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【創作大賞2024オールカテゴリ部門】たそがれ #09最終話『誰そ彼は』

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ピッピッピッ…

電子音が一定のリズムを刻んでいる。瑠奈はゆっくりと目を開けた。視界は明るかったが、ぼやけて良く見えない。まぶたをこすろうとしたが、右手は重くて持ち上がらなかった。

「瑠奈…!」

耳元で圭太の声がする。声のする方に、瑠奈は顔を向ける。

「圭太……どしたの…」

「ああ、瑠奈、瑠奈!気が付いたんだな。意識が戻ったんだな!」

圭太はそう言ったあと、涙声になった。

「…良かった、本当に良かった…もしも瑠奈がこのまま死んだら…俺も、俺も…生きていられなかった…!」

そう言って圭太は瑠奈の左手を両手で包み、声を上げて泣いた。



圭太の話によると、圭太の浮気現場を目撃した直後、瑠奈は圭太のマンションを飛び出し、そこで交通事故に遭ったらしい。

軽トラックに跳ね飛ばされたが、運転手がとっさにブレーキを踏んだのと、落下したところが奇跡的にも低木の植栽帯の上だったので、数カ所の打撲と骨折で済んだ。
ただ、植栽帯でバウンドして地面へ叩きつけられた際に頭を打ち、三日間、意識が戻らなかったそうだ。

瑠奈が意識を回復したと聞いて、病室に瑠奈の両親も飛び込んできた。
東京から大阪の救急センターに駆けつけて以来、一睡もしていなかったのだろう。二人とも、憔悴しきった顔を涙でぐしょぐしょにしている。

ナオコさんは、かつて瑠奈のものだったピンクのクマのぬいぐるみを両手で握りしめ、
「きっとヨウコが助けてくれたのね…ヨウコが助けてくれたのね…」
と何度も言って泣いた。



その後、圭太は毎日見舞いにきて、甲斐甲斐しく瑠奈の世話をした。リハビリにも付き添い、瑠奈を支えた。


そうして六週間後、瑠奈は退院することとなった。しばらくは東京の実家で療養するが、完治した頃に、圭太と結婚式を挙げる予定だ。

圭太に手伝ってもらいながら、病室の荷物を片付ける。そのとき、床頭台からショルダーバッグが落ち、中から小さなぬいぐるみが転がり出た。瑠奈のピンクのクマとは色違いの、グレーのクマだ。

「あれ?なんだろう、これ…」

瑠奈はクマを拾い上げ、しばらく思案する。

「瑠奈のとそっくりだな。それ。」

圭太が覗き込む。

「…う~ん、色は違うけど………ああ、そうだ。思い出した!」

瑠奈はコミカルに膝を打った。

「これね、大阪に来る時の新幹線で、隣に座った人がくれたの。私が『小さいときにこれと似てるのを持ってました』って言ったら、『僕にはもう必要ないからあげる』って。」

「なんだよ。男からもらったのか?そんなの捨てちゃおうよ。」

「うん……でも、折角もらった物だし、なんか捨てちゃいけないような気がする。……将来子どもが生まれたら、お守りにあげちゃおっかな~、なんてね。」

「なんだと!そいつイケメンだったんだな?それで捨てたくないんだな?」

「ええ~、顔なんて覚えてないよ。……それにイケメンでもいいじゃない。圭太だって、巨乳のお姉ちゃんのおっぱい揉んでウハウハだったんだからさ。」

「ちがっ…!だから、何もやってないって何度も言ってるだろ!瑠奈にプロポーズしようと気合い入れてたのにブッチされて、やけ酒くらって酔いつぶれたんだよ。そしたら、朝起きたら女の人が家にいて、襲ってきたんだよ!」

圭太は、顔を真っ赤にして憤っている。

「そもそも、俺が巨乳に興味ないこと、瑠奈が一番よく知ってるだろ?俺は瑠奈のみたいな、こう、手のひらに収まるか収まらないかの、もどかしい感じじゃないと興奮しないんだ!」

「やだ、こんな所でそういうこと言うのやめてよ。恥ずかしいでしょ!」

病室から、賑やかな二人の声が遠ざかって行く。窓の外をツバメがヒュッと飛び過ぎた。

(たそがれ 完)

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『たそがれ』を読んで下さり、誠にありがとうございます!
よろしければ、『早春賦』も是非ご高覧下さい。



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