見出し画像

あなたは私を友達と呼んでくれるだろうか

何回かnoteにも書いたけど、結婚式が家族のみの小さな挙式のみに縮小された。

頭ががっくし下がってしまいそうな事実だけど、私はそこまでへこたれていない。ウェディングドレスを着て大好きな人の隣に立つこと、それはまだ叶うことだもの。それだけで100点満点の結婚式の80点は軽くオーバーする。

でも、もともとは友達の前で人前式をしたかった私たちからすれば、家族のみになったことはどうしてもさみしくて。物たらなくて。これからもよろしくねって友達にお互いのパートナーをお披露目したかったよなぁ。それだけが心残りだった。

頭をかかえながら、ああでもないこうでもないと話し合いながら、友達が参列しなくても、私たちの結婚を承認できる仕組みを考えた。これは我ながらナイスアイデアで、実行するつもり。

それには、友人に手紙を送ることが必須。だから、結婚式に呼ぶ予定だった友人たちに片っ端から連絡を取り、住所を教えてもらっているんだけど、中にはLINEの既読マークのみで返信が数日経ってもいっこうに返ってこない子もいて。私はあなたを友達だと思っていたのに、、、というセンチメンタルな気持ちになっている。


あなたは私を友達と呼んでくれるだろうか。


共に仕事をして、資格取得の勉強をしたあなた。私は、今も戦友のように思っているけど、もしかしたらそれは一方通行の思いなのかな。

私が友達だと思っていた数年を、彼女が私のことなんてきらいだとかそんなふうに思って過ごしていたのなら、私はなんて恥ずかしいやつなんだろう。ひとりでお友達ごっこをしていたみたいだ。私のわからないところで、知らないところで、彼女は嫌な気持ちにたくさんなっていたのかな。ごめんなさい。


結婚式の招待状を私は出すわけではない。けど、まるでそれの招待状のように今、友達が可視化される、カテゴライズされる。招待状をもらった人ともらってない人 友人スピーチなどを頼まれた人では友達のランクが違うみたいな。そこには明らかな差があって。

難しい。難しくて、苦しい。

私は今も誰かの友達でいるだろうか。誰かの親友でいるだろうか。


大人の友情は、子どもの友情よりも難しくて少し苦い味なのかもしれない。





いただいたサポートは、毎日をハッピーにするものに使わせていただきたいと思っています♪