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一店舗経営のすすめ【第一話】/河原永吾

規模拡大すれば成功かといえばそうでもなく、かえって窮地に追い込まれることもあるのが「経営」の真実。実は1店舗が一番もうかる!? ちょっと聞いたことがあるような気がする失敗エピソードから、堅実経営のポイント、1店舗だからこその強みと、その可能性について学んでみよう。

第一話 実力派スタイリスト、地元に帰るの巻

 とある30代の男性美容師が、東京のサロンを辞めて、地元でサロンを出すことになりました。そのサロンは、店舗面積20坪で、セット面が5つ、シャンプー台が2つで、家賃が15万円(※1)でした。出店総費用は800万円で、両親からは300万円、銀行からは5年返済で500万円(※2)を借りました。スタッフは自分を含め4人で、ナチュラルなスタイルが得意なかわいいサロンをオープンしました。

 オーナーは、メインスタイリストでセンスもよく、実力もあったので、瞬く間にサロン経営は軌道に乗りました。丸3年がたち、スタッフも6人になり、銀行支払いも終わりかけた頃、美容ディーラーと銀行の勧めで、2店舗目を出す(※3)ことになりました。オーナー本人も、「店舗展開=ステイタス」(※4)の考えが頭の隅にあったので、気持ちはかなり前向きでした。

 2店舗目の物件は、ディーラーが見つけてきました。オーナーは店内デザインに力を入れ、内装業者が見積もりをつくり、銀行が決済を下ろしました(※5)。完成したそのお店は、少し郊外に立地し、店舗面積は40坪で、家賃は6台分の駐車場付きで40万円、セット面は6つ、シャンプー台は3つにしました(※6)。出店総費用は1300万円で、諸経費込み1500万円を銀行から10年返済で借り入れました(※7)。スタッフは3人ずつに分かれる(※8)ことになり、新たにスタッフの募集をかけながら、めでたくオープンできました。

 しかし、初月から赤字が続き、1年で2号店は閉店に追い込まれました。その借金は1号店が引き継ぎ、2年を待たずしてリスケ(返済条件を変更してもらうこと)になりました。1号店オープンから4年がたち、消費税の支払い義務の年(※9)がきました。当然払えるわけもなく、ついには倒産(差し押さえによる強制終了)になりました。

失敗のポイントはどこかな?
エピソードを読み解いてみよう。

☆失敗ポイント(※1)
美容室経営の基本として、売上に対しての家賃比率は10%以内(理想は5%以内)に収めます。鏡1枚(セット面1つ)につき、月間売上50万円~70万円が目安になりますので、5つあるということは、250万円~350万円が見込めるということになります。ひと月の家賃が15万円ですから、家賃比率は4%~6%を狙えるということになりますので、バランスのよい店づくりができています。

☆失敗ポイント(※2)
出店費用のバランスを保つポイントが3つ。
①出店費用は月間平均売上の6倍以内に抑えるのが基本ですので、総費用を800万円で抑えられたのはかなりよいバランスです。
②銀行からの美容室に対する新規融資枠は、保証人なしで通常500万円ですので、残り300万円を無金利で借りられる両親に頼るのも経営上正解です。
③500万円の返済期間が5年というのもベストです。美容室で使う器具(シャンプー台やセット椅子、パソコンなど)の減価償却は5年で、その他の設備(内装工事)は8~15年ですので、全ての減価償却が終わるまでに銀行返済を終わらせるのは、健全経営の基本です。

☆失敗ポイント(※3)
美容ディーラーは当然、器具や商材を売りたいですし、銀行も当然、お金を貸したいです。美容室経営者であるあなたとは、明らかに「違う目的」を持っています。店舗展開はあくまで「サロン経営の目的を達成するための手段の一つ」ですので、オーナー自身でその必要性を熟考し、決断する必要があります。

☆失敗ポイント(※4)
「店舗展開=ステイタス」と考える人が美容業界には非常に多いようです。他人の目を気にして、よく思われたいがための「承認欲求」を原動力に店舗展開をすると、つまずいたときに「自分は本当は何がしたかったのか…?」と、分からなくなりますよ。

☆失敗ポイント(※5)
美容ディーラーも、内装業者も、銀行も、「美容室経営のプロ」ではありません。あなた自身が自己責任でお金を借りてサロン運営をするわけですから、もし、他人から直接アドバイスをもらうのであれば、同じ経営者で「本当にうまくいっている人」からのアドバイスに一番耳を傾けるべきです。「本当にうまくいっている人」とは「売上ではなく、利益を出している人」です。聞く人を間違えないように!

