「そんなことないよ」って言わない方がいいよ
小学5年生のときの話だ。
音楽会のために、体育館で歌の練習をしていた。
合同練習で、全クラスが並ぶ。
先生が他のクラスを指導をしている間、私のクラスは座って待機していた。
そのとき、私のすぐ後ろに座っていた、ある女の子が急に声をかけてきたのだ。
「ねえねえ、〇〇(私)ちゃんってかわいいね」
これは、私に言われた言葉だったのだが、私はあまりに自分と無縁のことを言われたせいで、一瞬何を言っているのか、本当に分からなかった。
かわいい?誰が?私が?
何言ってんだろうこの子。
本当に、びっくりするくらい困惑した。
だって、当時の私は、謙遜ではなく、決して「かわいい」子ではなかった。
別に、めちゃくちゃ不細工だったとか卑下したいわけではない。
眼鏡と長い髪にジャージのズボンの、どう考えても「かわいい」とは違う感じの子だったのだ。
そして、話しかけてきた子は、学年でも派手でおしゃれなギャル。
クラスも違ったし、ほとんどしゃべったこともなかった。
もう、軽くパニックだった。
でも、相手は真顔なものだから、私はどぎまぎしながらこう返した。
「そんなことないよ」
へへ、と笑っていたかもしれない。覚えていない。
でも、本当にそう思ったし、そう返した。
だって、どう考えてもあなたの方が可愛いでしょ、と思った。
からかっているのかな、とも思ったが、あまりに真顔なのと、周囲にそれを聞いている子もいなかったので、集団で馬鹿にされているようにも思えなかった。
そもそも、なぜ私がこんな20年以上も前のことを、ここまで鮮明に覚えているか。
それは、彼女の次の言葉が衝撃的で、忘れられなかったからである。
それが、タイトルの
「〇〇ちゃん。そんなことないよって、言わない方がいいよ」
という言葉である。
もう、がつーん、と来たのを覚えている。
私はこのころ、いわゆる優等生。
派手な学年の中で、先生に重宝される真面目な児童の一人だった。
私は、いじめグループにもいじめられるターゲットにも、つかず離れずの距離をとっていて、いじめグループになるようなギャルたちに対して、失礼だが、かなり偏見を持っていた。
何なら、偏見の意識を自覚してもいなかった。
でも思っていた。
「あの子たち頭悪そう。私の方が偉い」
我ながら恥ずかしいことだが、彼女たちのことを見下す気持ちがあったのは間違いない。
そう思っていたギャルの一人に、言われたのだ。
そんなことないって言わない方がいい。
素直に受け取った方がいい、と。
「自分より下だと思っていた相手から言われた」という恥ずかしさのような感情と、素直に「本当に、そうだなあ」いう感心の気持ち。
どちらも感じたのを覚えている。
「褒められたら謙遜するのが美徳」だと、小学生ながらに思っていた。
だから、まさか「かわいいね」に対して、「ほんと?嬉しい、ありがとう!」なんて返事は、まったく想像できていなかった。
その子はさらに、こう続けた。
「私だったら、『そうでしょ?』って言うよ」
ええええ、そういうものなの?
そんなの、傲慢じゃないの?
それとも、あなたが可愛いから、そう言えるの?
もう、その時の私は何も言えなかった。
結局、会話はそれで終わりとなったのだが。
私はこの時の衝撃が、何年たっても忘れられない。
大人になった今でも、「良いこというなあ」とおもう。
誰かに褒められたとき、「そんなことないよ」と口をついて言ってしまうことが多かった。
自信がないからだ。
お世辞かもしれない、相手が本気じゃないかもしれない、と相手の真意を探ろうとしてしまっていた。
「そんなことないよ」っていう方が、楽なのだ。
謙遜したふりをしておけば、嫌味がないかな、なんて。
でもそれって、その褒めてくれた人の気持ちを、蔑ろにしてしまったことになるんじゃないだろうか。
その人がせっかく好きだと言ってくれたことを、否定している。
しかも本人の目の前で。
これは、とっても失礼なことだ。
相手も、それに自分も傷つけている。
そのことを、小学5年生の目の前のギャルが理解している、ということが、当時の私は衝撃だった。
そのときの私は、焦りと情けなさと尊敬の気持ちで、ぐちゃぐちゃだった。
彼女は、やっぱり私をからかっただけなのかもしれない。
それとも、「あなたもかわいいね」と言い返してほしかったのかもしれない。
真意は分からない。
それでも私に、「相手の言葉を素直に受け取ることの大切さ」に気づかせてくれたのは、間違いなくこの子だった。
大人になった今も、ありがたいことに褒めてくださる人に出会えるときがある。
「その髪型いいね!」
「服かわいいね!」
「いつも頑張っててえらいね!」
その度に、「そんなことないよ」とは言わず、「嬉しい」と「ありがとう」を返すように意識している。
そうすると、相手も嫌な顔をしないし、言った私も気分がいい。
それに続けて「あなたの服もかわいいね」などと言えたら、お互いがハッピーだ。
上っ面の綺麗ごとじゃん、と言ってしまえばそうかもしれない。
ひねくれていた学生時代の私なら「そんなこと言えるか」と思っただろう。
でも、大人になってから出会う素敵な人たちは、お互いがハッピーになれるような言動を、当たり前のようにしている。
だから、私もそうなりたい。
嬉しい言葉をもらったときには、素直に受け取って感謝を言える、素敵な大人に。
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