【試訳】独島イン・ザ・ハーグ【17】

独島問題のICJ行きが決まるや否や、これまで強硬対応を主張してきた人々に対して批判が浴びせられることとなった。

最も非難の標的になったのは、ウンソンの父であるキム・ギュヒョン議員だった。

もう一度選挙で党の公認を受けようと独島に対する軍隊派遣を主張したのだが、まさにその理由で来年の総選挙で公認を受ける可能性が少なくなったのだ。

非難が高まる雰囲気の中、キム・ギュヒョン一族が日帝強占期に検事として独立の志士たちを弾圧した事実が明るみとなり、キム議員の息子のキム・ウンソン検事が、親日派一族の七光りで検察内部で要職を歴任しているというように言われるようになったのだ。

ネットでは、親日派一族であるキム議員が独島を日本に譲り渡そうとして、わざわざ独島へ派兵しようという運動を起こしたのではないかという発言まで現れた。

ウンソンは家に帰ってきた父に出くわすや、怒りをぶちまけた。

「父さんが政治ショーをしたせいでこんな事態になったと全国民が非難しています。我が一族が親日派だから、日 本のためにこんな真似をしたんだと言われています。

俺がどうして父さんのせいで、お祖父さんのせいでこれほどの恥をかいて生きていかなければならないと言うのですか?」  

ウンソン特有の燃え上がる目つき、我の強い表情、攻撃的で冷たい口調、せっかちな態度は、誰よりも父の前でひときわ顕著に表れた。ハスキーで大きな声が一層気性が荒く統制不可能な印象を醸し出した。

一方で、自他の区別なく荒っぽく軽蔑した口調で面罵するキム・ギュヒョン議員は、息子の前ではいくぶん落ち着き、説得口調で話そうと努力した。

「ショーをするのが政治家の本分さ。政治家というものは、同じ日の中でも、悲しいことがあった人々を訪れれば泣くふりをして、嬉しいことがあった人々を訪れれば無理にでも笑わなければならない。それを偽善だと後ろ指を指すのは、俳優の演技を侮辱するようなものさ。

国民が独島問題で日本に怒りを感じており、軍隊が駐屯すれば良いと考えているときに、その声を先頭に立って代弁できるのは政治家をおいて他に誰がいるんだ」

「国民の気持ちの代弁だなんて。メディアの関心を引こうと、党の推薦を得ようとして、あんな無理なショーをしたんでしょう? そのせいで日本が独島に攻め込んでしまったじゃないですか」

キム議員の声が突然大きくなった。

「検事ともあろうヤツが、犯人と被害者の区別もできないのか? 悪いのは攻め込んだ日本の方だ。俺の過ちだと言うのか?」

「事態がこうまで発展したのは、父さんが火をつけたからです」

「俺が法に背く行為をしたとでも言うのか? 強盗に対して警察が刃物を捨てろと叫んで、強盗が興奮して人質を殺したら、殺人が起きたのは警察のせいだと言うのか? 刃物を捨てろと警察が言うのもダメなのか?」

「突発的で無理筋なことを言うのではなく、分別を持って発言することだってできるじゃないですか」

キム議員の声が再び穏やかになった。ウンソンの激しく鋭い性格をもたらした心の傷を、自身もよく知っていたからだ。

「息子よ、とにかくすまなかった。親日派という重たい足かせをお前にまで受け継がせてしまって。

だがな、この父さんがどんな気持ちでいたか考えてもみてくれ。お前は親日派の孫だが、父さんは親日派の息子だったんだぞ」

その言葉にウンソンはそれ以上反論することが出来ずに、みぞおちを殴られたように、ただ息を整えるだけだった。

***

パク・キデ外交部長官を本部長とし、外交部に独島訴訟本部が立ち上げられた。

その中に実務室が作られ、事実上訴訟業務の大半を引き受けることとなった。実務チーム員の割り当て作業もドハが草案を作成した。

外交部では領土海洋課職員全員と東北アジア1課の職員の一部のほかにも、独島問題に精通した在外公館勤務中の職員、事務官、元外交官が呼び出された。

外部からは法務部の検事や国際法の教授、国情院、東北アジア歴史財団独島研究所、国会図書館、国立博物館などから選出された人員が含まれていた。

法務部からも検事を1名派遣したが、それがウンソンだった。法務部でこのポストが公示され、ウンソンが志願しようとしたとき、 ドハは引き留めた。

訴訟チーム内で恋愛をしているという噂が流れれば、ややもすると外部で大きな非難を浴びる危険があったからだ。

だがウンソンは、カッとなって飽くまで志願にこだわった。ウンソンが訴訟チームに参加しようと思ったのは、ドハと一緒の時間を過ごしたいからではなく、自身が訴訟チームで日本に勝てば、生まれながらに負った親日派という汚名を晴らすことができるかもしれないからだというのだ。

ドハはその代わり、自分との関係は秘密にしておいてほしいとウンソンに頼んだ。

チーム長はソン・テジン国際法局長だった。彼は、頭が禿げて腹の出た気だるい印象の中年男性で、実は法律にさほど詳しくない人間だった。

大学で法律を専攻したことも、国際法局に勤務した経験もなく、在外公館勤務中も国際法関連の業務をしたことがなかった。

自身が望んだ北米局長のポストから外れた後、国際法局長のポストを自分のものにしたのだった。外交部をはじめ複数の省庁で長官・次官級のポストを務めた親戚の後押しのおかげだった。

その他にも、「顧問」という肩書がついた十余名の人物もいた。

主に引退した外交官や学者だったが、彼らの大半は既にかなり前から外交部から独島関係の研究業務を託され、委託費の支給を受けてきていた。

その中にはもちろん本当の実力者もいるにはいたが、特段役に立たない人物も少なくなかった。

後者の場合、外交部が彼らを求めていたのではなく、彼らの方から手助けをしようと足しげく外交部を訪ねてきていたのだ。彼らの要請を断わろうものなら、仕返しとして外交部諸幹部に告げ口される恐れがあり、数百万から数千万ウォンの委託費を受けとりながらもロクな研究成果も挙げたことがない、というのが彼らに共通している点だった。

彼らの研究成果というものは、既存の資料のツギハギだったり、学術的根拠や客観的なバランス感覚のない独断的なものや詭弁、さらには若い学生や知人の外交部職員に作成させたものだったのだ。

学術的成果や基礎もなく、独島問題解決に寄与する価値のある経験もないにもかかわらず、なぜかメディアに少し登場しただけで、自他ともに認める独島問題専門家になってしまった人物も顧問の中にいた。

彼らは、論文を発表して検証もしないまま、非常に国粋主義的で飛躍の多い不正確な議論を声高に主張する場合が殆どで、まさにその奇抜さでメディアに出ることができたのだ。

この繋がりで、 独島に関する小説を書いたことがあるという、頭のやけに大きな若い判事も来ていた(※)が、彼もまた大して役に立ちそうではなかった。

※・・・本小説「独島イン・ザ・ハーグ」作者のハ・ジファン本人のこと。

訴訟実務チームは、最初の会議の場で一人ずつ自己紹介をした。

ソジュンが挨拶を始めると、机の上の文書に向けられていたドハ の視線が真っ直ぐソジュンの顔へと向かった。

他の男性よりも二音ほど低い、燃える薪のようにカサカサとしたその声は、古いレコー ドを久しぶりに回転盤に載せたように聞き慣れた声だったからだ。

ドハは、ソジュンの顔を穴が開くほど見つめた。顔の輪郭がヒソクと似ていたが、同じ顔ではなかった。

ヒソクが強い慶尚(キョンサン)道のイントネーションで話していたのとは異なり、ソジュンは完璧なソウルの言葉を駆使していた。

ソジュンの声を聞いてから、ドハの耳には他の人の自己紹介の声は聞こえなくなり、昔の思い出ばかりが目の前に見え隠れするようになったのだ。

【18】へつづく


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