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『カクナリ!8』番外編 ちょっと、もう一杯「棋士のイメージカクテル~或る酒吞みの妄想」

ご無沙汰しております。野口です。
気づいたら1年振りのnoteです。

さて『カクナリ!8』が無事に皆様のお手元に着き始めたようですので恒例(?)の番外編と参りましょう。とは言いましてもこれまでとちょっと毛色が異なりまして、内容の解説・雑記ではなく、文字数の都合で入りきらなかったネタの蔵出しになります。

今回のネタと参考資料

今回はお酒ネタでした。『カクナリ!5』以来ですが、戦法イメージがベースの前回と異なり、今回は棋士のイメージカクテルという切り口で組み立てました。

もちろん自分で注文したことのあるカクテルしか取り上げておりません。が、飲んでる最中は材料が何だとか由来がどうだというところは全く頭から抜け落ちていますので以下のサイトを参考にしております。

まず「カクテルログ(CocktailLog)」さんです。たまたまネットの海を徘徊していて見つけました。カクテルの情報サイトは細かくなりすぎて分かりずらいことも多いのですが、こちらはデザイン・内容がすっきり整理されていて非常に見やすいです。どうやらWEBデザイン系の方が運営してらっしゃるようです。流石、餅は餅屋です。

お馴染み、天下のサントリーさんのカクテル検索サイトです。メジャーどころを一発で押さえられる調べやすいサイトですね。
※スタンダードカクテルでもサントリー系列で輸入等取り扱いがない材料が必須のカクテルは載ってなかったりします(ex.ネグローニ:カンパリの日本販売権をアサヒビールが持っている)

(Ig) https://www.instagram.com/amanda_bar_noge/

そして取材協力と言いますが、書きだす前に改めて飲み直したり、新しく頼んでみたりしているのですが、その際にお世話になりました横浜・野毛のスタンディングバー「AMANDA」さんです。気軽なお店なのでぜひ(小山さんありがとうございます)

ちょっと本編をおさらい

まずは本編で取り上げた棋士とカクテルをざっとおさらいです。

羽生善治九段=ムーンライト・クーラー

渡辺明名人=ミント・ジュレップ

永瀬拓矢王座=アイリッシュ・コーヒー

佐々木勇気七段=グラスホッパー

都成竜馬七段=ホット・バタード・ラム・カウ

大橋貴洸六段=ネグローニ

松尾歩八段=オールド・ファッションド

木村一基九段=雪国

佐藤天彦九段=ゴッドファーザー

佐藤康光九段=ロバート・バーンズ
※本編で一番特殊なカクテルがこちらでした(下手すると一番詳しいサイトがwikiかもしれない)

康光九段のロバート・バーンズはオチ的に狙い撃ちのようなひねったチョイスですが、それ以外はなるたけスタンダードでクセの無いものを意識して選びました。また、ただトラディショナルなもの、強いものということではなく、料理やデザートのようにカジュアルに楽しめるもの、カクテルの面白さを色々な方向から味わえそうなものをちりばめたつもりです。「ホット・バタード・ラム・カウ」なんかがまさにそのような感じでしょうか。

まあ、色々御託を並べましたが、難しい話はここら辺にしまして、番外編の本編(?)へと参りましょう。

中川大輔八段=ダイキリ

(ショートスタイル、シェーク)
・ホワイト・ラム
・レモンジュース
・砂糖

一番手は棋界随一のダンディ、中川大輔八段です。何とか本編に入れたかったんですが、流れが松尾八段と被ってしまうので断念しました。筋に明るく力強い力戦の棋風、勢いある若手の前に幾度となく立ちはだかっている希代のファイターです。先日、藤井聡太竜王と対戦した際の局後コメントも勝負師の強さと優しさがにじみ出ていて感銘を受けました。盤外の話題も出色で、将棋連盟登山部では山でお肉の固まりを焼くワイルドなさま広がる一方、ファッションにも明るく初タイトル獲得直後の渡辺明竜王(当時)を全身コーディネートしたのはもはや伝説です。

