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逆境を乗り越えて、替えの効かない美容師になろう/八木岡 聡×横手康浩

青山・原宿・表参道という世界屈指のヘアサロン激戦区で、延べ数十万人に及ぶお客さまを担当しながら、業界発展と美容師の向上のために技術やデザイン、知識を惜しみなく公開し続けてきたトップヘアデザイナーたち。

本稿では、長いキャリアを通じて、幾多の困難、試練、逆境を乗り越え、衰えることのない高い意識で美容と向き合っているプロ中のプロ、八木岡 聡氏(株式会社ダブ代表)と横手康浩氏による対談をお届けする。新型コロナウイルスの渦中で苦しみながらも美容の道を歩み続ける、サロンと美容師が目指すべき方向と示唆に満ちた内容だ。

「サロンワークをずっと続けたい」「お客さまに長く寄り添える存在でありたい」――そんな思いを心に秘めた美容師にこそ読んでほしい、珠玉のスペシャルトーク。技術とデザインで切磋琢磨を重ね、業界をリードしてきた達人たちの胸の内とは……。

お客さまが来なかった、あの頃

編集部・安武 隆(以下、安武) 新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が、解除されました。しかし、約2ヵ月間の経験を通して、今後はお客さまだけでなく、美容師の意識も変わり、サロンのあり方や、美容師の働き方まで変わっていく気配があります。今日はそうした状況をふまえつつ、「多くのお客さまに支持され、美容師を長く続けるには」をテーマにお伺いできればと考えています。さっそくですが、八木岡さんは今、どのようなサロンワークをされていますか。

八木岡 聡(以下、八木岡) お客さまの人数で言うと、僕が担当させていただいているのは1日25人です。コロナ前は35人、多い日で40人でした。サロンに立つのは週4日、日曜はお休みで月火はデザインやセミナー、コンテストなどのイベントの仕事をしています。

横手康浩(以下、横手) すさまじい多さですね……コロナ前に35~40人、コロナ後に25人って、すごいですよ。

八木岡 使用するセット面と、専属で動いてくれるアシスタントの人数は、コロナ前の時点で8面・8人でした。今は3密対策で、お客さま同士の間隔を空けるために、7面・6人でやっています。予約の数も減らしているので、25人になったというところです。横手さんは、いかがですか。

横手 僕は、そこまで多くないです。週4日というのは、同じですね。八木岡さんは他の美容師がうらやむような、お客さまの多い状態が何十年も続いている、数少ない美容師の1人だと思います。

八木岡 それは、横手さんも同じでしょ(笑)。僕の場合、横手さんと違うのは、今のお客さまの人数がずーっと続いてきたというわけではないんです。キャリアの途中で、お客さまがゼロに近いところまで落ち込んだ時期がありました。DaBがスタートした頃です(※編注/1995年、東京・代官山にオープン)。

横手 そうだったんですか。

八木岡 僕はDaBのオープン前に8年間のブランクがあって、サロンでの仕事を一切していなかった期間があるんです。ニューヨーク、パリでヘアメイクをするなど、海外へ行っていて。

横手 8年間のブランクは、大きいですよね。

八木岡 ちょっと長かったかもしれないけれど、それでもオープンすれば、なんとかなるだろうという自信はありました。だけど、現実は甘くなくて、お客さまが来なかったですね。必死に友達や知り合いを呼んで、オープン月はようやく50万円の売上でした。

横手 知りませんでした。意外です、としか言えないです……。

八木岡 お客さまがいなかったから、時間だけはたっぷりあって、サロンに飾る花のオブジェをつくったり、壁にペンキを塗ったり、そんなことばかりしていました。お客さまだけでなく、求人の募集も反応がなかったんです。けっこう応募が来るんじゃないかなと期待していましたが、2人だけでした。

横手 そこから、どのようにお客さまが増えていったのですか。

八木岡 オープン当初って、サロンの前を通る人が「何のお店かな?」と興味本位で立ち止まったり、覗き込んでいくことがあるじゃないですか。そんなときに、その横でペンキを塗っていた僕が「美容室です。よろしかったら、いかがですか?」なんて、声をかけたりして。塗装工だと思っていた男に話しかけられて、びっくりした人もいたんじゃないかな(笑)。

横手 八木岡さんは、オブジェづくりやペイント、嫌いじゃないですものね。

八木岡 そうなんですよ。そんなことをしつつ、お客さまが増えていったきっかけの1つは、最初に来てくれた友人・知人からの紹介です。それで少しずつ増えていきました。基本的には、これ(紹介)が一番多いですね。DaB全体のお客さまが増えたきっかけとしては、当時代官山ブームになり、千恵さん(山田千恵氏。DaBヘアデザイナー)が『CUTiE』や『Olive』など若い女性向けのファッション誌に出てくれていたんですね。そのおかげで、雑誌を見た女の子たちが新規で来てくださいました。

