深煎り入学式【毎週ショートショートnote】
「ブラック飲めないの?だっさ」
彼女は、小馬鹿にしたように笑って、深煎りコーヒーのカップに口をつけた。
俺は向かいの席で、目の前のカフェオレを黙って見つめた。
彼女とは、最近ずっとこうだ。
こちらの一目惚れだった。
告白して、付き合って、おかげで高校最後の一年間は楽しかった。
でも、卒業後の進路が別々だと分かってからは、なんとなく互いにギクシャクしている。
別れるか、遠距離か。
彼女が何を考えているか分からない。
でも、なんとなく俺の中で「おしまいだ」という声がして。
そうなると、コーヒーの好みひとつ、デートの場所ひとつとっても、彼女とは意見が相容れなくなった。
苦々しい気分のまま、俺は彼女に別れを告げた。
大学の入学式の朝。
俺は、自販機でコーヒーを買った。
深煎りブラック。
あの日、飲めないと揶揄された味を、どうしても確かめておきたかった。
黒い缶の蓋を開け、恐る恐る口をつける。
苦い。
それでも、舌にのった苦味を忘れまいと、口をつぐんで上を見た。
今度こそ、この苦いコーヒーを嗜む大人に、俺はなれるのだろうか。
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(442字)
いつも、思いつくままに書かせていただいて、ありがたい企画。
コーヒーに詳しくなくて、深煎りがどんなもんか曖昧だったが、酸味より苦味なイメージ。