そんな力強く、ワイルドでお洒落、ダンディの権化のような中川八段のイメージから私の脳みそが出してきたワードは「アーネスト・ヘミングウェイ」、ということでイメージカクテルはダイキリです(あほ) 実際にヘミングウェイがハバナのバーで愛飲したレシピはクラッシュアイスとグレープフルーツジュースを用いるフローズンタイプで、スタンダードなレシピとは少々異なりますが夏向きで美味しいです。「スピリッツ+レモン(ライム)ジュース+シュガー」の組み合わせで構成されるカクテル(ex. ギムレット)は基本的に「キリっとサッパリ」「ドライで強い」傾向があります。ただ、ダイキリはさっぱりしているだけでなく、ラム酒の特性なのかふくよかで丸みのある味わいになるような印象があります。ラムはテキーラの次くらいに好き嫌いが分かれるお酒ですが、ある程度強くても大丈夫なら取っ掛かりとしてアリなカクテルではないかと思います。

藤井聡太竜王=トム・コリンズ

(ロングスタイル、シェーク&ビルド)
・オールド・トム・ジン
・レモンジュース
・砂糖
・ソーダ

今や押しも押されぬ将棋界の大看板・藤井聡太竜王です。五冠保持で通算タイトル数も2ケタに到達し、各リーグ・トーナメントでも上位に残り続ける驚異の安定感です。予選シードが増え、対局数は前から見れば減っていますが、怪物級の強敵とばかり対戦している状況でも驚異の成績です(11/4時点の直近10局が8勝2敗) 定跡系でも力戦系でも、序盤から終盤まで微細な局面の違いまで妥協せず突き詰める集中力は驚異的とも言えます。「盤の底まで読む」タイプの棋士の筆頭でしょう。

そんな藤井竜王のイメージカクテルですが、トム・コリンズです。「よくありそう、だけどちょっと違う」カクテルの典型例かもしれません。よく似たカクテルに「ジン・フィズ」がありますが、異なるのはそのベース、オールド・トム・ジンというジンの原形を色濃く残すスピリッツを使用します。通常のドライジンより甘味があり、カクテルとしては厚みのある味の印象になります。近年のクラフトムーブメントの流れの中でジンの1キャラクターとして再評価がされています。伝統的なメニューの中にここまでよく似たカクテルが存在していることが不思議なところで、よくある景色の中に微細な違いを生み出す点で言えば藤井竜王の棋風に通ずるところがあるかもしれません。

豊島将之九段=アラウンド・ザ・ワールド

(ショートスタイル、シェーク)
・ジン
・グリーン・ペパーミント・リキュール
・パイナップルジュース

昨年来、藤井聡太竜王と多くのタイトル戦で激闘を繰り広げた豊島将之九段です。研究の方法を含め、昨今の将棋のスタイルを体現する棋士の筆頭です。棋風はまさにバランス型、「序盤、中盤、終盤隙がない」との言葉にすべてが詰まっています。加えて最近は精緻な序盤研究に加え、中終盤の混沌の中で的確な進路を切り開く地力がより際立っているように思います。

現代将棋の強風をを切って進む豊島九段のイメージカクテルは、世界の空を駆けた一杯、アラウンド・ザ・ワールドです。個人的にこれ好きなんですよね。ジンのキレ、ペパーミントのクリアーな香り、パイナップルのトロピカルな味わい、エメラルドグリーンの色合いと相まって何とも特別感のあるカクテルです。白いのとか茶色いのとかも良いんですが、たまに青いカクテルを飲みたくなるんですよね。基本的に甘めのデザートチックなカクテルですが、ジンの割合でドライにも振れるのでバランスの妙を楽しめる一杯でもあります。ちなみにパイナップルジュースを入れないと「青い珊瑚礁」という別のカクテルになります(こちらは日本生まれ)

里見香奈女流五冠=マルガリータ

(ショートスタイル、シェーク)
・テキーラ
・ホワイトキュラソー
・ライムジュース
・塩(スノースタイル)