横手 今はSNSで集客につながることがありますが、その頃は雑誌の影響力が大きかったですものね。

八木岡 ですよね。そして、ヘアカラーブームです。DaBはヘアカラーも売りの1つで、いいタイミングでブームとマッチしたんです。1年半後には、常に満席の状態になり、隣のビルの80坪の物件に2店舗目を出店しました。

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一難去って、また一難

横手 表参道に出店されたのは、そのあとでしたか。

八木岡 最初の代官山のオープンから数えて、3年目に表参道ですね。代官山では拡張移転後も業績のいい状態が続いて、スタッフも育ってきていましたし、勢いもあって、思いきって決断しました。が、ここでまた壁にぶつかるんです。当時の売上と、家賃、人件費、返済を考えると、代官山のオープンから、僕と小野(小野浩一氏。DaBの共同経営者)はほとんど無給でした。

横手 そのお話も、知りませんでした……大変な時期があったのですね。

八木岡 今だから、こうやってお話しできているんですけどね。横手さんは、どのようにお客さまが増えていきましたか。

横手 僕は、スタイリストになって最初の1年は、お客さまをつけるのに必死でした。そこである程度、リターンしていただけたことで自信がつき、「このお客さまにはこういうヘアスタイルが似合う」というような判断力なども身についてきました。そんな背景があって、お客さまに関しては、やはり紹介で増えていったケースが圧倒的に多いですね。お客さまの友人・知人、ご家族も含めて、どのくらいの人数のお客さまが紹介でお越しいただいたか、ちょっと分からないくらい大勢いらっしゃいます。

八木岡 紹介が一番着実に増えますものね。どんなことを心がけた仕事をされていましたか。

横手 どのお客さまに対しても、要望やライフスタイルをふまえつつ、周囲の人たちから「どこで切ったの?」「私も同じ美容師に担当してもらいたい」と思っていただけるヘアスタイルをつくり続けました。それは、今も変わらないです。なおかつ、おしゃれ感がある、再現性が高い、似合っている、髪の悩みが解消されている……この全部を満たしたスタイルですよね。紹介のお客さまって、絶対に失敗できないじゃないですか。緊張感が仕事に反映されて、また次の紹介につながっていきました。

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スタッフの力に支えられて

横手 指名が増えて多くのお客さまを担当するようになるには、スタイリストがシャンプーからカット、パーマ、ヘアカラー、スタイリング……と、何もかもを自分1人で担当するのが難しく、一定数以上のセット面とアシスタント、この両方が必要になりますよね。

八木岡 そうですね。今の僕は、セット面7面・アシスタント6人で動いていますが、その中にリーダー格のアシスタントが常にいます。施術をしながら、僕の代わりに指示を出し、スムーズに回してくれています。

横手 アシスタントの皆さんと八木岡さんとの連携や、アシスタント同士のチームワーク、一人ひとりの仕事のスピードやクオリティも求められる中で、それらをクリアして、多くのお客さまに支持され続けているところがまたすごいと思います。

八木岡 お客さまが温かく見守ってくださっているのは、ありがたいですね。

横手 お客さまが多いイコール、アシスタントが経験を深めて成長していくことにもつながります。人が育つ好循環が生まれて、いいヘアデザイナーに成長していく土壌があるのですね。

八木岡 アシスタントにとって、チャンスでもあると思うんです。美容師って、少しずつでいいから持続的に成長していかないと、中途半端なところで成長が止まってしまったり、よくない意味で落ち着いてしまう人がいるじゃないですか。そうなってしまうと、再び成長曲線に乗って、グンと伸びていくのが難しくなっていくんです。だから、アシスタントのみんなには、これからも、スタイリストになった後も、成長し続ける人であってほしいと思っています。

横手 感じのいいスタッフには、しばらくお会いできなかったお客さまも「元気かな?」と気にかけてくださったり、「また会ってみたい」と思ってくださるんですよね。

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どんな美容師でありたいか

横手 サロンでお客さまと向き合うときに、どんなことを考えていらっしゃいますか。

八木岡 まず、お客さまに接する以前の部分で、自分がどんな美容師になって、どういう仕事をしていきたいのか――DaBをスタートするときに、改めて僕自身の中で整理して、明確に決めたんです。思い浮かべていたのは、クリエイティブで、なおかつクオリティの高いヘアスタイルをつくりたい、ということでした。そして、質にこだわりながら、量=お客さまの人数ですよね。1日に35人前後のお客さまを担当する!って、具体的にイメージしていました。質も量も両立した仕事を長く続ける美容師になる、と決めていましたね。

横手 どうなりたいのか、どうありたいのかを自分自身が決めるって、大切ですよね。僕は「このお客さまを一生担当したい」って、ずっと思い続けてきました。同時に、八木岡さんと同じように「このくらいの人数のお客さまを毎日担当する仕事をしたい」と、具体的な人数を想い描いていました。こうした“想い”であったり、なりたい美容師像を具体的に強く持ち続けている人は、その“想い”の強さが、いわゆるオーラになって、お客さまが増えていくケースがあるように感じます。「また担当してもらいたい」「この美容師なら、お任せしても大丈夫」と感じていただけるオーラですよね。ただ、気をつけなければならないのは、ひたすら“想いが強い”というだけでは、決してお客さまが増えないことです。これは、美容師の仕事の奥深いところでもあると思います。

八木岡 同感です。美容師自身がどうなりたいのか、覚悟と志を決めないと、何も始まらないと思います。僕の場合、「一時的にお客さまが多かった」「売れっ子美容師だった時期もあった」というのは、避けたかったんです。パッと出てきてパッと消えていく、一発屋のような美容師にはなりたくなかった。そうならないために、何をするべきか常に考えて、仕事に反映させてきました。

横手 ものすごく分かります。漠然と、なんとなく仕事をしているだけでは、お客さまは増えにくいのではないかなと。「こうなりたい」「こうありたい」と自分で決めて、強く意識し続けていると、考え方や行動が変わって、結果も変わってくるように思います。僕は、新規のお客さまが3回、4回と来てくださったら、必ず1人は紹介していただくようにしていました。そうこうしているうちに、予約帳に空きがあるのがイヤになってきたり、「〇〇サロンのスタイリスト△△さんは、1日に何十人のお客さまを担当しているらしい」といった話を聞くと、よし自分もやってやる、みたいな闘争心というのかな(笑)、負けたくない気持ちが燃えてきたり。そういった意識も、サロンでの仕事でプラスに作用してましたね。

行きつくところは、人を満たすこと

八木岡 お客さまが増えていかない美容師には、共通点があるように感じているんです。仕事が遅い、判断が遅い、提案が少ない、仕事にキレがない、清潔感がない、マメじゃない、前の話を覚えていない、仕事が雑。だいたい、このうちのいくつかが当てはまることが多い印象があります。

横手 そうですね。美容師自身の技術、イメージする世界観、女性像へのこだわりなどが強過ぎると、お客さま1人ひとりのライフスタイルに合っていないヘアスタイルを提供してしまう……こうなると、お客さまは来なくなってしまいがちです。先ほどの「“想いが強い”だけでは、お客さまが増えない」という話とリンクしてきますが、美容師の仕事って、つくり手の想いがすごく大事ではあるけれども、それだけでは決して成り立たない一面があるでしょう。

八木岡 ありますよね。技術で言えば、お客さまのことよりも技術が好きな美容師。イメージした形にこだわり過ぎる美容師。技術に酔っている美容師。技術にお客さまをはめ込むような仕事をしている美容師。技術はもちろん大切で、絶対的に必要なものですが、意識が技術にかたより過ぎてしまうと、お客さまを無視しているのと同じような状況になってしまうんです。

横手 そうなんですよね。お客さまがサロンからお帰りになられた後、次回の来店までに、どれだけ輝いていられるか。そして、人にほめられるヘアスタイルであるか。お客さまを増やしたい美容師は、どのお客さまにとっても、「今までで一番いいヘアスタイルをつくってくれる、一番の美容師」になって、その地位に君臨し続けないといけないわけです。そこまで思いをめぐらせて、お客さまと向き合うことができれば……と思います。

八木岡 美容師の仕事って、行きつくところは、人をデザインして、その人を満たす――そこに尽きるのではないかな、と僕は思っているんです。ヘアスタイルだけでなく、心まで満たしてくれる美容師ですよね。どうすれば相手が喜ぶのかを知っている人。相手の心の機微(きび)が分かる人。SNSで集客しても、紹介で来ていただいても、結局最後はお客さま1人ひとりをどこまで満たせるか、なんです。

横手 人を満たす。いい言葉ですね!

安武 八木岡さん、横手さん、本日は貴重なお時間をどうもありがとうございました!

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八木岡 聡
やぎおか・さとし/株式会社ダブ代表。株式会社ビタミンズ代表。神奈川県出身。都内1店舗に勤務後、8年間の海外生活を経て、東京・代官山、表参道、銀座に『DaB』を展開。高いデザイン性とテクニックを誇るヘアデザイナー集団の代表を務める。また、インダストリアルデザイナーとして照明器具や家具、美容器具関連のプランニングやデザイン、化粧品の開発、ディレクション等も手がけている。

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横手康浩
よこて・やすひろ/東京都出身。1983年~88年に『ZUSSO』、1989年に『PHASE』を設立。オーナースタイリストとして、圧倒的多数の顧客を担当。美容専門誌の撮影や講習等も精力的に活動。『究極のフォルムとバランス』、『フォルムワークを極める』(日本語版・中国語版)、『指名され続ける美容師になる方法』(いずれも女性モード社刊)など美容師向けの著書、技術教材も多数。2018年から『Double SONS』(山下浩二代表)で週4日のサロンワークをしている。

取材・文/安武 隆(女性モード社)

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