を待ち、もう一軒にも行く事にした。
そして再びなぜか、今度は遠回りしたいような気持ちになって、右折の所を左折した。
片側二車線ずつある大通りは、スピードも出るから、運転している者によそ見は厳禁である。
自分が運転が得意でない事を分かっている私は、もちろん真っすぐに前を見て走っていた。
その時。
視界の端で、何かがポトリと落ちた。
「あ、あの人、手袋落とした」
思わず見たその人は、気づかずに、すぐそばの喫茶店に入って行く。
届けてあげようか。
思った時にはもう、そうできる側の車線に入れていた。
車線変更が得意でない私なのに、その時は偶然にも、後続車がいなかったのだ。
届けてあげるにも、服装など覚えておかなければ。
思いながら見つめたその人の姿。
……Mさん?
ガクガクと震える腕でハンドルを回し、駐車場に乗り入れる。
でももし、違う人だったらどうしよう。
落としたのが見えたので持ってきました、と知らない人に喫茶店の中まで追いかけて来られたら、迷惑だろうか。
勇気を振り絞り、震える足で、初めて入ったおしゃれな喫茶店。
「あのう、お人違いだったらすみません、……Mさんですか」
私の小さな声に、
「はい」
顔を上げたのは、本当にMさんだった。
そして、
「お久しぶりです」
名乗る前から私を分かってくれた。
当たり前のように、笑顔を見せてくれた。
胸の中で呼びかけては、聞こえない返事に耳をすました十年。
苦しい時ほど、欲しいのはアドバイスの言葉なんかじゃなかった。
そこにいるだけで、裸の自分でいるような気持ちにさせてくれるMさんの前では、偽らない自分の気持ちがはっきりと分かる。
ますます素敵に、しなやかな自分軸で生きている人の姿を、私の目に焼き付けてくれたMさん。
別れた後も、身体中は小さく震え続けていた。
胸の中は、輝きでいっぱいだった。
それは呼吸するたびにどんどん強くなり、ついに、そのまばゆい黄金色の輝きは、爆発のような強さで胸からほとばしり出ているようにさえ思えるほどになった。
人はこんなにも“喜び”を感じられるものなのかと思った時、私は思わず祈った。
どうかこの喜びが皆にもありますように。
私一人では抱えきれない、ほとばしり続けるこの幸福が、皆に降り注ぎますように。
いくつもの小さな直観と小さな偶然が重なって起きた奇跡。
それがくれたこの大きな大きな気持ちを、この場をお借りして皆様にお伝えできます事、運営者様に感謝申し上げます。
どうか皆様にこの幸せを還元したい、きっとできると、心から信じています。
良いお年を。