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Noteはじめてみました

ぺりーです。
最近Twitterの動きが芳しくないようで、フォローしている方々がTwitterに代わるテキストベースのSNSの模索の手段としてNoteを始める方もいたのでこれを機に私も自分の軌跡を残す手段としてブログ形式のこのNoteを始めてみました。
(万が一Twitterが消えてもフォローしている方とのつながりが切れないようにという気持ちが一番強いですけど。ストーカーみたいですみません。)

改めて思い返すと、学生時代はmixi、Facebook、そして携帯ブログcrooz(鬼懐!)も触っていて承認欲求旺盛だったのは学生時代から変わりないのだな、と気づかされました。
そして進級や卒業とともに上記のSNSは自然と更新が減り、今はそのSNSは触ってもいない状態です。
多分その理由はリアル知人の存在も大きく、オフラインの私を知った上で見てくれるのがモチベになっていたり、逆にそれがこっぱずかしくなったり、面倒な自意識ですよね。でもこれとは一生付き合うことになると思うので、気を付けつつ媒体を変えながらやっていかなくては。
私がリアルSNSを遠ざけた極めつけはFBで繋がった高校や大学の同期が結婚や出産と人生の輝かしいステップを【ご報告】という名の下にハッピーパンチが繰り広げられたのが大きいです。そして更にスマートフォンを持ち始めた親や親戚がづかづかと私のアカウントにフレンド申請をし、返事をしなければ「まだ見てない?申請したけど」と顔to顔で言われる程息苦しい状況に。友達向けのふとした出来事や感じた事を呟けば「それは甘えでは?」と書き込まれたり、私の写真がタグ付けされている他人のアカウントに私に向けたコメントをされたり(しかもネガティブなコメント)、リアルでもしんどいのにネットの世界にまで干渉してこないで…!と身内は見ていないだろうというSNS、そうだTwitterアカウントに思いを書き綴ろうと決心し今のアカウントがあります。

思えば大学時代にTwitterをはじめ、身の回りの出来事を本当に当初のAppのコンセプトの如く呟いていたと思います。次第にかっこつけて英語を混ぜたツイートをしたり、喪女の癖に匂わせチックな事を呟いたり(ある意味大2病だったのかも)、当時はアルファでしたっけ?面白いツイートでふぁぼが多い人に触発されて、うまいこと呟こうとして別に何も変わらなくて。

あと芸人さんを当初はフォローしまくっていたけど、日常をそんな簡単に面白く呟くってのは難しい事なんだな、と体感しました。あとミュージシャンや漫画家さんもテキストになると結構イテテな人が多いのも知りました(笑)そういった現実というか側面も知ることができたのはTwitterだったな。

色んな人をフォローしては知らなかった感情や現象に対してものの見事に言語化させそして笑いに昇華させている見ず知らずの人達…!本当に居心地が良すぎて、できるなら今後も続けていけたらいいな。

そこで特にTwitterを通じて知ることになったのが「きょうだい児」「ヤングケアラー」という言葉。

追々生い立ちの話も書いていきたいなと思いますが、私には障害のあるきょうだいがいます。私は3人兄弟の長女、長子として生まれ、家庭はアルコール依存症の父、部屋を片付けられないアルコール依存症予備軍の母親がいました。なので必然的に私は「頼りになるお姉ちゃん」という役割を無意識に演じてきていました。

まあ、今はちょっとそこに置いておいて、上記の言葉を知ってどんどん私の中の未消化していた感情やら記憶やらが蘇って、思いのたけを呟いて、また同じ境遇の人達の呟きをフォロー、いいねしてはお守りのようになっていました。これがTwitterの凄さだと私は思います。

なので今後Twitterがどうなるのかまだまだ先は見えませんが(サラッとまた皆Twitterに戻ってきそうだし、電子の海に私も一部の魚?くらげ?海藻?もうプランクトンでもいいので漂わせて貰おうと思います。

というかこんなに長文をネット上に打ったの初めて。ちょっとすっきり。
今後も自分のライフログとしてゆるく長く続けていこうと思います。

黄色の赤ちゃんエイリアン。右手を上げ、左手にはくまのぬいぐるみ。目線は虚構を見ている。
学生時代、絵日記できる人に憧れていたので私もやってみました
海外アニメ「Solar Opposites」のPupaちゃんぬいぐるみ模写

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