歴史を作り続ける女流棋界の第一人者・里見香奈女流五冠です。先日のプロ棋士編入試験の受験でまた新たな時代の扉を開いたと言っても過言ではないでしょう。「出雲のイナヅマ」の異名を取る振り飛車党、踏み込みの切れ味は天下一品です。現在女流棋界を席捲する西山女流二冠・伊藤沙女流名人・加藤女流三段とのライバル戦記は長編小説の趣きすら感じさせます。

切れ味鋭い将棋で現代女流棋界を引っ張る里見女流のイメージカクテルには、近年話題のテキーラをベースとしたスタンダード、マルガリータはどうでしょうか。どうしてもショット一気飲みの悪いイメージが付きまとうテキーラですが、最近は材料や製法にこだわった小規模蒸留所のブランドが増えて景色が変わってきました。カクテルベースとしては昔からお馴染み、特にマルガリータはベース違いのホワイトレディ(ジン)、XYZ(ラム)、バラライカ(ウォッカ)と並んでバーカウンターの大看板です。テキーラの青い香りとキュラソーの爽やかさ、ライムの少し油分のある酸味の組み合わせが生み出す切れ味は「イナヅマ」の素早さを感じさせます。

西山朋佳女流二冠=コスモポリタン

(ショートスタイル、シェーク)
・ウォッカ
・ホワイトキュラソー
・クランベリージュース
・ライムジュース

里見女流とバチバチの激闘を繰り広げております西山朋佳女流二冠です。今年度も連続タイトル戦で押しつ押されつの名勝負を繰り広げています。里見女流と同じく攻め将棋の振り飛車党、仕掛けは現代的で機を見るに敏、掴んだ流れは離さず一直線の斬り合いも辞さない随一のスピードプレイヤーと言えるでしょうか。

里見女流のマルガリータは永遠のスタンダートと言ってもいい一杯でしたが、西山女流の一杯はスタンダードながら現代的な形で人気が再燃したカクテル・コスモポリタンです。WWII前から同名のカクテルはあったようですが、レシピが固まったのは戦後、更に世界的に名が知られたきっかけはドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」です。ショートカクテルの中では比較的度数が低め(20度前後)で、クランベリージュースの口当たりもあって気軽に飲みやすい一杯ですが、スピリッツ+リキュール+果汁というカクテルの基本構成をしっかり楽しめるあたり、コンセプトとして非常にバランスの良い「今っぽい」カクテルな気がします。

伊藤沙恵女流名人=ウィスキー・サワー

(ロングスタイル、シェーク)
・ウィスキー
・レモンジュース
・砂糖
・(アレンジとして)卵白

今年悲願の初タイトルを獲得した伊藤沙恵女流名人、9度目の挑戦での栄冠は木村一基九段の王位獲得時を思わせます。振り飛車党・攻め将棋が多い女流棋界では珍しく、居飛車振り飛車両刀のオールラウンダー、手厚い受けとカウンターのハードパンチが特徴的です。

勝手なイメージですが、ドンと構えて引っ張り込む様から、受け将棋はウィスキーだと思います(?) ということで、伊藤沙恵女流のイメージカクテルはウィスキー・サワーでどうでしょうか。本編で触れたオールド・ファッションドと同様、トラッドながら通人好みという感のあった一杯ですが、卵白を使用するレシピの掘り起こしと再構築が行われたことで、ミクソロジーやペアリングの方面から人気が再燃しました。ウィスキーの取っつきにくい口当たりやクセを抑え、甘さや香りを生かす、教科書的なカクテルの考え方が一周回って現代にマッチしたと言えます。ウィスキーごとに異なるキャラクターを愉しめるので、ウィスキーの品ぞろえが豊富なお店で注文すると楽しいかもしれません(円安でかなり値上がりしているのが厳しいところですが)

加藤桃子女流三段=ジャック・ローズ

(ショートスタイル、シェーク)
・カルヴァドス(アップル・ブランデー)
・ライムジュース
・グレナデンシロップ

女流棋界の元気印・加藤桃子女流三段です。奨励会在籍時から里見女流と激闘を繰り広げ、特に居飛車-振り飛車の対抗形では現代型のお手本のような棋譜を数多く残しています。手厚い棋風の居飛車党で、相居飛車では矢倉が、対抗形では持久戦模様、居飛車好きにはたまらない腰の据わった将棋が絶品です。

