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日記を書くとき、どちらに目を向けるか。


ひさしぶりに、書店で子どもに絵本を買った。


住んでいる町からすこし離れた大きめの書店で、長男といっしょに、並んでいる絵本のなかから欲しいものを探した。

多すぎて選べないので、鉄板の「乗り物」関連や好きそうなタイトルを読み上げて、表紙を見せる。
絵本はすべて封がしてあるので、残念ながら中身はわからない。
題名と絵と作者だけで、ジャケ買い。
中身を想像しながら選ぶのは、思った以上に時間がかかった。

なんせ、絵本は高い。
わたしが小さい頃、絵本はもっと安かった。
実家から持ってきた「しろくまちゃんのほっとけーき」だって、602円と書いてある。(今はAmazonで990円。)

今は1000円超えが当たり前。
親としては、たくさん買ってあげたいけれど、ほどほどの値段なので、好きなだけ買うのを躊躇ってしまう。
できれば「図書館になくて、何度も繰り返し読むくらいのヒット作を…」なんてケチな迷いが生まれてしまい、携帯片手に本棚の前をうろうろ迷っていたら、長男の方が先に飽きてしまった。

まずいまずい。
子どもが欲しがる本は、何でも買おうと決めていたのに。

わたしも昔、「本と楽譜だけは欲しいものを買ってあげるよ」と母に言われてきた。
私たち夫婦も本が好きだし、息子たちにもなるべく本の楽しさを知って欲しいので、本代は惜しまないと決めたのだった。


なんとか飽きる前に3冊決めて、レジに並ぶ。
今回、長男と選んだ絵本たちは、こちら。


帰宅後、早速読んでみたところ、どの本もお気に召した様子だ。
いつも図書館で借りてばかりだったが、買うと手元にずっと置いておけるので、何度も読める。
お金はかかっても、本にはそれだけの価値がある。


ちなみに、今回買った中では、わたしは『からだたんけんれっしゃ』が好きだった。

食べたものが胃や小腸、大腸を通って、肛門から出てくるまでの一連の流れを、電車の駅や線路になぞらえて、楽しく読み解ける一冊だ。
すこし詳しめの解説も載っていて、長男は「胃袋って何?」などと興味津々で読んでいた。

そんな長男は、『ママが10にん!?』が好きだったそうだ。

「今忙しいからあとでね」ばかり言うママ。
ママが10人いれば、一人目は抱っこしてくれて、二人目は絵本を読んでくれて…という男の子の切実で夢のある思いがあふれる一冊。

わたしは正直、この本の内容がちょっとプレッシャーだった。
この男の子とママは、あまりに長男と自分に重なりすぎる。
「長男も、こんなふうに思っているのかしら」と、申し訳ないような気持ちも湧いてきつつ、物語のオチにはほっこりさせられた。

「お母さんも、10人になりたいなあ。」

そうつぶやくと、長男が「じゃあ描くよ」と、わたしを描いてくれることになった。
5人描いたところで、寝る時間になってしまったので、続きはまた今度。
テーブルの上の画用紙には、むちゃくちゃかわいい「お母さん」が並んでいて、むふふふと思いつつ、写真を撮った。

左の4人目のお母さんは、長男を抱っこする私。
しましまの5人目のお母さんは、お料理係だそう。


10人になれたら、真っ先に長男を抱っこしよう。
いや、10人になれなくても、するよ。
ちゃんとする。

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それにしても。
ひさしぶりに、日記めいたものを書いた気がする。
なんてことない日のことでも、未来の私が「ああ、こんなことあったな」と思って読んでくれていたら、うれしい。


「毎日投稿」を意識するのをやめて、夜にだけ記事を書くことにした。
そのおかげか、今日一日を、少していねいに思い出せているような気がする。

どんなふうに過ごして、何を思い、どう感じたのか。
いやなことも、うまくいかないこともあったけど、そんないろいろな出来事の中から、少しでも「ハッピー」なことを選んで書けたらいい。

もちろん、自分の気持ちに嘘をつく必要はない。
でも、悲観主義的な私は、つい物事の暗い方ばかり見つめてしまう。
意識して、「ハッピーだったこと」を探した方が、幸せに一日を終えられるだろう。

悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである。


これはアランの「幸福論」に出てくる有名な言葉なのだそう。
わたしはたしか、一田憲子さんのブログで初めてこれを知った。



日記を書くときも、「明るい方」を選んで書く。
その意思を忘れずに、持ち続けたい。

自らを、深くて暗い穴に落として見下ろすのではなく、いっしょに空を見上げられる存在に。


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