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【Zatsu】コンビニバイト<後編>

前編はこちら


コンビニで買うものって何でしょう。ベーシックなところでは弁当、おむすび、サンドイッチ。夏ならドリンク類が良く売れます。冬なら「おでん」や「中華まん」だね。おでん、中華まん……。

おでんは食材によって廃棄期間が異なります。タマゴは茹で始めて12時間、こんにゃくは痛みにくいから24時間、というぐあいです。
期間がすぎて売れ残ったやつは捨てるのが基本です。でも、うちは売上が低かった(要するに客が入らなかった)ので、あるとき店長が言いました。

「おまえらにまかせる」

コンプライアンスなんて言葉もまだ一般的じゃなかったころ。この新ルールは効果てきめんだった。そして、凄惨だった。タマゴはおでん汁のなかで「くんせいタマゴ」になった。こんにゃくはそり返り、ちくわぶはメレンゲに、ジャガイモは複数の小片に分裂。そして黒はんぺんの存在感よ。
「まだ怒られない、まだまだイケる」
おれたちがそう判断すれば販売可能でした(衛生面さえクリアできれば)。

からあげも売っていた。でも、まったく売れないまま一日中保温ケースの中に入っているもんだから、文字どおりカラカラになっちゃってさ、3分の2くらいに縮んでいる。アイドルが笑顔で手にしているジューシーな見本写真との差がえげつない。

フランクフルトは表面がすでに甲冑のようになっている。たまに物好きな客がレジで購入するときも、
「このフランクフルトの左のほうください」
と指定されるほど。
新しいものと入れっぱなしのもので露骨に差が出ていたのね。我々も臆面もなくバーンと全面に出して販売していたもんだから。

中華まんなんて一番ひどかった。BIG肉まんっていう、普通より大きめの肉まんがあったんだけれど、ずっと売れずに放置されているもんだから水分を吸収しすぎて、常軌を逸したサイズになってしまった。もはやBIGという表現を超えているBIGGER肉まん。トングで挟むことができない。

そんな商品ばかりだから客足が遠のいていき、客がいなくなるからなるべく売り切ろうと廃棄期限を延ばす。負のスパイラルのなかで、おれらはお気軽に仕事をしていた。仕事をしているといっても、たいていは裏の部屋で何か喰ったり雑誌を見たり、くだらない話をしたりしているんだけど。

たまに本部の社員が見回りにくるんだが、じつは直営店の深夜勤務者の間では横のつながりが緊密で、近隣店舗から情報が入るようになっていた。

「あーもしもし、さっき巡回が来ました。次そちらに向かいます、どーぞ」
「了解しました、対応します。サンキュー」

抜き打ちの巡回はすでに抜き打ちではなく、予定通りの巡回と化して、おれたちはレジに立ち、さわやかな笑顔で巡回員たちを出迎えるわけです。
「いらっしゃいま……あ、おつかれさまでーす」

けれど、彼らは「バイトがまじめに働いているか」を確認しにくるわけじゃありません。まあ、それも確認するんだろうけれど、巡回の最大の目的は「バイトが廃棄品を捨てないで喰ってる証拠を見つけてやる」っていうことです(確信)。
ある日、彼らが帰ったあとで裏の部屋に戻ってみると、信じられないことに、おれたちのバッグも開けられた形跡があった。これにはマジ切れたね。

おれたちが信じられないのかよ!


ただ、これで闘争本能に火がついた。廃棄品は毎日、買い物かご2~3個にもなる。半分くらいは食べて、あとは持って帰るんだけれど(ひとり暮らしには大助かりなんです)、その持ち帰り分を帰宅時までどこに保管しておくかが問題なんだ。

従業員室の机の上に放置しておいたんじゃ、巡回員に「なんだこれ、どうして捨ててないんだ」と詰め寄られてしまう。かといって部屋のゴミ箱に入れてしまうと、巡回員に捨てられてしまう。

うちの店はただでさえ狭かったけれど、ありとあらゆるスペースが隠し場所として使用されました。
まさに収納名人です。
ロッカーの上、ドリンク類が入っている冷蔵庫の隅、店の外に積み上げられているコンテナの中など。

ただ、無情にも巡回員は部屋のゴミ箱もチェックするんだよね。ゴミ箱のなかに手を突っ込んでかき回す。
この光景を見たときは「見つけてやる、証拠を見つけてやるぞチクショウ」っていう負のオーラを感じた。要するに、喰いかけのゴミだとかを見つけて「なんだぁ、コレは?」って言いたいんだな。勝ち誇ったように。

けど、おれらも馬鹿じゃない。ある日、いつものように他店舗から巡回連絡が入ったとき、ある行為にでた。ゴミ箱を隠したんだな。従業員スペースの隅に。案の定、巡回員がやってくる。いつもの場所にゴミ箱がないことを知って、彼らは不信がるわけよ。

「あれ、ゴミ箱ないね」
「え、そうですか? あれ、おかしいなぁ」すっとぼけるおれたち。
「だめじゃないか、ゴミ箱どこにいったの?」
「ええと、あ、ありました。こっちです」と部屋の隅を指差す。
「ああ、あった、あった……はぅ!!」

そこには、ゴミの上に廃棄牛乳がたっぷりかけられた、あきらかに手を触れることをためらわれるゴミ箱があった。
「ほら、入刀の時間だ。手を差し入れろよ。んんん~?」心の中でつぶやきながらニンマリするおれたち。苦渋の表情でゴミ箱を前に躊躇している巡回員。
「ぎゅ、牛乳は洗面台にでも流しなさいね、今後は」
巡回員はそういい残して帰っていった。

そう、俺たちは勝った。

巡回員ルーザーが帰ったあと、ただちにゴミを表のゴミ捨て場に投げ捨て、おれたちは祝賀の意味もこめて贅沢な食事を再開したわけです。

そんなかんじで最高の職場だったそのコンビニも数年後につぶれ、現在では全く関係ない別の店になっています。

いまにして思うのは、数年もよくもったな、と。もっと早くつぶれていても不思議じゃないくらい客がいなかったからね。
合掌。

再再注:昔の学生時代のハナシですので……反省してまーす😏