そんな加藤桃子女流のイメージカクテルはジャックローズです。秋口になると生のザクロを使用したレシピがオンメニューするお店もよく見かけます。華やかな液色、フルーティーな飲み口からライトで飲みやすいカクテルのイメージですが、ベースがカルバドス(アップルブランデー)というちょっと渋いところを突いています。ベースのおかげで作り方によってはどっしりコクのある味わいにもなるため、紳士淑女・老若男女・ビギナーからバー通まで愛される名キャラクターの地位を確立しています。

斎藤慎太郎八段=フレンチ75

(ロングスタイル、シェーク&ビルド)
・ジン
・レモンジュース
・砂糖
・シャンパン

「終盤の貴公子」といえば斎藤慎太郎八段でしょう。2期連続名人戦挑戦、各種棋戦でも常に好成績を残しています。将棋は端正な居飛車党、詰将棋作家としても名高いその読みの地力に裏打ちされた中終盤の構想力と鮮やかな寄せで多くのファンを惹きつけて離しません。また不利な局面での的確な粘りも出色で、読みの正確さに加え師匠・畠山鎮八段のファイティングスピリットを受け継ぎ大きな武器となっている部分でしょうか。相手からすると流れを渡せば取り返しがつかない、仕留め損なうと正確に粘られる、局面が複雑化する現代将棋に適用した戦いのスタイルと言えます。

端正な風格の中に力強さと闘志を秘める斎藤八段のイメージカクテルはフレンチ75です。中々聞かない名前かと思います。スタンダードではありますがひとによっては少し古い印象のカクテルでしょうか。見た目はシンプルで端正、キッとしたジンの爽やかさにシャンパンの豊かな香りが加わる味わいと一見癖なく飲めてしまいます。が、やはりジンとシャンパンですから、酔います。油断すると一撃でノックアウトです。まさに斎藤八段の終盤のようです。

谷川浩司十七世名人=ヴェスパー

(ショートスタイル、シェーク)
・ジン
・ウォッカ
・リレ・ブラン
・レモンピール

現代将棋に通ずる「序中盤の構想」「終盤のスピード感」の考え方は谷川浩司十七世名人から始まったと言っても過言ではないと思います。「光速の寄せ」の代名詞で知られる鮮やかな終盤は、少々下品な言い方ですが「寄せの手順で金が取れる」最初の棋士だったのではないでしょうか。そして、現代居飛車の必修科目である「角換わり」を定跡研究の最前線に押し上げたことは将棋史における大きな転換点だったと思います。年齢を重ねても前に出る華やかな棋風は変わらず、超短時間のabemaトーナメントでも最短の寄せを見せた切れ味は将棋ファンに強烈な印象を残しました。

さあ、谷川十七世名人のイメージカクテルですが、現代バーシーンでキレのあるカクテルと言えばこれを外すこそは出来ません。「007」シリーズで一気に名を挙げたヴェスパーです。あるバーテンダーは「007の新作が決まったら取りあえず酒屋にリレ・ブランの発注をかける」とまで言っていました。"Shaken, not stirred, please."に集約されるウォッカベースの「ボンド・マティーニ」の派生と言えるカクテルですが、鋭さはこちらの方が各段に上でしょう。正直なところ甘いとか辛いとかという次元のカクテルではありませんが「この一手の寄せ」のような迫力と存在感のある一杯です。元気な時に飲むことをおすすめします。

おわりに~このテーマ大変なのよ

ずらずらっと書いてみましたがいかがでしたでしょうか。このテーマの難点は棋士の先生方のキャラクターが立ちすぎて極端なカクテルばかりになりがちなところですね。意識して選ばないと全部30度くらいあるショートカクテルになります。

工夫し甲斐がある視点だと思うのでまた何かのタイミングでやってみてもいいかもしれません。

それでは皆さん、ごきげんよう。

Ryohei Noguchi

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