見出し画像

一店舗経営のすすめ【第三話】/河原永吾

規模拡大すれば成功かといえばそうでもなく、かえって窮地に追い込まれることもあるのが「経営」の真実。実は1店舗が一番もうかる!? ちょっと聞いたことがあるような気がする失敗エピソードから、堅実経営のポイント、1店舗だからこその強みと、その可能性について学んでみよう。

第三話 解読不能なバランスシートを放置するの巻

 その男性のサロンは街の中心地に立地しており、繁盛店ながらも古い雑居ビルの中で35坪。少し目立ちにくい場所でした。あるときその彼は、美容ディーラーと銀行からの強いすすめで店を移転することにしました(※1)。新しい店舗は、旧店舗に程近い中心地に立地し、店舗面積は60坪以上。家賃は70万円を超えましたが、とてもおしゃれなサロンになりました(※2)

 新店は瞬く間に有名になり、スタッフも20人に増えました(※3)。いつしか彼の下には何人もの美容室経営者が相談に訪れるようになりました(※4)。彼はその都度、その日の売上の端数(1000円単位)をレジから抜き(※5)、彼らの相談に乗りながら、食事やお酒を振る舞いました。そして、少し見えを張りたい気持ちもあり、領収書は切りませんでした。

 しばらくして、彼は自分のサロンの異変に気付きます。売上は伸びているのに、赤字が出始めたのです(※6)。理由の分からない赤字に疑問を抱きながらも、日々の忙しさに追われ、そのまま月日がたっていきました。数年がたち、彼はもう一つの異変に気付きます。貸借対照表(バランスシート)上で役員貸付が累積で1000万円を超えていたのです(※7)。彼はその意味と原因が分からず、そのままにしました。

 サロンはずっと大繁盛しているにもかかわらず、徐々に店の預金が底を突きはじめました。彼は、苦境の打開策として、銀行からの融資の誘いを受けて2店舗目を出店することにしました。しかし、この時、銀行から借りたお金の金利が年利2.5%を超えている(※8)ことは、あまり気に留めませんでした。2店舗目も、初月は、そこそこの売上を上げ順調に見えましたが、売上の大半がクーポンサイト経由の集客によるものだったため、なかなか利益が出ませんでした。

 翌年。通帳残高を上回る法人税と消費税の納税義務が生じました。高い売上が上がっているのに、現金がなかったのです(※9)。その後、銀行からの借り入れを繰り返し、気が付けば、貸借対照表上で役員貸付が累積で2000万円を超え、長期借入金は4000万円を超えていました(※10)
 数年後、そのサロンは、消えてなくなっていました。

失敗のポイントはどこかな?
エピソードを読み解いてみよう。

☆失敗ポイント(※1)
はい!出ました!! 美容ディーラーと銀行のセールストーク!第一話でも解説した通り、彼らは、彼らの利益追求のために、私たちサロンに自分たちの「商品」をすすめてきます。ただし、中には、自分たちサイドと同様にサロンの未来についても真剣に考え、大切にしてくれる人たちも必ずいますので、付き合うディーラーや銀行は自分の目できちんと選んでください。

☆失敗ポイント(※2)
これも第1話でお伝えしましたが、家賃比率は売上の10%以下に抑える必要がありますから、この家賃だと月間売上が700万円以上必要になります。そもそも、旧店舗は狭くない上にはやっていたわけですから、経営上はお金をかけて移転する必要がありません。あえて悪く言えば、「無駄にお金のかかる、見えを張るためだけのサロン」をつくったということでもあるのです。

☆失敗ポイント(※3)
このサロンは家賃が高く、また法人ならば、社会保険加入が義務とされるので、生産性が最低60万円必要になります。つまり毎月1200万円以上の売上が必要なのです。達成不可能な数字ではありませんが、かなりのリスクを伴います。

☆失敗ポイント(※4)
先輩経営者は、後輩経営者に、成功体験より失敗体験を伝えていただけるとよいのですが、この時点では、まだ失敗に気付いていないので、正直、相談に訪れた経営者にとってマイナスのアドバイスしかできていません。