☆失敗ポイント(※6)
まず、家賃が40万円ですから、家賃比率を10%以内に収めるには月間平均400万円以上の技術売上が必要になります。鏡1枚(セット面1つ)を50万円として見た場合、セット面が最低8つは必要となりますので、リスクが大きくNGです。

☆失敗ポイント(※7)
借入の返済期間は5年以内にする必要があります。なぜなら、美容器具を減価償却として計上する期間は5年ですので、6年目からの支払いは、経費になりません。ということは、単純に税引き後の利益からの支払いになります。ただし、営業利益の約3分の1は税金として徴収されるため、営業利益は純利益の1.5倍必要です。つまり150万円借りたら225万円以上が必要です。これを「約1.5倍の法則」と呼んでいます!

☆失敗ポイント(※8)
完全に人手不足です。出店総費用上、2号店の技術売上は400万円以上は欲しいので、スタッフ3人で稼ぎ出すには無理があります。仮に生産性50万円なのであれば、3人で150万円しか売り上げられないということになります。まとめると、ちゃんとスタッフが育っていないのに、お店を出すのは、かなりのリスクを伴います!

☆失敗ポイント(※9)
前事業年度前半期の課税売上高が1000万円を超えなければ、個人事業主で2年、その後、法人成りして2年の計4年は消費税納税が免除になります。言い換えれば5年目からは消費税の納税義務が生じます。また、年商5000万円未満なら、簡易課税「消費税抜きの年商×10%×50%」ですが、それでもかなりの額。年商4000万円なら、「4000万円×10%×50%=200万円」になります。

美容室経営における各項目のバランス(比率)の目安

◎ひと月の技術売上に対しての家賃比率(駐車場代を含む)
→10%以内(理想5%以内)

◎店舗を出す時のセット面の数の目安
→鏡1枚(セット面1つ)につき・・・売上約50万円で計算
→繁盛サロンの目安・・・鏡1枚(セット面1つ)につき約60万円以上
→2号店出店の目安・・・鏡1枚(セット面1つ)につき約80万円以上

◎店舗工事(設備投資)の回収年数(支払期間)
→5年以内

◎銀行借り入れ時の金利の目安(支払期間5年の場合)
→1.5%以内(さらに日本公庫や美容組合を利用して金利を下げることを相談)

◎店舗工事費における1坪当たりの費用(器具は別)
→15万円以下(居抜きの場合は10万円以下)

◎設備工事費(シャンプー台など)の月間売上に対する比率
→10%以内

◎個人事業主から法人へ安全に切り替える目安
→年間営業利益800万円以上

<まとめ>今回の失敗の最大要因は?
僕自身が美容室経営者として、またコンサルタントとしてたくさんのサロンオーナーと関わってきた経験から感じるのは、日ごろから実際に成功している(利益を出している)先輩経営者に意見を聞いたり相談を持ちかけたりしていない人は、経営上の失敗を重ねる傾向にあるということです。うまくいっていない美容室経営者のほとんどが、「助言者を間違えている」ことが多いのです。
見た目は派手で店舗展開もしているが、実は「ジリ貧」の人たちや、雑誌に載るなど知名度が高く技術はピカイチなんだけど、実は自分のお店は「閑古鳥」…みたいな人もよくいるわけです、この業界には。
先輩が自分の失敗談を包み隠さず話してくれたらいいのですが、そういう人に限って「武勇伝」(?)しか話さない人が多い気がします。実際に、僕が今まで出会った成功者たちは、みんな「本物の先輩」を持っていました。長い美容師人生で、「誰を師と仰ぐか」はとても重要です。
最後にもう一度言います。売上が大きいサロンではなく、「利益を出しているサロンが本物である」ということを常に念頭に置き、目指すべき先輩を見つけてください。

河原 永吾
かわはら・えいご/1972年生まれ。岡山県出身。証券会社などでのサラリーマン生活を経て、美容師免許取得。(株)コーチプレシャス代表、経済産業省直轄の専門家講師として、美容室をはじめとしたさまざまな企業のコンサルティングを行なう。美容室・Hair Toto-la代表として、現在も土・日曜日はサロンに立つ。米国NLP協会認定NLPトレーナー・コーチングトレーナー。

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※本記事は、『美容の経営プラン』2018年7月号にて掲載した記事を転載したものです

※毎回、美容室経営の“あるあるエピソード”を読み解きながら経営判断のポイントやその是非について解説。エピソードは河原氏の経営コンサルタントとしての経験を基に制作したフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません