がっくりドンキー

映画美学校の課題で書いた短編小説です。条件は以下の通り。

・コロナ という単語を二回以上使う
・800~1000字
・ジャンル問わず

字数調節に苦労しました。感想待ってます。

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がっくりドンキー

 また新店舗だ。しかも「がっくり」? 最近は暗い店ばかりで気が滅入ってしまう。他の店舗を検索する。徒歩圏内には「切なさ」と「おののき」しかない。明日はY子がコロナにかかって以来のデートだ。早く食べて、帰って寝たい。「がっくり」で妥協するかと、僕は目の前のドアを押した。開かなかった。引いても開かない。少し考えてから横にスライドしたら滑らかに開いたが、案内の店員はいくら待っても来ない。これで肩透かしのつもりか。ささやかな苛立ちに固まる決意―――絶対にがっくりしてやらない。
 勝手に四人席に座る。ソファにテーブルに、小さな広告が散りばめられている。衆知の通り、日本の飲食業界は電通=ドンキーグループが席巻して久しい。マクドナルドの跡地に「満足ドンキー」が、富士そばの跡地に「自己憐憫ドンキー」が立ち並ぶ今日、僕らは胃袋だけでなく心までもが電通に握られているのだった。今やほとんどの感情はRBD(レギュラーバーグディッシュ)の風味の差として想起されてしまう。この店舗もその戦略のうちなのだろう。何かと意気消沈の機会が多いパンデミックだ。世論に敏感なドンキーグループは、社会の感情の増幅を見逃さない。この店の客は皆、「がっくり」という感情を食欲に条件付けられていく。そうして「がっくり」が生む需要が搾取されていくのだ。癪な話だ。その意味でも僕は絶対にがっくりしない。ふんとメニューに手を伸ばす。窓の形の大きなメニュー。両手で内側に開くと、中身は一面真っ黒だった。ふと辛みを錯覚する。「苛立ちドンキー」に改称しろ。
 呼び鈴を思い切り叩く。ワンテンポ遅れてメロディが鳴り、かと思えばウェイターがすぐさま飛んできた。これならどうせあるだろうとRBDを一つ頼む。まもなく運ばれてきたそれは、一見普通のハンバーグだった。箸で切って、恐る恐る口にする。…。時間が止まった気がした。そのがっくり感は、驚きのあまり「がっくり」を食べながら「びっくり」本家の味が錯覚されるほどだった。もう何が何だかわからないが、とにかくこんなの認められない。僕は店員に詰め寄った。味がないだなんて、さすがにやりすぎですよ!
 店員はなぜか青ざめ、厨房に走って行った。すぐに戻ってきた彼女。その手には体温計が握られている。僕の額にそれをかざすと、不快な電子音がコロナの三文字を予感させた。わ、Y子…。僕はがっくりと肩を落とした。

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 ちなみに母親に読ませて感想を聞いたら、「体温計持ってきてくれるなんて優しい店員さんだね」と言われました。がっくり。

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