☆失敗ポイント(※5)
今までたくさんのサロンのコンサルティングを行なってきましたが、レジからお金を抜いている経営者、かなり多いです。端数を抜いて銀行に入金しても、その日の売上と数字がズレるわけですから、税理士はお手上げです。つまり、足りない数字は全て「社長(役員)貸付」になります。この科目の数字が膨らむと、銀行からの評価は大きく下がります。

☆失敗ポイント(※6)
実は多くのサロンがこの病気にかかっています。お金が足りないという理由で銀行からお金を借りると、何かを買うために借りたわけではないので、当然、その借入は「経費」になりません。つまり利益から返済することになりますから、第一話でもお伝えした通り「約1.5倍の法則」が当てはまります。

☆失敗ポイント(※7)
要は、社長がお店から1000万円以上持ち出しているわけです。銀行をはじめ、税理士や世間からは、「お金にだらしない経営者」と認識されます。もちろん、返済には1.5倍の額のお金が必要なのは言うまでもありません。

☆失敗ポイント(※8)
一般的に美容室は現金商売の上、売上の変動が他産業に比べて少ないので、銀行はお金を貸しやすいのです。ただし、経営状態が健全な美容室に適切な金額を金利1.5%以上で貸し付ける銀行は、このご時世まずないので、金利2%を超えているということは、正直、銀行からの評価がかなり低いといえます。

☆失敗ポイント(※9)
(※6)をそのままにしておくと、こうなります。

☆失敗ポイント(※10)
仮に減価償却がないと仮定した場合、返済するには、2000万円+4000万円×1.5=約9000万円の営業利益が必要になるので、まとめると、ジ・エンドです。

美容室の貸借対照表(バランスシート)
最低この6つはおさえて

画像1

①最低1000万円を維持
預金は最低1000万円を下回らないようにしましょう(1店舗当たり)。銀行からの信用度の一定の基準となり、何かあった際に借り入れが楽です。

②店舗商品の在庫期間は1ヵ月以内
不良在庫はサロンの体力を奪います。使わないものは必ず返品しましょう。

③持ち出しはNG
社長が会社から借りているお金のことです。基本的にはこの科目の金額が大きければ大きいほど、お金にだらしない印象を与えます。 銀行からの評価にもマイナス影響です。

④借入金額は年商以下、返済期間は5年以内
銀行からの借入金額は、サロンの年商を超えないようにしましょう。また借入期間は必ず5年以内に。「約1.5倍の法則」を忘れずに。

⑤会社への貸付はOK
役員借入は、社長が会社に貸しているお金です。自分の給与から使った経費の領収書を経費計上し、その額を通帳から引き落とさないと役員借入が発生します。この科目の金額は大きくとも問題ありません。

⑥銀行からの信用を得るには300万円は必要
年間の営業利益が800万円を超えたら法人に切り替えましょう。そのほうが節税になります。ただし資本金は最低300万円以上にしましょう。 銀行からの信用度が上がります。

<まとめ>「財務なんか分かりません」は経営者失格
今回の問題点は、4つ。
(1)見えを張りたいだけの、目的が不明瞭なサロンの移転。
(2)売上の管理が雑。
(3)バランスシートの見方を理解していない。
(4)店舗を増やせばもうかると思っている。

まずは、ちゃんとした税理士を雇うことを強くおすすめします。ちゃんとした税理士を簡単に見つける方法は、利益を残しているサロン経営者が雇っている税理士を紹介してもらうことです。その上で、経営者自らがファイナンシャルリテラシー(財務の知識)を高めることが必須です。美容室経営も、れっきとしたビジネスです。きちんとした知識をもとにやっていけば、“普通”に大成功できることを念頭に入れていただけたらと思います。

河原 永吾
かわはら・えいご/1972年生まれ。岡山県出身。証券会社などでのサラリーマン生活を経て、美容師免許取得。(株)コーチプレシャス代表、経済産業省直轄の専門家講師として、美容室をはじめとしたさまざまな企業のコンサルティングを行なう。美容室・Hair Toto-la代表として、現在も土・日曜日はサロンに立つ。米国NLP協会認定NLPトレーナー・コーチングトレーナー。

画像2

※本記事は、『美容の経営プラン』2018年9月号にて掲載した記事を転載したものです

※毎回、美容室経営の“あるあるエピソード”を読み解きながら経営判断のポイントやその是非について解説。エピソードは河原氏の経営コンサルタントとしての経験を基に制作したフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません